伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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カテゴリ:アート( 28 )

そぼ降る雨が続く日には・・・、家の中が写真日和。-2-


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Tumblr」を見ていると、家の中の光景を撮った作品が多いのに気づく。
キッチンや居室の窓辺、寝室、書斎・・・、もっとも、そういう写真画像を好んで自分が収集するからかもしれないが、それでも家の中を被写体にする写真は意外と多いようだ。
それだけ、撮るに足る洒落た空間があるのだろうが、なかなかそれを真似るのは難しい。生活の慌しさの中で見え方などに留意していられることも少なく、乱雑で無作法などうでもいい空間に成り勝ちだからだ。

だがやはり、自分の居る家の中で、レンズを向けられるだけの雰囲気を保てる努力をすることは大事なことだ。居住空間すべてが、自分の暮らしを通したひとつの作品と思えるようなものとして在ることは、それだけ暮らし方そのものが美というものに追随している証となるからだ。
自らの美意識が反映した家にしたいと思うし、それが自分の手であれこれ造作したり、アレンジしたり、インテリアを考えたりと、住まいというものを住みながらつくっている愉しみでもあるからだ。

なので最近は「Tumblr」で見た、新たな生活美の世界にかなり刺激を受けている。
画像をどう作っていくのかも、また、違った視点を得ることが多く、それによって撮るものにも自ずと試作的な行為が多くなる。脳内にあった自分流の構図も、次第に別のものに書き換える必要性を感じ、いつもと異なるアングルを常に念頭に新たな試みをしようとリニューアル化をしているところだ。

そんなわけで、これらもその試作品か?
ちょっと一味違う感じが出せたかもしれない。


 ※「Tumblr」にも、Martin Island のページがあります。
 リブログで収集したお気に入りの画像などが多数ストックされています。参考までにどうぞ。
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http://martin-island310.tumblr.com/


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by martin310 | 2015-07-09 19:05 | アート | Comments(0)

雨の日だって写真日和なのだ。濡れた緑とボケの世界。


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雨が断続的に降っている。
風を伴って強くなったり、また小康状態になったりと。
でも、決して止もうとはしない。

こういう日が仕事休みに当たったときは、
今まではもう、カメラを持つことは今日はなしと諦めていた。
雨の日を撮るというイメージがなかったからだ。
というか、撮る術を知らなかったという方が正しいかもしれない。

光も色もコントラストも、全部冴えないというのが、
自分の写真イメージに出来ないという非力さのなかで、
対象にするものを得られないのを決定づけていたのだ。
だが、それが狭い固定観念であって、思い込みに過ぎないことを、
多くの優れた写真画像を「Tumblr」で見るにつけ、段々にわかってきたのだった。

北方の暗い光のなかで、どれほど光と影の絶妙な画像を切り取れるかを、
それがどれほど魅力的な像であるかを、多くの秀逸な作品が教えてくれていた。
「ボケ」というものの魅力もそうだ。
亡羊として明らかでない像の持つ不可思議な効果も、
充分表現の豊かさを加味することが出来ることも知った。

雨が家の外壁やガラス窓に吹きつけるなかで、
水滴のつくペアガラス越しに庭の緑を撮ってみていた。
湿った空気や、雨の匂いや、風で裏返った葉の白さや、
普段、快晴の日ばかりが写真日和だとばかり思っていた自分の眼には、
とても新鮮な魅力を与えてくれていた。

 ※「Tumblr」にも、Martin Island のページがあります。
 リブログで収集したお気に入りの画像などが多数ストックされています。参考までにどうぞ。
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http://martin-island310.tumblr.com/



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by martin310 | 2015-07-01 20:41 | アート | Comments(0)

Reflections・・・まだ見ぬ時の到来のために。 by Martin


Tom Day - Reflections
https://www.youtube.com/watch?v=KRWhBkEgc30

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(※これは音楽からの詩的イメージを散文詩風に創作した、Martin のオリジナル作品)
この“Tom Day” 「Reflections」を聴きながらどうぞ。



とりとめのない思いが巡り来て、
その度に目に映る風景の中に消えて行く。

立ち上がる思いの及ぼす影によって、
先に続く道のりに歩みが遅れをとるのだ。

思いの位相は常に時間軸を前後する。

この先を夢想する愉しみにいるときも、手放しで思いを留めずにいると、
そこに過去の自虐が省みる。
それほど忘却できぬ過去の影に怯えがあるのだろうか?

