伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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カテゴリ:ガーデニング( 61 )

庭いじりをいろいろやってみると、よくわかってくることがある。~マイ・ガーデンのある諦観!?~


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9月の彼岸の時期を迎えて、我が家の庭の様子は、既に夏の名残の威勢のよい繁りを終えて、秋から冬への退潮のカーブを描きはじめたように、徐々に緑の色も変わり、その量感も小さくなり、地面が垣間見える箇所も出て来たようだ。

こうなって来ると、今年の花盛り、緑の盛り上がりのシーズンが終幕を迎える段に変わってきて、ひととおりのステージが終わっていく感がある。
そうなると、春から今までの庭の成り行きを振り返ると同時に、庭づくりをはじめて6年目の庭の推移をも考え合わせて、あれやこれやと試みて駄目だったものや、意外に生育がうまくいったものや、植え替えたり、末梢したり、新たなものを考えたりと、現状を見ながら庭の設計プランを再考するようになるものだ。

というのも、ある意味、庭自体も立体的な造形デザインのようなものではあるが、なにせそこが生きて生長するもの、思ったような結果が出るほど簡単なものではなく、全部が生きて変化しているものなので、まったく予想どおりになるとも限らない。
植えるときにイメージしているような感じは、数か月後にはそんな記憶すらなくなるほど、現場は他の様々な要素の変化の中に紛れて、常に自然の側が優位に自由なる生長を遂げている。
特に今年は、例年になくほとんどの植物の背丈が異常に高く伸び、葉の密度も量も想定外だった。なので、どこに何を植えていたのかも混在してわからなくなり、密集した状態が顕著で、宿根草類は強者が弱者を淘汰するような、生存競争状態だったようだ。


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全体の傾向としては、6年もの時の経過が庭木を高く伸ばし、枝ぶりも広がったために、限られた庭のスペースの中での日当たりのよくない面積が増えてしまったことにある。なので、今まで適材適所的に、その場がお気に入りでぐんぐん株を広げていた宿根草が、急に勢いを失って、他の半日陰に適したものが隆盛を誇ったりと、日照条件の変化でその場の主が自然交代したりもしたようだ。
こうなると、今よりもっとシェードガーデン向きの植物を増やす必要が出て来るようで、ホスタ類やカラーリーフ系のものを追加しようとも思う。

花類にしても、シーズンを通して花期がうまくクロスしながら続くようにして、いつも庭のポイントになるような色の点景を絶やさないようにもしたいものだ。
そのためもう1ヶ所、花壇を増設して、品種も厳選して花数を増やしたいと考える。

今まで自分の気に入った花の苗を、あちこちに植えてみて試して来たが、あまり広くもない庭ながら、その品種に適合して、すくすく育つ場というのは、なかなかマッチングが難しく、消えていった花のいくつあったことだろう。
逆に、種が風で飛んで、勝手に通路の脇に生えて育ったものが、みるみる間に繁茂して、自分のエリアを確保してしまったものもあり、なかなかこちらの思いどおりにレイアウト出来ないのもよくわかってきたことだ。

来年に向けて、冬の休眠期にはよく庭の整理をして、今までの経験上、その場その場に適した植物を配置するよう、頭の中を切り替えてのぞむ必要がある。
ネットで苗選びをしていると、花の姿からつい、あれもこれも欲しくなってくるのが常だが、それも何度も失敗しているように、適者生存の法則をよく知って、よほど考えを練った上で選ばないとうまくいかないのがわかっている。
我が庭の、ここやあそこにベストマッチするように、庭の側の好みをよくわかって、植物の配置を決めるのがこれからのようだ。

手を掛けず、思いも寄せなくなると、庭はすぐにそのような様相の庭になる。諦めたらもう諦めたなりの野生な庭になる。
いつも庭と相通ずるような、いきいきとした生命感に満ちたガーデンにしていきたいものである。


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by martin310 | 2016-09-20 11:14 | ガーデニング | Comments(0)

「庭づくりに終わりはない」というのは、我が「終わらない」庭仕事の意である。


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よく、名ガーデナーは「庭づくりに終わりはない」などというが、それはよほどこの道に熟達して、庭の持つ自然の推移をも自分のうちに、庭のすべてを掌握しているから言える言葉で、その真似ごとをしているような、俄か気まぐれガーデナーにとっては、こうしよう、ああしようと思っている以上に自然の推移の方が早く、みるみる手がまわらない状況が常となり、まったくやろうとしていることが終わらないので、終わりがない庭づくりなのである。

