伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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「庭づくりに終わりはない」というのは、我が「終わらない」庭仕事の意である。


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よく、名ガーデナーは「庭づくりに終わりはない」などというが、それはよほどこの道に熟達して、庭の持つ自然の推移をも自分のうちに、庭のすべてを掌握しているから言える言葉で、その真似ごとをしているような、俄か気まぐれガーデナーにとっては、こうしよう、ああしようと思っている以上に自然の推移の方が早く、みるみる手がまわらない状況が常となり、まったくやろうとしていることが終わらないので、終わりがない庭づくりなのである。

思っている以上に、季節とともに植物の状態の変容は早く、盛りが去ればすぐに枯れに近づいていく。
夏のあいだ伸び切った若枝は、放置しておくと木化してくるので整理をしなければならないし、それに雨の重みで倒れて、枯れ色になって見苦しい姿となる。
葉の色だって秋めいてくれば、鮮やかな緑から彩度が抜けて、やがて枯れ色に占められていく。
伸びて折り重なった宿根草の群れが、決していい具合には形をなさない。勢いの萎えた葉や茎は、二度と精気のあるときの姿には戻らず衰えていく。

それらもあまりにそのままにしておけば、益々見苦しさは増すばかりで、いくらナチュラルガーデンを誇っても、放置しっぱなしガーデンでしかなくなるのだ。

それは植物だけではない、庭の中の自作物や、建物だって同じこと。自然素材の木製がほとんどのものにあって、風雨や光や湿気や乾燥や、様々な自然の環境に耐えられるのもそれほど長くはなく、時とともに劣化ははじまる。
劣化の程度が進めば次は補修が待っている。

今見ただけでも気になるところだらけだ。
母屋の外壁だってまだ1~2年でしかないのに、既に色抜けがはじまり、防水能力だって頼りなく、今2度塗りしておけば皮膜剥離の手間はいらないのに、そうも出来ない。
離れのミニログにしたって、つい去年再塗装が済んだばかりなのに、もう既に塗装面が希薄になりかけている。

ウッドデッキにおいては一番厳しい環境にあって、階段のステップ部分は既に歩く箇所が剝げてしまっている始末。
全体に防水性も失われ、早めに塗り直さないと木部に損傷が出てくる恐れもある。

それらを含めたすべての庭風景は、よくよく見れば問題のある箇所があちこちに見受けられるのであって、なかなか手放しでいい感じというわけにはいかない。
だから庭を作っているというより、あとあとになった作業が追い付かず、現状維持の補修作業の分量があまりに多いわけで、作るより保持するというやっつけ仕事が主なのである。

ガーデンフェンスの次は、20メートルの土留め製作があり、それにあちこちの補修も待ったなしで、庭に追われる身のガーデナーは、なかなか庭を味わうまでにはまったく至らないのである。
そんな手の足りないガーデンであっても、住まう環境そのものが潤いのある、過ごし易い緑に囲まれ、いつでも窓からはその一画が垣間見られる愉しみは、他に代えられるものではない。
世間には手のかかる庭を持たずに、まったく住空間のみの超効率的住まいも多々あるなか、こんな手間と重労働そのもののえらくたいへんなしろものをあくせく世話する人間もまたいるというのが、世の自由というものだろう。

我が家のある山を下りて、下界の密集した市街地を行く度に、やっぱりあの山の家はいいなあと、まるで鳥の帰巣性のように早く戻りたい気持ちに逸るのも、自分にとって一番居心地のいい場所であることの証拠であろう。
それがわかっているだけに、またその環境を守る作業に余念なく、あますことなく時間と労力を継ぎ込めるのだろう。まだ当分、「終わらない庭仕事」は続くのである。


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by martin310 | 2016-09-10 16:37 | ガーデニング | Comments(0)
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