散々反芻し尽くした記憶の澱(おり)を、すっかり漉いたはずであるのに、残滓は未だ未決のまま淀んで底にあるのだろうか。

埃っぽい道に緑の蔭が落ちて、緩く右に曲がりながら脇の細い流れに自分の姿が揺れる。
鳥は歌を忘れたように羽音だけさせて、こちらを伺っている。


雲は遥か高く空を覆う。
どこまで歩もうとも、まるで終わりのない想念の巡航を見過ごすように、
きっと足もこのまま止まることを知らないだろう。
いいさ、このまま想起するに任せてこの足も従わせるまでだ。


どよめく胸のうちに、自らの沈思を求めようではないか。
あてがわれた時間は、決して自分以外のものではないのだから。
自戒や叱責は自分への励ましであり、敢えてここで答えを得ようとすることなく、この壮大な大空をみむねに取り込みつつ、我が望みが如何様のものかを見極めようではないか。

陽が落ち行く峰に輝きを増すとき、一瞬、天啓ともいくべき着想が「Reflect」するやも知れず、ただ闇雲に消沈すべきではなく、むしろ虚空に無化してただ在ることをよしとしよう。

反映する像の如く、ただこころよく意識の図示に機を与えよう。
まだ見ぬ時の到来のために・・・。

by martin310 | 2014-05-07 23:32 | アート

ロジャー・ディーンの幻想的世界を大雪山系で見た。Yesの「同志」"And You And I"


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※クリック2ステップで拡大可能


a0282620_9413564.jpgこの絵は、「Yes」“危機”(Close To The Edge)1972というアルバムの二つ折りジャケットの内側を飾る、ロジャー・ディーン(Roger Dean)の作品だ。


ロジャー・ディーンのこれらの幻想的世界の風景イメージと、「Yes」の音楽は絶妙な融合を見せ、彼らの音世界をいっそう異次元的で宇宙大の広大なイメージへ飛翔させる力を与えたように思える。
なかでも特に、アルバム中にある「同志」"And You And I"という曲は、まさにこの絵の世界をトリップして浮遊するような臨場感を感じさせる。(以下のYouTube映像で聴ける。 )


And You And I in HD by Yes
http://www.youtube.com/watch?v=FZcGc-nbLco

「同志」"And You And I"
  i) 人生の絆 "Cord Of Life"
 ii) 失墜 "Eclipse"
 iii) 牧師と教師 "The Preacher The Teacher"
 iv) 黙示 "The Apocalypse"


●ロジャー・ディーン 日本公式ウェブ・サイト
 http://www.rogerdean.jp/


a0282620_9451520.jpg雲が棚引く聳え立つ岩山の上に、滔々と溢れ湧き出る水が悠然たる滝となり眼下に落ちている。岩峰の頂は湧水の湖となり、深い碧水を湛えている。そこへと連なる山岳路は、空中を渡り湖岸へと見知らぬ人々をわたすのだ。
いったいこれは・・・、だが、どこかで見ていたことがあるような。
こんな風景の星はきっとあるはずに思える。
夢で行ったのか、遠い魂の記憶なのか?

10年ほど前に、北海道の大雪山のまわりを巡ったことがある。
層雲峡の“銀河の滝”や“流星の滝”を見たとき、このロジャー・ディーンの絵の世界を思い浮かべた。
いったい、あんな岩山のさらなる上に、滝の水源になるような水がどこにあるのだろうか?岩山の頂に、満々と水を湛える湖でもあるのだろうか?と・・・。それとも、特殊な重力場があって、水が天へと逆流して滝口まで昇っているのだろうか?
そんな思いにかられたとき、「Yes」の音場が拓いていった。そこに在って、ほかにも在るような不思議な実在、夢幻的な世界に意識は遊んだ。

神秘な神の創造物は、偶然でも奇跡でもなく、あきらかに意識的に、意図的に、創造の意志のあらわれとして顕現しているものだ。だからこそ、その場は神気に満ち、光降りる場となる。
神にふれるとは、その神の地場で神威に邂逅することでもある。



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        【層雲峡 “銀河の滝”



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 【層雲峡 “流星の滝”



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        【天人峡 “羽衣の滝”



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        【白金小函 “白ひげの滝”
by martin310 | 2014-02-23 09:36 | アート

ワイエスが教えてくれた冬の風景の魅力


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我が伊豆の山にもうっすらと雪が降った。
純白の粉を蒔いたように、絵の具のホワイトが小枝の輪郭の上部に塗られた。

今まで、冬といえば写真もオフの季節のように、景色に色が無くなるのが撮る気力を殺いでいた。色彩の鮮やかさの魅力だけを本位にしていたところがあったからだ。冬枯れた世界にも充分表現世界が開けているのを教えてくれたのは、アメリカの画家、アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth,1917年7月12日-2009年1月16日)だ。
a0282620_20344514.jpgWikipediaには、「アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる」と記されているのに、まったく今までその存在を知らなかった。まして、作品自体目にしたことがなかった。が、あるblogで紹介されていて、作品をいくつか見て驚愕した。モノトーンに近い抑えた色彩のなかで、何気ない牧歌的風景やその地の人々を描いている。それもかなり細密な画法で。