思っている以上に、季節とともに植物の状態の変容は早く、盛りが去ればすぐに枯れに近づいていく。
夏のあいだ伸び切った若枝は、放置しておくと木化してくるので整理をしなければならないし、それに雨の重みで倒れて、枯れ色になって見苦しい姿となる。
葉の色だって秋めいてくれば、鮮やかな緑から彩度が抜けて、やがて枯れ色に占められていく。
伸びて折り重なった宿根草の群れが、決していい具合には形をなさない。勢いの萎えた葉や茎は、二度と精気のあるときの姿には戻らず衰えていく。

それらもあまりにそのままにしておけば、益々見苦しさは増すばかりで、いくらナチュラルガーデンを誇っても、放置しっぱなしガーデンでしかなくなるのだ。

それは植物だけではない、庭の中の自作物や、建物だって同じこと。自然素材の木製がほとんどのものにあって、風雨や光や湿気や乾燥や、様々な自然の環境に耐えられるのもそれほど長くはなく、時とともに劣化ははじまる。
劣化の程度が進めば次は補修が待っている。

今見ただけでも気になるところだらけだ。
母屋の外壁だってまだ1~2年でしかないのに、既に色抜けがはじまり、防水能力だって頼りなく、今2度塗りしておけば皮膜剥離の手間はいらないのに、そうも出来ない。
離れのミニログにしたって、つい去年再塗装が済んだばかりなのに、もう既に塗装面が希薄になりかけている。

ウッドデッキにおいては一番厳しい環境にあって、階段のステップ部分は既に歩く箇所が剝げてしまっている始末。
全体に防水性も失われ、早めに塗り直さないと木部に損傷が出てくる恐れもある。

それらを含めたすべての庭風景は、よくよく見れば問題のある箇所があちこちに見受けられるのであって、なかなか手放しでいい感じというわけにはいかない。
だから庭を作っているというより、あとあとになった作業が追い付かず、現状維持の補修作業の分量があまりに多いわけで、作るより保持するというやっつけ仕事が主なのである。

ガーデンフェンスの次は、20メートルの土留め製作があり、それにあちこちの補修も待ったなしで、庭に追われる身のガーデナーは、なかなか庭を味わうまでにはまったく至らないのである。
そんな手の足りないガーデンであっても、住まう環境そのものが潤いのある、過ごし易い緑に囲まれ、いつでも窓からはその一画が垣間見られる愉しみは、他に代えられるものではない。
世間には手のかかる庭を持たずに、まったく住空間のみの超効率的住まいも多々あるなか、こんな手間と重労働そのもののえらくたいへんなしろものをあくせく世話する人間もまたいるというのが、世の自由というものだろう。

我が家のある山を下りて、下界の密集した市街地を行く度に、やっぱりあの山の家はいいなあと、まるで鳥の帰巣性のように早く戻りたい気持ちに逸るのも、自分にとって一番居心地のいい場所であることの証拠であろう。
それがわかっているだけに、またその環境を守る作業に余念なく、あますことなく時間と労力を継ぎ込めるのだろう。まだ当分、「終わらない庭仕事」は続くのである。


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by martin310 | 2016-09-10 16:37 | ガーデニング | Comments(0)

今年の夏のロングランワーク・・・コニファーの剪定の終了。


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まったくもってたいへんな作業だった、生垣のコニファーの剪定作業がようやく終わった。
考えると実に5週もの休みのすべてを費やして、全10本のゴールドクレストの枝葉や枯れ屑を取っていたわけだが、最後に残った4mの大物もやっとケリがついて、樹高も1mは小さく出来たようだ。
ほんとうに今年の夏は、ずっと毎週このコニファーの木の中に潜って、汗をダラダラかいて、ただひたすら剪定鋏を動かしていたわけだ。


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ちなみに、これが道路側から見た出来上がりの感じ。
こじんまりとさっぱりして、下の方は枝を落として庭の芝生も見えるほど、風通しよくした。
木の横幅はもう変えられないので、けっこう太っちょなスタイルになったが、また上に伸びて円錐形になっていくのでご心配なく。


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そしてこれが庭側からの眺め。
幹も枝もすっかり余計な枯れがすべて取れて、すっきりとしている。幹にも陽が射すほど木の内側は隙間がたっぷりだ。


