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伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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下ノ畑ニ居リマス 賢治

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▲羅須地人協会の入口の黒板
 このいくつもの輪がオーブなのか、単なるレンズへの斜光なのかはそれぞれの分析におまかせします。


下ノ畑ニ居リマス 賢治

a0282620_21205632.jpg宮澤賢治の羅須地人協会の入口には黒板がかかっており、賢治さんは行き先をチョークで書いて、来る人にわかるようにしていました。
下の畑とは、この建物が建っていた台地のまわりに広がる賢治さんの耕作地のことです。
賢治さんは昭和元年(1926)30歳の頃、北上川の岸近いこの地に、砂畑二反四畝ほどを開墾して、白菜・馬鈴薯・トマトなどを栽培していたようです。(現在は畑地から田圃に改良されています)

この建物は前回書いたように、実際には跡地と離れて別のところに移築されています。なので、別々の空間に存在しているのですが、この記述の中ではそれを前提に記していきます。

a0282620_21212944.jpg下根子桜の跡地に立ってわかるのは、この安定した大地の一角が実に光溢れる麗しき場であったことです。地形的にも下の畑地の広がる場に、まるで半島のように突き出た岬の先端の見晴らしのいい場所に位置しています。
このような場が、天界からの光を受けるエネルギー場に相当することは想像がつくでしょう。
実際、あたかも岬の灯台のように四方からの「氣」を集約する力学を持っているようです。
そこの中心位置に建っていた建物である訳で、オルガンのある集会室はどのくらい天と直結した波動が降りていた場であったかが理解できるでしょう。

創造者が創造の力を発揮するのに適した場であったことと共に、この家で妹トシさんが献身的看病の甲斐なく亡くなったことも併せて、賢治さんの生み出した晩年まで推敲を重ねたいくつかの童話作品に、この場からの「氣」が多分に含まれているのを感じ取れるかもしれません。

by Martin

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by martin310 | 2012-10-15 21:29 | 文学 | Comments(2)
Commented at 2012-10-16 18:03
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-10-16 19:29
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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