枯れ草をここまで美しくモチーフにできるであろうか、冬ざれた建物だけを描けるであろうか。画家は、「私は秋と冬が好きだ。その季節になると、風景の骨格が感じられてくる。その孤独、冬の死んだようなひそやかさ」に魅了されていると言う。
a0282620_20352995.jpg画家は華やかな都会を嫌い、田舎の限定された場所で生きることを求め、メイン州の農村に別荘を持ち、ペンシルベニア州の本宅と別荘の間を行き来しながら数十年を過ごしている。描いたものは、その周辺の風景と人物に限られている。
「平凡なことがいい。だが、それを見つけるのは容易なことではない。平凡なものに信頼を置き、それを愛したら、その平凡なものが普遍性を持ってくる」

a0282620_20354721.jpgそういう画家の姿勢や生き方にも共感を覚え、早速、「The Heiga Pictures」という輸入版の中古画集を求めた。
「ヘルガ」とは、本宅の近所の農婦で、画家が15年間の長きに亘りモデルとし、240点もの作品に描いた女性だ。
この画集には、ヘルガ像の油彩はもとより、様々な素描や淡彩などが収録されている。ワイエスは水彩にも優れた作品が多い。その素描に淡く着彩したものなどから、重厚な描写法の構造的なものが垣間見える。必要なものだけを端的に描写したスケッチには、画家の視線と絵づくりの骨格が見て取れる。だが、どうしても超細密な質感表現の手法がわからない。描写力は超人的だ。

a0282620_20361050.jpgそのことよりも、作品の持つ静謐な精神性に深く魅入る。
「人はよく私の絵にはメランコリーが漂っているという。たしかに私には強い無常感があり、なにかをしっかり捕まえていたいという憧れがある」
「私はものごとに対してロマンティックな空想を抱いている。それを私は絵に描くのだが、リアリズムによってそこに到るのだ」
このあたりは実に画家の作品世界を物語っている。

画家の冬の裸木のシルエットによるカリグラフィックな表現には、自分の視覚的興味の部分が一致するところがある。実に魅力的な樹木の梢の姿を見せてくれる。そういう影響もあって、このところ、空に樹木の梢が映える画面を撮ることが多い。
そこにロマンティックな物語性を見るからなのだが、以前の記事にも書いたように、今年の光の降下によって、風景の見え方が微妙に変化している。特に、繊細な線の集積で形づくられている梢の先のあたりに、この波動のロマンティシズムが霊妙に発光しているからなのだ。

それを追ってこの淡い雪景色も画像に留めおこうとした。
天からの“光”とは、このような一種微妙な幽遠な趣を醸し出しているものとして・・・。


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by martin310 | 2014-02-05 20:36 | アート

自然界の波動を届けるには・・・。(絵画的写真に変換する訳)


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写真というものは不思議なもので、現場の風景を前にして「これは素晴らしい!」と思ってファインダーを覗いても、そこに見える風景に失望することがよくあるものだ。自分の目で見ればどれほど広大で実在感があるかと感動するものでも、四角く切り取られた像を見ると何も興が乗らないことがあるものだ。で、結局シャッターに指をかけたまま止めてしまうことになる。
これには際限なく広がる対象を小さく切り取ってしまうことでスケールダウンしてしまう理由以外に、もうひとつ、単眼の風景になることに耐えられない感覚があるからだと思われる。単眼・・・、そう片目で見た風景に変わってしまい、せっかくの感動が半減以下のしろものに減衰されてしまうことにあるからだ。カメラはもともと単眼なのだ。
試しに、今見えている光景を片目を瞑って見てみるとよくわかる。立体感が殺がれ、平板になり、しかも実在感がややうすくなる。その上写真は、特定の範囲に矩形に切り取られるのだから、おもしろみに欠ける感がある。これが実際に見えるものと、光を集めて感光させた二次元的像の違いで、写真の物理的宿命でもあるのだろう。

もちろん、この条件に強く反応するものは特定の被写体に限られるのだろうが、特に風景を撮ることの多い自分には、撮って来たものをモニターでプレヴューしたときに、大概気落ちする恒常的反応だと言える。あんなに凄かったのに、こんなものか!?と・・・。
そこで、風景画像として納得できるものにするには、そのままの生画像では物理的に無理があることがわかる。人間の知覚作用に合った表現の仕組みに翻訳し直す必要を感じることになる。自分が感じ取っていた世界の再現の為に、ただの生撮り画像を感性を盛り込んだものに変換していくのだ。しかも、サイズはblog上では500pix.以内になる。そんな小さなものの中に、現場で感じた感覚的要素を盛り込み、できれば複眼化も試みる。
それには自分は絵画的手法を選ぶ。絵画としての様々な要素の構築性を盛り込んで画像処理し、一幅の絵のような姿を取るようになる。それがこれらの風景になった。

人間の眼は案外視覚的刺激がないことに耐性がない。画面が退屈なほど感覚的拒絶の強いものはない。だから、その欲求に応えられることがまず前提条件となる。視覚が遊べる空間が多いほど、人の眼は画面の中を行き交っている。この時間こそが、脳内に愉悦信号が拡がっていく瞬間となる。これが盛り込んだ波動の伝送された結果となるのだと思うのだ。
もっと、しばし見続けていたい・・・、そういう作用が起こせる作品こそが、自然界からの波動伝送の仕組みを体得できたものとなると思っている。