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最後に残った4mの大物の剪定前と剪定後。
剪定前の方が形はいいが、木の内側はびっしり枝と枯葉で詰まっている。陽も当たらず、風も通さずじめじめして、次々に枯れが進んでいく。
このまま放置していると、最後は外側、輪郭の緑まで失っていくはめになる。

a0282620_21525934.jpg足場だってこんなに高くなる。
下から見ている分にはわからないが、実際上に立つとかなり恐い。ここへ立ってずっと木の中かに潜って作業をするのだ。

結局、剪定した枝葉の屑は45リッターのゴミ袋で、少なくとも30袋は出しただろう。計1350リッターの屑が出たのだ。
たいへんな量だ、こうならないように、庭木の剪定はこまめにやろう!
っていっても、また限界が来るまでやらないと思うけど・・・。
ああ、今でも夢の中でも剪定鋏で切っている光景が出てきそうなほど、今年の夏はコニファーとの格闘三昧の日々だった。



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ついでに、西の端の庭の際に植えてある木も剪定した。
木の名前さえ忘れてしまったのだが、コニファーの一種か?檜に似た木で、これも枝葉がかなり密集してしまう傾向にあり、さすがに剪定法が一緒なので、軽快に切っていったら随分とさっぱりして、西日が射すようななったという・・・。

さて、次はいよいよ白い垣根のDIYだ。
こっちの方が俄然、気力が充実して来る。
漸く、DIYに復帰できる。


by martin310 | 2016-08-25 21:56 | ガーデニング | Comments(0)

庭仕事をしていると、自然にお茶の時間が楽しみになる。~ガーデンパラソルの下でお茶をする。~


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庭仕事の合間に、10時と3時には決まってお茶をする。
コニファーの剪定を続けているあいだは、その場所がバラアーチのそばのガーデンベンチに固定されている。一番近くて、午前中はまだ日陰が多いので涼しいからだ。
午後に陽が西に傾くとそうはいかなくなる。直射の餌食になる位置になる。

そういえば、以前買ったガーデンパラソルが物置の奥にあることを思い出した。2、3年前はこのベンチの前に立てて使っていたのに、その後すっかり忘れていた。
久しぶりに出して立ててみると、やはりこの時期、すぐ前に咲く、サルスベリの濃いピンクの花の色と同じように、グリーンの庭の中でよく映える。


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こんなガーデンパラソルを開くだけで、なぜかちょっとしたリゾート気分になるのが不思議だ。
いつものお茶の時間が、妙に贅沢な至福のときになった気になる。
10時は冷たい麦茶とお菓子で、3時は自家焙煎した珈琲で、お茶をたのしむ。
ツレと二人でとりとめのない話をする。庭の花の話・・・、庭木の話・・・、ワンコもそばにいて話題にされる。


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30℃を超す灼熱の日中は、散歩の人もいず、道路は何も通らずしーんと静かだ。
ぐっしょりとかいた汗をぬぐいながらも、涼やかに吹く風が火照った体温をわずかに下げてくれるようで、暑いながらも心地よく感じられる。
休みの日に、休んだ記憶はほとんどないくらい、何かしらとりあえずしなければならない家の仕事がある。
まあ、好きでやっているので、仕事だとは思ってもいないが、自分たちの住まう環境が、この自分の手でより良く出来ることに愉しみを見出して、それを暮らしの一部にしているということだろうか。


a0282620_22394763.jpg庭の片隅の小さなキッチンガーデンで、ミニトマトやピーマン、キューリなどを収穫した。いずれも、もう時期が終わろうとしていて、もう少しで今なっている実で今年は終わりになるが、今日のこれだけでも二人分にはけっこうな量だ。ありがたい自然の恵みだ。




4週も庭仕事を続けていると、32℃ていどの暑さでは体が慣れてさしてたいへんでもなくなる。
来週でこの剪定作業も終わるであろうから、それからは漸く、ガーデンフェンスの造作がはじめられる。
やはり物づくりの方が、断然楽しさは違う。
いずれも炎天下の仕事には変わりはないのだが。


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by martin310 | 2016-08-10 22:41 | ガーデニング | Comments(0)

酷暑の夏でも黙々と庭木の剪定作業を続ける―このストイックさが夏らしくもあるか?!


