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伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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魂の多面体を繋ぎ合わすこと、・・・それが分霊の統合ということ。(まったく地道な自己探求の道)


魂の多面体を繋ぎ合わすこと、・・・それが分霊の統合ということ。(まったく地道な自己探求の道)_a0282620_1346170.jpg


自分が分けた御魂の分子を継いでいると思わしき、過去の人物の何人かを追っていくと、当然そのゆかりの地を巡る必要が出て来る。関連した建物やそれに類した遺物、跡地や散策したであろう道や、そこから眺められる風景など、かつてその人物が眼と心に刻んだであろうなにがしかの痕跡を求めて、旅に誘われることになる。
そうして、地図を頼りに行くべき場所のポイントを調べていると、前回の八ヶ岳山麓もそうだったが、今回も3人の時代の異なる人物のゆかりの地が、なんと浅間山麓の国道沿いに、ほぼ一直線で並んでいるのに気がついた。
それもかなり近接しているのだ。AからBへは約6km、BからCとのあいだはなんと1.5kmしか離れていない。それがほぼ西から東に地図に水平に並んでいるという、なんとも不思議な取り合わせになっているのを知った。

前回は八ヶ岳山麓の二ヶ所だったが、そのときも同じ地名の土地で、距離はせいぜい3キロほどしか離れていなかった。しかも、この地に当の人物たちが入ったのはまったくの同時期という不思議な組み合わせだった。
今回の3人は、今に知った人物ではなく、自分が文学や芸術に興味を持ち始めた頃からずっと注目していた人たちである。特に二十代のはじめにはかなり入れ込んでいたかもしれない、自分にとっては深く長く意識に影響を持って来た人物であり、それぞれ遺された作品群がある。
以前には個別には各々のその地へ立ち寄ってもいたのだが、その頃とはまた一段とその地を巡る意義が異なってきたのと、この今、なぜその3人がクローズアップされているのか、というのが自分の中での大いなる興味のもとになっていることから、これからが本格的な探索の旅となる。

そのうちのひとりについては、人物と作品本位で、ゆかりの地自体、今までまったく思い至ったことがなかった。作品的に創作の場を知ろうという要素がほとんどなかったのと、生涯の詳細を調べてみようという機運もあまり起きなかったからだ。だが、前回の八ヶ岳山麓の体験から、その土地や、居室が残っていればその部屋に入るだけで、当人の魂とじかに感応することがわかってきたので、今までとは違い、出来るだけ当人の生きてこの世のあったときの残像が残っているような雰囲気の場に立つことが、自分にとっては重要なことに思われたのだ。
事実、そう思ってそんな話をツレとしていると、もう、身近に当人の意識が来ているのを感じ、胸騒ぎと鳥肌が立って、呼んでいるのがわかるのだ。
生前には映像ではその姿は見ていたが、亡くなったときのニュースを知っていたのかどうかさえ、自分の記憶にはないほど、かなり雲の上の遠い存在だと思っていた。
だが、いつしかこれら青年期に、自分自身が相当に熱中、耽溺したように心酔した人物は、大抵が分けた御魂の分子があるのを知ったことから、今回俄かにこのような道行になったものだ。

ではいったい、そのような場に出向いて何になるのかということだが、もちろん、ここに至るまでのプロセスも大事な要因になるが、まずは出向く以前に、当の人物を詳しく知ることが、自分自身との比較対照の中で共通しているところ、まったく異なるところ、感性や感覚的な要素の似通ったところ、人生全体の中での変転の様子など、魂の因子のどの要素を多く引き継いでいるのかなどの考察を通じて、より自分を知るということにつながると思っている。
それをもとに現地に入ると、ここからは前段階の知的な視野から、一気に霊的な領域に受信するものがシフトしてゆく。ここからはまったくの未知なる波動のエリアだ。自分の頭で考えるようなことではない、魂と魂同士の共感共鳴現象が起こってくるのだ。自分の意識はただ、起こることに身を預け、客観して観察をしていることになる。大概は魂同士が触れ合うと、一時合体したような抱擁感に包まれ、至福のときを共有する。つまりは、体の現象としては号泣になり、嗚咽になり、叫泣になる場合もありうる。波がピークに達すると下降がはじまり、収束が近づいていく。

そのあいだに、号泣している自分とは別の、もうひとりの観察者としての自分の顕在意識は、いったいどういうことを伝えてきているのかを、共鳴中のなかで冷静に解析している。案外、言葉に変換するのならこういうことだというのが訪れる。そうやって言語を超えた波動による感受を行うことになる。

自分の魂の、他者のそれを寄せ集めた分子を体感するのは、この瞬間をおいて他にない貴重な体験だ。このことはある意味、自分の魂の断片と再会するように、無数の多面体でできた魂の細分化を、この行為によって統合しているのかもしれない。まるでミラーボールの細かな鏡の一面一面をつなぎ合わせて、本来の光を放つ球体を回復させているのだろうか。
だからといって、急激に人格が進化する訳でもなく、才能が開花する訳でもなく、超人的力量がつくわけでも何でもなく、ただ、意識の諸段階がわずかずつ変化していくような気がするだけにすぎない。
何かをもたらすのを期待するのではなく、ただ単に、成り行き上、そう導かれると思えるのでそこへ向かう、というのが自分の現実だ。


こんなことを書いているのは、おそらく誰もいないだろう。
こんな体験を通して人生の日々を重ねているのも、ほぼ希少だろう。
それに如何ほどの価値があるのかを実感しているのも、きっと皆無に近いことだろう。
だが、これが自分に与えられた天啓なのかもしれないと、ただ人知れず密やかに行動しているのだ。
無名であることが探求の自由をもたらすというのは本当で、誰にも事の詳細を知られずに行えるのが、なによりの自然な行動をサポートしてくれる。


このようなページに行き当たったあなたも稀少だが、記している内容に共鳴する何かを感じるものがあるのもまた、そこへ至ったものこそが、天の導きであることを感じるべきかもしれない。
魂の断片は神の手によってばらまかれているはずだ。
それらが天の光を受けて起動する時代が訪れることを予期してのことだ。
おそらく、そんな時代が近づきつつあるのかもしれない。
何より、闇の妨害の魔の手が去った今、漸くこのようなことが開示できる時空になったことで、この記事がある、そう思えるのだ。


魂の多面体を繋ぎ合わすこと、・・・それが分霊の統合ということ。(まったく地道な自己探求の道)_a0282620_13462289.jpg

by martin310 | 2014-07-28 13:47 | スピリチュアル
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