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by martin310 | 2014-02-03 14:13 | アート

「ロセッティな樹」 ~“ベアタ・ベアトリクス”のメタモルフォーゼ~


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この写真は、伊豆・修善寺の修禅寺奥の院付近の間道で撮った樹で、あたりの風景の中でこの場だけが異彩を放っていたのでカメラを向けたものだ。すでに何度も記しているように、この日も以前の風景とは違い、目にする森や山や空が妙に物語的と云おうか、文学的と云おうか、まるで古い小説や古典画の世界を彷彿とする感じで輝いていた。
それはひとえに光の降下による時空の変化によってもたらされたものであるのは、もうすでに書いたことで、この日も目をやる至るところで、冬ざれた色彩のトーンの落ちた風景でありながら、実に魅力的な姿を見せていた。

なかでもこの樹は、あたりの光景とは異にして、どこか中世の騎士道の世界のようなロマンティックな物語性に溢れて立っていた。まるで「アーサー王」の世界に登場するような樹だと思いながら、ファインダー越しには、あるイギリスの絵画作品とまるで同じ雰囲気を持っていると感じながらシャッターを切っていた。
作者も流派の名も思い浮かばず、ただ、イメージだけは記憶の底にあった。その以前見たイメージ記憶というものは、作品の具体的な詳細は思い出せねども、構図や色調や雰囲気などはしっかり記憶に残しているものだと思った。

帰って調べてみると、それは「ラファエル前派」の画家、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828年5月12日-1882年4月10日)の「ベアタ・ベアトリクス」という作品だった。対象は樹でありながらも、ベアトリクスの女性像の傾きや構図の流れが重なって見えていたのだ。しかも、天から柔らかく落ちている微妙な光が実によく似ていた。絵ヅラこそ違えど、これはまさにベアトリクスのメタモルフォーゼだと思った。

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         ベアタ・ベアトリクス 1863年頃 テート・ギャラリー(ロンドン)蔵


Wikipediaで「ロセッティ」を調べてみると、この「ベアタ・ベアトリクス」という作品は、かなりいわくつきの彼の人生を垣間見るような意味が込められていることがわかった。作品中に見える様々な対象物には、すべてに象徴が用いられているのだ。その説明は、ここに詳しくまとめられている。
そして、この描かれた女性はロセッティの妻エリザベス・シダル(リジー)であり、彼は亡き妻の死の悲しみを、ダンテの『新生』でダンテが愛するベアトリーチェの死と対応させて描いたのだ。
ロセッティの妻、エリザベスの死には以下の悲劇があったのを知った。

ロセッティの生涯はエリザベス・シダルとジェーン・バーデンという2人の女性と関連づけて述べられることが多い。この2人の女性とロセッティとの関係は複雑であるが、ロセッティの芸術を語る上で避けて通れない事項でもあり、以下に概略を述べることとする。

エリザベス・シダルは長い婚約期間の後、ロセッティの妻となった女性で、ロセッティの代表作の一つである『ベアタ・ベアトリクス』の、またミレーの代表作『オフィーリア』やハントのモデルも務めた女性である。

一方のジェーン・バーデンは、19世紀イギリスの装飾芸術家・デザイナーとして著名なウィリアム・モリス(1834年-1896年)の妻となった女性であり、『プロセルピナ』をはじめとするロセッティの多くの絵でモデルを務めている。また、101篇からなるソネット集『生命の家 The House of Life』(1871年)にも謳われている。ジェーンはロセッティが終生追い求めた理想の女性であったとされ、男を破滅に追いやる「ファム・ファタル」(femme fatal=運命の女)の一例とされている。

a0282620_20213040.jpgロセッティがジェーン・バーデンに出会ったのは1857年、ウィリアム・モリスらの仲間とともに、アーサー王伝説に登場する王妃グィネヴィアの壁画を制作中の時であった。当初、壁画はエリザベス・シダルをモデルに制作されていたが制作に難航し、気分転換にと出向いたロンドンの下町の劇場で、ロセッティらはやはり観劇に訪れていたジェーンを見出した。当時、ロセッティはエリザベスと婚約していたが、ロセッティとジェーンは互いに惹かれるものがあったようで、以後、ロセッティの作品にはしばしばジェーンがモデルとして登場するようになる。繊細で病気がちな女性だったと言われているエリザベスにとって、ジェーンの存在は激しい心痛の種となった。結局、ジェーンはロセッティの弟子にあたるウィリアム・モリスと結婚し、ロセッティは婚約者のエリザベスと予定どおり結婚した。しかし、これら2組のカップルの結婚生活はともに幸福なものではなく、ロセッティの、人妻になったジェーンに対する思慕は止むことはなかったと言われる。冷え切った夫婦関係や女児の死産に心を痛めたエリザベスは、薬(阿片チンキ、クロラ-ルという鎮痛麻酔剤の一種)に溺れるようになり、結婚2年目のある日、大量の薬を服用して自殺同然の死を遂げた。彼女の死を悼んだロセッティによって描かれたのが、前出の『ベアタ・ベタトリクス』である。ロセッティはその後も絵画制作を続け、世間的な成功は得たものの、人妻への思慕と自分の妻への罪悪感にさいなまれて次第に心身を病み、1872年には自殺を図ったこともあった。晩年は酒と薬に溺れる生活で、不眠症のため真夜中にロウソクの灯りで絵を描いていたという。
ロセッティは1882年、ケント州バーチントン(現在のバーチントン・オン・シー)で失意のうちにブライト病により54歳の生涯を終え、同地に埋葬された。(Wikipediaより抜粋)