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▲夏空はどうしてもその爽快さからよく見上げることになる。白雲の美しさに天女の舞いを見る?!・・・かのように、切り取っては画像におさめたくなる。


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a0282620_20175092.jpg▲相変わらず、夏の休日を返上して庭作業に黙々と精進している。もう、これで3週目、計7日も連続してコニファーの剪定作業をしている。
漸く、10本のうち8本まで進んだ。要するに、一日朝から夕方まで昼を除いてずっと打ち込んでいても、ほぼ1本位しか完成しない計算になる。
まったくもって、樹形を整えるより、内側のびっしりと詰まった枯れを取り去るのに、実に手間が掛るのだ。

暑さは当然、連日30度以上の炎天下の中、樹の中に潜って枝を落とし、枯れ葉を取り去り、枝の全面に生えている鬚のようなものをカットしていく。
その枝は無数にあって、やってもやってもまだ残っていて切りがない。

a0282620_20211247.jpgそれでも樹の中がどんどん透けて来て、風通しがよくなり、今まで枯れに隠れていた幹が露になり、そこに陽が当たるようになる様を見ると、やった甲斐があるように小奇麗にさっぱりとする。
それにしても、こんな仕事を造園屋に頼んだら、いったいどれくらい取られることになるのだろう?
まずもって、ここまで念入りな作業はやらないだろう。
自分でやるから、ここまで満足がいけるのだろうし、もっとここまでの酷い状態になる前からこまめに手入れをしていれば、大した手間にはならないはずだったかもしれない。


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▲できるだけ風を通そうと、自作ガーデンハスのドアと窓を一日解放しておく。草刈が終わった後は、枯れ色がどうも不似合いだが、刈らないとまたジャングル化してくるので致し方ないか。
屋根の断熱に手間をかけた分、この部屋はいつでも涼しい。
閉め切っていても、それほど温度上昇しないので、かえって母屋より涼しい場所かもしれない。


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▲草刈りの終わった隣家の土地から我が家を望む。まるで全部が一体になった建物のように見えるが、実は、母屋2階のドーマーが上部に見え、その下の左に自作ガーデンシェッド、右に自作ガーデンハウス、実はその後ろにログ物置が隠れている。あっ、あとその右にミニログハウスがもう一棟あるので、計5棟も建っていることになる。
道路側とは反対の人目につかないところだからいいものの、普通に見たら変な家だと思われるだろう。


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▲庭はもう、植物たちに思いのほか自由に伸びていいように手放した。というか、もうちょっとその伸長力に手が出ない感じに・・・。今更もう手がまわらないので、秋口まで伸びに伸びきったあたりで何とかしようかと、諦めているわけで。


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▲何度も登場するいつもの駿河湾の景色。大気の澄み具合は、この景色を見るのが一番わかりやすい。庭先から家の前の道路に出ると見える景色で、大気と光の加減で、時間により如何様にも変化する。左から伸びる大瀬崎の岬が見え、ちょうど空の光が反射して、海が光っている瞬間だ。


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真夏の庭で鋏を動かしていると、まるで自分の手の動き以外は時間が止まったように静かで、直射の強さに頭がのぼせ上ったのか、余計にぼーっと不思議な至福感に包まれるのである。
ただその瞬間に集中し存在する・・・、夏の日。


by martin310 | 2016-08-06 20:23 | ガーデニング | Comments(0)

夏の庭に馳せる思い・・・ハーブガーデン化していこうという新たなプランに。


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▲手前のアナベルとカシワバアジサイは、葉とともに徐々に花色を変化させて長く愉しめる。花が終わったと思っても、そこからの色の七へんげで、別の花が咲いたように見えるカシワバアジサイは得した感じに思えるほどだ。


それにしても、植物の旺盛な成長力には驚くばかりだが、巨木化した生垣のコニファーをこまめに剪定しながらも、庭のあちこちを眺めては、刈っているそばから伸びて膨れ上がっている草木に、待ってはくれない伸長力の前になすすべもない感じで、溜息が出る思いだ。
まだまだあと3~4日は優にかかる剪定作業を前に、その他の箇所の庭の気になるところは目をつぶるほかない。

それほど広くもない庭ながら、この夏本番の候を迎えて、鬱蒼の上にさらに鬱蒼を重ねるように、草木が伸びていく。
一時はいいバランスで見栄えがしていても、やがてそれぞれが奔放に伸び出すと、もう収集がつかないほどになり、そこに枯れたものや、草が混ざり、予期せぬ強健なものが支配していく。
放置期間が延びれば延びるほど、藪化して元に戻すのに手間がかかるようになる。

毎日、少しずつ手入れすることによって、庭の調和度は保たれるのだろうが、そんな時間を持てない身にには、半野生化した庭がちょうどいいナチュラルガーデンなのかもしれない。
庭もさることながら、それに加え建物や付随した自作物がどんどん経年劣化して補修の必要にも迫られ、年中、庭仕事に大工仕事、塗装に土建工事などなど・・・、休む暇なく家の作業に追われる。
もっともこういう環境にいたいと思って、この伊豆の地に越して来たのだから、せいぜいその環境保全には労力を惜しむべきでないとは思うものの、休日が休日でなく、普段の仕事の日以上に重労働が続く日々なのである。

