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時間の静止した世界。あたりまえのタイムフレームから一時的に出てみてわかること。雨が降り続いた翌日、予報どおり朝から爽快に晴れ渡った。 大気が雨に洗われたように清々しく澄み、秋の名残の紅葉が未だ色を失わず、折からの強い陽光に美しく輝いている。 ここ、我が家からの沼津湾の眺めにも、その眺望の下段を埋め尽くすように、森の黄葉が常緑のグリーンを従えて鮮やかな彩りを見せていた。二日ばかりすっかり霧や雲で姿を見せなかった富士も、宝永山の下まですっぽりと厚化粧したように深めの雪衣を纏っていた。どうりで肌寒いわけだ、富士山に雪がかかるときは、ここ伊豆の山中でも大気がいっそう冷ややかになる。 この日の超快晴になるだろうという予想が的中し、ちょうど休日にあたったので、さっそくいつもの西伊豆までの海岸線コースをまたのんびりと行った。 山の上の我が家からは、沼津湾の海景を見るまで30分もかからず行ける。三津(みと)や西浦を過ぎて大瀬崎(おせざき)までの海岸縁の細い道を富士を眺めながら行くと、もうそこは伊豆の古くからの漁村エリアだ。 ここへ来るといつもながら不思議なのだが、こんな短時間しかかからずこの地域に進入すると、今までの時間感覚とまったく違う、まさに時間の静止したような、時間の流れそのものが消失してしまったような奇妙で、いやに心地いい空気に全身が包まれる。 奥まった内海がまったく波を運んでこないようなべた凪の海になり、わずかに風の音と鴉の鳴き声がしているだけの動きのない世界に変わるのだ。陽光は静まり返った漁村の風景に、淀みなく隅々まで明るい光を漲らせている。 同じ人の住む世界でありながら、湾を隔てた向こうの沼津市の都市建築群が富士の峰の下に広がり、まったく此岸とは対照的な動的で人工的で現実的そのものの風景を見せている。まるで蜃気楼のように近代都市が対岸にあらわれたような不思議な好対照性を見せている。 大瀬崎を過ぎ、井田(いた)集落までのまったく人家のない森の道が、最も日常の時間感覚から遠い世界を感じさせる不思議な空間だ。 何がそうさせるのかいつも来ると考えるが、理由は解らずとも、感覚的事実は常にこの場の反時間性を実感させる。 我々が日常を過ごす、せわしなく煩雑で、流れに乗るよりも追われる苛烈さを感じる時間の世界と、このあたりで感じ取る無時間性とのあいだには、かなりの波動的な隔たりがあるように思えるのだ。いわば、タイムフレーム自体がまったく異質で、ここに居ると時間のあるかなしかの時の流れのうちに、肉体も意識も溶解していくような快感を覚える。 それは下の写真の風景に懐かしさを覚えるように、古代人が持っていた時間の豊饒な営みをこの地が磁場として保持しているのではないかとも思えるのだ。本来、人間は原初の地上ではそういうタイムフレームのもとに生きていたのではないか。そして、我々現代人は、時間という概念でさえも、感覚を麻痺され、洗脳という無意識下の思い込みによって、幻想のタイムフレームの中に閉じ込められているのではないかとさえ、思うほどだ。 せわしなく、ある種、脅迫神経症的に時間の幻想に追われて、無目的に能動されている我々とは、実際はまったく奇妙な世界の住人たちと化しているのではないだろうか。 ずっと自由に、思うがままにこの風景を眺め、無為の時を充溢して生きるのも、決して無意味なことではないだろう。むしろ、日常の閉じられたタイムフレームから離脱して、天地自然の大時間の無限の中に遊ぶことの方が、きっと本来のホモサピエンスの野生を回復させる機縁になるかもしれないと思うのだ。 あたりまえと思い込んでいる時間の流れでさえ、巧妙に操作されたマトリックスの最たるものではないか。「進歩」などという脳内幻想と同じものかもしれない。いったい何に掻き立てられているのだろうか? そんなことをついぞ考えさせられる、時間の静止した場であった。
by martin310
| 2014-11-28 14:09
| 風景探勝
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