さらに、ジェーンについての詳細にこうあるように、ロセッティとモリスのミューズになる如く、生涯類い稀なる魅力を持った女性であったようだ。そこが「ファム・ファタル」と呼ばれる所以のようだ。


なぜにこの日、ここに「ロセッティな樹」があらわれたのかは未だわからないが、これをきっかけにロセッティからジェーンの生涯にまでに辿り着いたことは、とても興味深いことだった。


さらに、同じようにレンズを向ける気を起こす風景というものの中に、以前、どこかで見た絵画作品のイメージの下地記憶がある例を示しておこう。
こちらはフィンセント・ファン・ゴッホの作品のイメージ記憶をもとに画像に収めているようだ。
このあと、同様にゴッホの生涯を改めて調べてみて、十代の頃に知った驚き以上に、歳を重ねてさらにリアルに現実味を帯びて、彼の生涯と作品について感慨を新たにしたことも付け加えておこう。(また新たにゴッホ研究の虫が蠢き始めたようだ)

こうして、汚れを拭われ甦った風景を見つめることで、また新たな識ることへの興味が湧いて来るというのも、天からの光がもたらした新鮮な、時代の贈物なのかもしれない。


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             ゴッホ「果樹園」(1888)



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          ゴッホ「オリーブ畑」(1889)
by martin310 | 2014-01-24 20:27 | アート

高島野十郎という生き方 ~そして、風景の奥に見ていたもの~


a0282620_20194615.jpg高島野十郎は、“kaze no ko”さんのHP「甘口辛口」の記事ではじめて知った。
「孤高の画家」というタイトルがまず目を惹いた。最近、この「孤高」なる言葉に弱い。一種の天の上の憧憬のようなものを感じているからかもしれない。そうありたいと敬いながら、生き方に学びたいという思いがあるのは確かだ。
野十郎氏の詳細は、“kaze no ko”さんの以下の記事をはじめに、Wikipediaや、その他、ネット上で調べて知った。さらに詳しく生涯を知りたいと、川崎浹著『過激な隠遁 高島野十郎評伝』も取り寄せて読んだ。

●“kaze no ko”さんの論考集「甘口辛口」
 http://tao.matrix.jp/kaze/

・孤高の画家(その1) http://tao.matrix.jp/kaze/b/314.html
・孤高の画家(その2) http://tao.matrix.jp/kaze/b/315.html
・孤高の画家(その3) http://tao.matrix.jp/kaze/b/316.html
・孤高の画家(その4) http://tao.matrix.jp/kaze/b/317.html
・高島野十郎の「蝋燭」 http://tao.matrix.jp/kaze/b/496.html
・高島野十郎の「月」  http://tao.matrix.jp/kaze/b/497.html


野十郎氏の回顧展の案内文に、簡潔に氏を紹介した文があったので転載させてもらった。

◆高島野十郎
a0282620_2020074.jpg明治23(1890)年、福岡県久留米市の酒造家に生まれた髙島野十郎(たかしまやじゅうろう)は、東京帝国大学農科大学水産学科に学び、首席で卒業しました。しかし周囲の期待と嘱望された学究生活を投げ捨て、念願であった画家への道を選びます。以来、約4年間の滞欧生活をはさんで東京、久留米に居を構えながら主に個展を作品発表の場として画業を続けました。70歳を超えた1961年(昭和36年)からは都内・青山を離れ、千葉県柏市の田園のなかに質素なアトリエを建て、晴耕雨描とも言える生活を貫きました。世俗的な成功や名誉とはほど遠い位置で制作を続け1975年(昭和50年)、千葉県野田市の老人ホームで85歳の人生を閉じます。
髙島野十郎は果実や花を題材にした卓上静物をはじめ、信州や武蔵野、そして故郷の筑後地方や房総の風景を、いずれも写実的に、しかもきわめて微細かつ克明に描き出しました。特筆すべきは、彼の絵の写実性は対象の単なる再現性を超え、ときには対象の生命や息吹にまで至って、独自な輝きを発露させていることです。
髙島野十郎が静物画や風景画とともに描き続けてきたのが、火のともった蝋燭や月だけを描いた作品群です。これらの不思議な作品には、見る人の眼をそらさない強い求心力を感じさせるとともに、どこか宗教的感情を呼び起こしさえします。そこには、彼が若い頃から関心を寄せていた仏教への深い含蓄が含まれていると言われています。
「世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進です」と、彼はある手紙に書いています。この真摯さは、なによりも「描くこと」への彼自身の執着のかたちであり、それはまた「描くこと」のひとつの根源のかたちを、いまもわたしたちに教えてくれています。
彼の遺した作品は没後、ようやく広く知られるようになり、その透明感をたたえた深い精神性と卓越した技量で、今日多くの人々を魅了し続けています。