そんな様子を写真にと思いきや、いやいや、ここに載せるのはそんな中から見つくろったいいとこ撮りばかり。
接写すればまわりは目立たず。
荒はなるたけ表にせず、自分の目の中だけに・・・。
ということで、これが我がガーデンのいいとこ撮りであります。


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▲3年目でようやく花咲いた「ホリホックアルセア(ロセアチェストナットブラウン)」。コナラの木蔭で日当たりがよくない場所なので、なかなか成長もおぼつかなく、ここではダメかなと思っていたが、今年はなぜかぐんぐん伸びて、小振りながら真紅の花をやっと咲かせた。


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▲この時期、走っているとよく沿道に目につくサルスベリ。百日紅と書くのだそうだが、ありふれた夏の花だが、このピンク色の花を我が家の庭に見ると、そろそろ「盛夏」だなと思う季節花である。


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▲テラコッタの鉢に植えてあったのだが、置き場所があまりそぐわなかったのか、勢いがいまいちだったが、今年は庭の反対側に持っていったら、いきなりお元気になられたようだ。調べなおすまで、花の名も忘れていた。「斑入ソサイアティ・ガーリック」というらしく、なんとハーブだった。


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▲「アガスタキ・グローブトロッター」。半日蔭のミニログの横の花壇に今年植えたが、ちょうど環境がお気に入りのようで、けっこう旺盛に咲いている。


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▲「アニスヒソップ・リコリスブルー」。アガスタキらと一緒にハーブをまとめて植えた中で元気に丈を伸ばして咲いている。庭の一番奥まったところの木蔭に、ハーブ類が密集しているのもいい感じかもしれない。


現在クローバーを斜面に這わせている箇所にもう一段ひな壇を追加して、そこにハーブ類を植えようと、来年の計画をしている。
試しに今年、ハーブ類をいくつかまとめて植えてみたが、案外、密やかで自然な佇まいがいい感じに思え、ナチュラルな風情の中に可憐な色の小花が咲く面積を増やしていきたいと思うようになった。
不思議なことに、年々、好みの植物も変わっていっているようだ。それに従って庭の様相も変化していく。
自分にとっては、家も庭も、暮らしにとって切り離せないもので、それを自分の手で・・・というのが、暮らしを形づくっているともいえるようで、それが暮らすことの愉しみということだろう。


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by martin310 | 2016-07-29 11:29 | ガーデニング | Comments(0)

ガーデン・フェンスを作る――まずはプランニングから。白いフェンスは子供時代の記憶より。


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6年前の新築時には、今のような庭の構想などほとんどなく、この土地に手をつける以前の藪っぽい草はらが自然に出来ればいいというくらいの考えしかなかった。だから、そのまま草の生えるがままにしておけば、やがてもとの草っ原が蘇って来るだろうと、そもそも庭づくりをしようなどとは思いもよらなかった。
ログハウスが完成して、造成した家のまわりの剥き出しの土の斜面が、あまりに荒地のような殺風景さに、このままでは・・・と思ったのが庭づくりに手を染める動機だった。
雨で土は流れるは、傾斜で歩きにくいは、ぼっそぼその山土の露出する敷地の荒々しさから、土留めをして枠をつくり、草花や木を植えて庭らしくしないと、せっかくのログハウスの雰囲気が台無しだなと思い、取り敢えず簡易的に地面に仕切りを入れたり、柵を取り付けたりし出したのが始まりだった。

なので、今や巨大な生垣と化したコニファーを植えるときも、道路との境に何か樹木を並べたい気持から、小振りの苗木をとりあえず10本植えたというものだった。
もちろん、6年後の今の並木のような大きさはまったく想像だにしていなかった。
当時まだ、膝上くらいしかない苗木がちょこらんと並んでいるだけでは心もとないので、カインズオリジナルの安い白いフェンスを、これも取り敢えず道路との境界線をはっきりする為に立てたものだった。

a0282620_13241382.jpgだが以来、そんな垣根もどきの適当フェンスはそのまま放置で、遂には腐食して脆く、今にも触れば解体するほどになってしまったのが現状だ。
庭の中はあちこち補修や改造を重ねて、そこそこいいようにして来たのだが、一番、通りから目につく生垣やフェンスは手つかずのままにして来たのは、どうしたものだろう?自分でもあまり興味がなかったのが不思議だ。
それを今回、漸くここに来てコニファーの剪定作業に入ったので、それではと、木製フェンスの自作もやろうという気が起こって来たのだった。