まあ、実感として、このような「過激な隠遁」を生涯を通じ実践し、そのなかから深い精神性を湛えた珠玉の作品を残した氏の生き様を知り、先んじて道を歩んだ傑人がいたことで、どこか安堵の気持ちが湧いたのも確かなことだ。まったく及ばずながらも、どこか似たような性向を感じ、精神傾向の同族性をどこかにまとわりつけている者の自覚として、この野十郎氏の存在は大きい。

氏の作品と生涯についての論説は、既に数多く書かれているのでそちらに譲り、ここでは氏の見ていた世界、見えている以上の見えない世界について、以下の作品をモデルに記しておきたい。

高島野十郎の作品といえば、大抵がその代表作、「蝋燭」「満月」「からすうり」「雨 法隆寺塔」、そして衝撃的な「自画像」などが挙がる訳だが、かえって画題的にもそれほど特徴的でない、氏のなんともない風景画の方にこそ、案外、氏の見ているその先の世界があらわれているものだ。


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          高島野十郎「林経秋色」(1961)
          油彩 キャンバス 45.5x37.7cm


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          高島野十郎「萌え出づる森」


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高島野十郎「すいれんの池」(1948)
油彩・キャンバス 89.0×129.9cm


これは絵であって写真ではない。氏の作品は写生をもとにした細密描写がその真骨頂だから、このような小さな画像で見ると写真との差がわからないほどになる。現物はもちろんキャンバス地の上に油彩で描かれた、おそらく味わい深いマチエールで描かれているに違いない。技法的な研究を常に怠らない、画術を究めた人でもある。

野十郎氏のプロフィール写真を見てもわかるように、この世の先の異界を見る目を持っていることは明らかだ。現実の風景を前に、相当な実物凝視の研究を限りなく続け、それをもってあばら屋の画室で長大な時間をかけて絵を仕上げてゆく。氏は絵を描くとは言わず、研究すると言っているように、描いたものもまた長い時間をかけて見つめ、その世界を深めてゆく。
氏の描きだした風景は、そこにある風景をとっくに超えて、まだ見ぬ、次元を異にする世界を、その絵の中に降ろしているようだ。おそらく、氏にとって、作品はそのまだ見ぬ世界の間口に過ぎず、異界への窓であったのだろうと思える。

そのことは同族の端くれとしてよくわかるのだ。同じような対象を、同じようなアングルで撮っている。(以下に3点の写真あり)見ているもの以降の世界を脳裡に感じているのだ。
このことはまた、先回の記事にした、風景の対象物にまとう「時間の奥行」というものとの関連も考えられる。
野十郎氏の時代は、もちろん現在の時空ではない、地球の過去の世界だった。そのなかでまだ見ぬ世界を描き出す手法の探求によってこれらの作品が成立した訳だ。
で、あるなら、この変化した時空で獲得した新知覚をもってして氏の作品のを見るなら、氏の画室での孤独な苦闘ぶりが別の意味でわかるのではないだろうか。

氏は見ていたのだ。既に光を・・・。


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          高島野十郎の住んだアトリエ兼住居。(右に見えるのが本人)


以下に氏の作品にたまたま近似した拙作写真を並べておこう。(同様の並び順から比較するとわかる)絵画と写真の色彩の違いは致し方ないが、画面構成はほぼ同じ図式を採用している。だからどうという意味は何もないが、氏の作品を見ながら、同じような風景を撮った記憶があるなと思った次第だ。

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※「林経秋色」と対


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※「萌え出づる森」と対


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※「すいれんの池」と対
by martin310 | 2014-01-21 20:38 | アート

いずめぐり[IZUmeguri]:奥伊豆天城・吉奈温泉 -2-


a0282620_1744034.jpg12月19日の吉奈温泉「東府や」の記事のつづきとして、もう少し残っている写真画像があったので、せっかくなので載せておこう。
「東府や」の公式サイトの“東府やヒストリー”にあるように、吉名温泉は奈良時代の末頃から子宝の霊湯として親しまれてきた伊豆最古の温泉なのだそうだ。「阿万の方」「唐人お吉」にもゆかりがあり、「東府や」は江戸時代より創業400年の老舗旅館だということだが、伊豆に居て、吉名温泉自体が眼中から抜けていたところ、開湯以来のその古さにも驚いた。
a0282620_1158921.jpgもっとも温泉宿はこの「東府や」と吉名川の対岸の「御宿さか屋」の2軒だけのようなので、知る人ぞ知る秘湯なのかもしれない。
「御宿さか屋」の公式サイトを見ると、画家の岡本太郎の定宿でもあったようで、ここでも作品制作をしていたようだ。映画監督黒澤明は、ここで「影武者」の執筆をしたようだ。知らないことが多く、伊豆を巡っていると意外なことに気づかされるものだ。


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これは「御宿さか屋」の玄関棟から川を隔てた本館への渡り廊下の橋で、アーチ型の橋桁が不思議と懐古的な旅情をかき立てる。温泉場に川が流れ込んでいるというのは、否が応でも旅の空の情感を旅人に涌かせるものだ。それにアーチの橋と紅葉とくれば、名勝となってくる。このアングルは、そういう旅心に愉悦を与えるにふさわしい場のようだ。


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「東府や」の“み登里の橋”からの“大正館芳泉”の佇まい。欄干に立つ瓦斯燈風の灯りが印象的だ。(位置は「東府や」散策マップ参照→http://www.tfyjapan.com/resort/


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同じ“み登里の橋”から上流を見たところ。左手の白い蔵は新館のヴィラスイート“蔵”だ。離れの客室。右側の岸は「東府やガーデン」で広々している。


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a0282620_11584364.jpgこれはベーカリー&カフェの前の足湯テラス。最初、このブルーのプール全体が足湯なのかと思ったが、左にある研磨された石のテーブルの下に足湯があることがわかった。焼きたてパンを食べながら足湯を愉しむという施設のようで・・・。では、このプールはいったい?そう、景観デザインの為だけのようだ。HPには“水盤”と書いてある。
かなり大胆な設計プランのようだが、実に借景の日本の風景とマッチしている。どうもこの発想には、デヴィッド・ホックニーの「Pool」があるように思うのだが、自分だけの思い過ごしだろうか?もしかして、ホックニーと“大正館芳泉”とは、絶妙なマッチングではないか。


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「東府やBakery & Cafe」がこれだ。広大な藤棚がパーゴラのようになっている。藤の満開時の藤色と水盤のブルー、それにまわりの山のグリーンのコントラストはきっと見事なのだろう。是非、そんな5月のテラスを見てみたいものだ。

ベーカリーの自家製パンやスイーツの品数の多さに目移りする。なかなか決めかねるほど、どれも実に手の込んだつくりで美味しそうだ。実際、食して圧巻だった。最初に目に着いたものが直感的に美味いものに当たる、そう実感した。
この「Bakery & Cafe」と足湯のコンビネーションは、かなり雑誌などで広く紹介されているよう。こんな伊豆の山の中に、どうしてこんなに都会の若い人たちが・・・、というほどこの日も人が訪れていた。
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by martin310 | 2013-12-30 12:07 | アート

いずめぐり[IZUmeguri]:奥伊豆「大沢温泉山の家」―つげ義春的世界 ―

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a0282620_1744034.jpgもともと若年の頃から、どこか厭世的な感情を抱いていたことから、ことさら世捨て人的な山籠りに羨望を持ち、良くも悪くも流れに任せて行き着いたところ、山籠りまでいかずとも、山上の森に蟄居することに帰結したのは、この元来の世に染まることが苦痛の性癖から来るものだろうと自覚している。それだけに自発的に疎外感を愉しくし、世を眺めながらもどこか逃避可能な場所を確保しようとしているような精神性が、今の生活のもとになっているような気がする。
だからそういう点で、世にありながら勇気なくややはみ出すような位置にいるしかないのだろう。厄介なものである。中に居ても中に居ず、染まったふりをして共有しながらも、潔癖に内部では染まることを拒み、希少な同類は未だ見つからず、孤高ならいいが孤立の位置に甘んずる以外なく、というのが本質だ。
a0282620_22352819.jpgこういうのは来る星が違ったのか、来たる世が予定調和していないのか、どうも常に存在の違和感に苛まれるものだ。

こうなると、近しい世界を持ち合わせた創造者の作品世界に親近感を求めるものだ。現実には邂逅出来る機縁がないだけに、表現された世界観にこそ融合出来るうれしさを見るのだ。俳人の種田山頭火尾崎放哉は、世から外れた宿運故に行き着く先のない孤独を余儀なくされたが、率直な作品世界に開放された救いを感ずる。
a0282620_22362171.jpgだが、あまりにミニマムに構成された感性的な発露であるだけに、延長や拡大する世界性は持ち得ないので、そういう意味では読み切りなのだ。
そこへ来て、疎まれ忘れ去られたような人間生活の深みも拡がりをも感じさせるのが、いわゆる「つげワールド」である。
寡作で有名な「つげ義春」の漫画作品はもとより、氏の記した日常や旅の記録が実に興味深い。特に鄙びた湯地場での記録や、それら昭和40年代の温泉場風景を撮った写真など、失われたかつての日本の陰の実像を伝えているものにこそ、つげ氏の世界が濃厚に顕れている。