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どんな形と色のフェンスにしようかと、いろいろと思いあぐねていたが、やはりコニファー・ゴールドクレストのライトグリーンな色調に合うものといえば、ホワイトフェンスでしかも縦板が並ぶものがいいという結論に至り、オーソドックスなスタイルではあるがこのデザインに決めたのだ。

実はこの形のフェンスには思い入れがあって、自分が生まれた家の周りに張り巡らされていたものがこれだったからで、遠い記憶の中にこの形の白いフェンスが自分の家の象徴のようになっていたからだ。
小さな家ながら、当時としてはちょっとモダンな感じのする、まだうら若き両親と自分と、飼い犬のスピッツがいる、今に残る白黒写真の中の遠い昔の平和な風景がもとになっている。


a0282620_13252484.jpg作りとしては、縦板は“1×4”、横板は“2×4”で、柱は90角を使い、高さ450ミリのコンクリート束石を地面に埋め込んでポストを立てる。
構造的には実に単純なのだが、まずはポストを如何に正確に立てることが出来るかにかかっている。
立て板の間隔は、ちょうど板1枚分にした。この空き次第で随分と全体の形が変わってくるもので、もっと狭めたものや逆に広げたものもあり、作り易いのは同じ幅が一番とこれにした。

それと、通常は水平の横板に縦板を貼っていくのだが、この地は傾斜地なので、土地の傾斜角度に合わせて横板はそれと並行にすることに。
水平にして、段差を作り階段状にしていく方法もあるが、我が家の場合は、一直線にきれいに並ぶ方がいいと思った。
塗装は、水性ペイントのホワイトの3度塗りで、おそらく2年に一度は再塗装が必要だろう。ただ、表側は塗り直しし易いが、裏側はコニファーが邪魔をして塗りにくいことは必至だ。ポストを残して柵自体を取り外して塗る方がいいが、そんな風に出来るだろうか。
ちなみに、図はポスト3本分、2ブロックだけにしてあるが、実際はこれの1.5倍、計10メートル超に及ぶフェンスを作るわけだ。

どうなることやら・・・、その前にコニファーの剪定が当分続く。(汗)


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by martin310 | 2016-07-26 13:35 | ガーデニング | Comments(0)

生垣の伸び過ぎたコニファーの剪定。~ゴールドクレストの驚異的な伸長力を甘くみるべきでない?!~


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a0282620_16213280.jpgずっと早く剪定しなければと思いつつ、後延ばし、後延ばししていた生垣の10本のコニファーの剪定作業に、もうこれ以上放置しておくわけにもいかず、遂に取り掛かることにした。
何より先端を詰めなければ、どんどん高く伸びて、見る度に空に聳えつつある庭木を何とかしないわけにいかなかった。このまま放置していたら、もう生垣ではなく、林になってしまう恐れがあったからだ。
ただ、コニファーは暑さに弱いとあって、夏に剪定することは避けた方がよいとの情報もあるが、どうだろう。我が家のコニファーの元気な様子から、強硬突破してもよさそうに思うので、無理にも今やることにした。


コニファー“ゴールドクレスト”の生長力
コニファーの中でも、このゴールドクレストという種類は生長が早く、毎年40センチずつ伸びるようなことは知っていたが、まさかこんな巨木化するとは思わなかった。
それもこまめに剪定して高さを抑え、形を整えていけば、そうたいへんなことでもないのに、一度、大雪で幹や枝が折れた2年前に多少、剪定らしきものを一度行っただけで、ほぼそれ以来、伸びっぱなしのまま、なるに任せていた。

a0282620_1614431.jpg我が家のゴールドクレストは、見ていると年間40センチどころではなく、50~60センチずつ伸びているのではないだろうか。計算上も、現在の4メートルの高さになるには、後半の伸び率が半端でない感じだ。
植えたばかりの2010年の春の頃を振り返ると、右の写真のように驚くほど小さかったことがわかる。これが40センチ丈とすると、6年でその10倍の高さに生長したということになる。
高さと同時に木全体のまわりの太さは、隣の木どうしが混ざり合って境がわからないくらいになっている。
以前は、道路側から庭の中を多少は見ることが出来ていたのに、今やまったく視界は塞がれた状態だ。

円錐形のきれいな形と、明るいグリーンがよくて生垣用に植えたのだが、手入れを怠るとここまで巨木化するゴールドクレストの伸長力を甘くみてはいけない!、という、いい教訓となった。