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a0282620_22385227.jpgつげ氏の作品で有名な「無能の人」の、この川原で石を売る光景はかなり衝撃的な図だった。人間が生きる糧を得なければならない世の宿命から隔たった、究極の姿がこの無能と呼ばれる商いの姿にはある。このシーンを発見し表現する氏の才覚に、もの凄い力を感ずるのだ。この一発で、この三次元に生きるしかない世の不条理を大砲のように打ちつけて来る感がある。
竹中直人が監督・主演した映画「無能の人」は、実に優れてこの世界を映像化した。
同様に、つげ作品を映画化した「リアリズムの宿」も貴重なつげワールド作品だ。
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つげ作品の、鄙びた温泉場の光景を細密に描写したカットは、まさにつげ氏の視線そのものの現実感を写し取っている。こういう「ゲンセンカン主人」のワンシーンのような光景は、もう今や映画のセットにしかないほど、時代の波にあおられ消滅しつつある。湯地の文化そのものが、日帰り温泉ブームや巨大温泉レジャー施設に取って変わりつつある現在では、寂れて潰れそうな温泉街はあっても、「鄙びた」に相応しい場はもはやあっても希少なものとなっている。


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ちくま文庫の『つげ義春の温泉』のあとがきに、つげ氏の古い湯地場を求めての旅の思いが記されているので、ここに引用しておこう。
a0282620_22493122.jpg 温泉好きというと、のん気で気楽な身分のように誤解されることがある。けれど私の場合は行楽としての温泉には関心がなく、昔ながらの地味で面白味のない湯地場に惹かれていた。
 そのような偏りは、青くさいことを言うと、なぜかこの現実から逃亡したい思いが無意識に巣喰っていたようで、その不安の癒しを求めて湯地場にこだわっていたのではないかと思える。
 古い湯地場はたいてい貧乏臭く老朽化している。ときには乞食小屋と見まごうボロ宿もある。浴客もみすぼらしく老朽化した老人ばかりで、見た目の印象では、“姥捨て”が想像され、その侘しい雰囲気が癒しになるのだった。
 姥捨ては、老いて社会的に機能しなくなった役立たずの捨て場である。社会との関係からはずれた境遇は、関係に規定されている「自己」から開放され、意味も根拠もなくなるのではないかと思える。意味も根拠もない存在とは「存在しながら存在しない」非存在といえる。
 すべての関係から切れて、誰にも承認されず束縛もされない開放されている例としては乞食を挙げることができるが、私にとっての逃亡の意味も、乞食のように「存在しない」ように生きることが願いであったらしく、姥捨てムードに浸ると、深い安らぎを覚えるのだった。
 といっても、そこに永住できるものではなく、宿泊中の一時的な慰めにすぎず、その満たされぬ思いから、しつこく湯地場めぐりをするようになったのではないかと思える。

                         『つげ義春の温泉』あとがきより -ちくま文庫-


a0282620_22465029.jpgつげ作品は、こういう湯地場への旅から生まれたものが多いようだ。旅行記を読んでいると、漫画のこのシーンはあの旅の文の中にあったというように、氏の写真も、漫画作品に描く場末の光景をストックしている意味もきっとあるのだろう。
写真家でない氏の写真のよさは、こういう誰も撮らなかった湯地場の世界を、ごく自然に写し取っていることにある。モノクロで作為なく切り取られた実在のかつての風景は、まるで貴重な民俗資料のように、ある日の日本を陰影に残している。

つげワールドに浸っていて、同様の温泉場風景は自分の写真画像のストックにもあったことを思い出し、以下に並べてみた。
伊豆の温泉場は、「鄙びた」というより、寂れて人の気が引いてしまったところが多い。その中でもつげ作品にまさに登場してきそうに思えるのは、東伊豆・松崎の奥の「大沢温泉山の家」かなと思う。
一見、山の妖怪が棲んでいそうな小屋なのだが、湯量は豊富でゴボゴボと湯が溢れる、完全掛け流しの温泉だ。野天で岩風呂の上には屋根がない。脱衣場は屋根があるが屋外だ。この怪しげな雰囲気に勝てるのなら挑戦してみるのもいい。但し、湯温が高いのでのぼせて危ういことにならぬよう要注意だが。
山の家の先には、湯治の宿泊施設も用意されているようだ。ただ、使われている気配はない。残念ながら今や、湯治で長期滞在するような場ではないようで、つげ氏が日本中を探索してまわった湯治の世界は、この伊豆には今やほとんんどないようだ。


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by martin310 | 2013-12-27 23:07 | アート