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単管パイプで足場を組む
a0282620_16154021.jpg剪定作業をするのにも、我が家のある土地は傾斜地で、脚立が立てられず、自前で足場を組むほかない。
どれほど傾斜が厳しいかは、右の写真を見てもらえばわかるように、4メートルの単管パイプ10本を使って足場を組むのだが、道路の側溝のラインと比べて、水平を取るとこんな角度になるほどだ。
目の錯覚で、道路の傾斜に慣れていると、水平位置がこんな角度のはずはないと思ってしまうのだが、実際に水平器をあててみると見事に合っているのだ。(人間の目は錯覚が多いものだ)
こんな坂に、等間隔にコニファーを10本も植えていたのだ。

安定した足場としては、上部にもパイプが欲しいが、10本しかないので、下部だけで少々不安定だがこれに足場板を乗せて作業するしかない。
一度にできるのは、コニファー4本分しか足場の横の長さがないので、これをあと2回移動させて組み直すことになる。それだけでもけっこうな労力だ。


剪定の実際は鬼のように手間がかかる
さて、足場も出来たところで剪定作業の開始だが、いったいどうやって切っていったらいいのか、最初のうちは基準とする方法が自分の中で決められていないので、試行錯誤でなかなか進まない。
まず、高さを50センチほど低くする為に、上部の幹をばっさり伐る。
そこを頂点として形を整えていくのだが、同時に密集し過ぎている葉を梳いていく。無駄な枝も落としていくのだが、その選択がまた難しい。

a0282620_16174098.jpgゴールドクレストの枝は変わった伸び方をしている。横に伸びると同時に、途中から上にカーブしている。まるで腕を肩から上げたようになり、その先の手の部分に葉が繁っているのだ。この葉の密集で、外側の形をつくっていく。
なのでバッサリ先を切るだけでは、もう葉が生えてこなくなる。そうならないように、葉の繁る分は梳いて密度を下げ、同時に少し長さも詰めていく。

そして問題は、表側の緑の濃い部分の裏側全体に広がる枯れたカスを取る作業だ。幹に近い部分から枯葉になって、それがびっしり密集して、通気性を妨げ、雨に湿って雑菌の繁殖を促すのか、余計に枯れが進むようだ。
これを全部取っていく。(右の写真の上部が枯れ屑を取る前、下はそれをきれいに取り去ったもの)
枝の数が多いだけに、1本仕上げるのにどのくらい時間がかかるのだろうか。ただ黙々と作業を続ける。


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結局、雨にも中断されながら、2日間かかって4本しか出来なかった。
それでも、やった甲斐あってか、今まで向こう側がまったく見えなかったものが、このとおり幹や枝も見え、向こうの景色も見えるように風通しよくなった。
トップ画像と比べてもらうとわかるように、塊でどっしりと壁のように立ちはだかっていた生垣が、背丈も低く、さっぱり瀟洒な感じになったと思わないだろうか。


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まだまだ10本を制覇するにはこの先は長そうだ。
すっかりガーデナーのような姿の仕事ぶりだが、すべては自己流、こんなもんでいいだろうと、いつものやっつけ仕事だ。
造園屋に頼むなんてことは、毛頭考えにないので、自分の労働力が経費の無料化に貢献しているのである。
ああ、当分は俄か庭師に徹しなければならない。


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by martin310 | 2016-07-23 16:31 | ガーデニング | Comments(0)

5月の庭に誘われ、日がな一日庭作業にいそしむ。~匂い立つような新緑の輝く庭のやすらぎを味わう~


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例年、5月のこの時期、新緑が萌出て、我が家の庭の花も木も、いっせいに若葉の繁りが風にそよぐようになる。
a0282620_11414415.jpgついこのあいだまで、冬の名残で多くの地面の露出が見えていたのに、今ではまったく緑に覆われ、まるで地面が盛り上がるように新緑が膨れ上がって来ている。ところどころに花色も見えて来て、随分と庭も賑やかになってきた。

去年の秋口からずっとガーデンハウス作りに没頭していて、そのあいだはまったく庭に手をかけることもして来なかったのに、庭の植物たちはこの機を待ち望んでいたかのように、精気を漲らして生長をつづけている。
こんな気持ちのいい季節に、庭に出て何もしないわけにはいかない。
目につくところのそこここを、思いどおりに小奇麗に整えていく。
作業が終わって西陽に輝く庭を眺めながら、やっぱり手をかければ、かけるだけのことがあるなあと、自分の手の後の結果を振り返りみる。

庭の中にいると、どうにも言いようのない深いやすらぎと愉しさのうちに、心も体も満たされていく。同時に、ありがたさで胸が満ちるのだ。

a0282620_11403615.jpg日がな一日、庭づくりの作業にいそしむということは、誰のためでもなく、何のためでもなく、ただ自然の織りなす小世界の“庭”と自分とが触れ合い、かかわりあって共にあるという時間を生きることなのだろう。
以前はその結果の出来栄えばかりに意識が向いていたが、今思うようになったのは、常に生きて変化し続ける庭を相手に、自分がそこに関わることの歓びに興じているということだと、そう感じるようになった。
それだけでいいことだし、それ以上のことでもなく、庭と共にその中に自分もあるという至福感が、庭への愛着を持たせてくれるのだろうと・・・。


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▲ミニログの壁に面した箱型花壇に植えておいたブドウの苗が、ぐんぐんとツルを伸ばしはじめた。クレマチスも負けず劣らず猛然とツルの数を増やしている。


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▲枕木のステップのあいだに敷いた芝は、段々青々として来た。さらに芝を追加し、青い木製ベンチの下まで伸ばして貼った。


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▲キッチンガーデンには2mの支柱を立てた。例年、驚くほどツルを伸ばすので、今年は高さを確保した。まだ空きがあるので、もう何本か苗を植えるつもりだ。


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▲種まきしたもう一つのスペースでは、
すでに小松菜の芽が出てきている。
豆類ももう少しだろう。


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▲バラも咲き始めのものや、蕾を大きくしているものがある。新たに作ったパーゴラにからますつもりのツルバラの苗は未だ届かず、そろそろの到着が待ち遠しい。


by martin310 | 2016-05-06 11:46 | ガーデニング | Comments(0)

春たけなわ、植物の旺盛な成長に庭づくりに励む日。キッチンガーデンの種蒔きなど。


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振り返れば、去年の9月頃からずっと、ミニログの再塗装やら、ウッドデッキの製作やら、はたまたガーデンハウスの建築などなど・・・、木工中心の作業に毎週の休みを返上して作業してきただけに、すっかり庭については放置しっぱなしだった。
もっとも、冬のあいだはほとんど手間をかけずとも問題ないことが多く、目下のDIYに没頭する日々が続いてきたのだが。
それだけに、春になって桜咲き、それが散って一斉に緑の芽吹きが始まり、日を追うごとにその成長は目を見張るほど激しくなると、もう手を入れずにはおれないほどになり、一時DIYは横に置いて、庭作業に勤しまざるを得ない時期となった。


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まずは、先週作り直したキッチンガーデンに、新しい畑の土を入れ、畝をつくり種蒔きをした。
2つある家庭菜園用のミニ畑の小さい方に、去年の残りの野菜の種(小松菜・モロッコインゲン・葉大根・スナップエンドウなど)を蒔いた。
こんな小さな面積では、1袋の種でも半分以上は余ってしまい、次の年のストックにせざるを得ず、また去年と同じメンバーの野菜の勢ぞろいとなる。
それでも、米粒より小さな種から、食卓に毎日のように付け足しとなる青いものが出来るのは実にありがたいことだし、みるみる大きく育ち実がなっていくのを見るのは、まったくもって植物の不思議を実感するものだ。

今年は、畝自体もしっかりと直線をキープしながら形よく作った。畝のあいだには「畝間施肥」ということで、腐葉土も入れて、ふかふかの土の中でさぞかし種もすくすく育つのではないかと思っている。


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大きい枠の方は、苗専用にしようと思い、これから定番のナスやキュウリ、トマトなどを植えていくつもりだ。
トマトに関しては、パスタやスープなどに多用するので、イタリアントマトなど、それに適した品種を集める予定だ。

庭で獲れた野菜をもとに、旬の味を愉しめるのは、キッチンガーデンの醍醐味だ。瑞々しい野菜たちの、歯ごたえのある味が、もう口の中に広がるようでとても楽しみである。


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そして、奥の庭にある舟形花壇の横にある、枕木のステップのあいだに、芝を敷いた。
過去、この土が露出して流れやすい場所は、クローバーを植えたりしたが、あまりに伸びすぎて枕木が見えなくなり、まったく通路ではないような惨状になったことがあり、何を植えるかいろいろ悩んだ形跡がある。
結局、適当なグランドカバーを見出せず、手っ取り早い芝生に落ち着いたわけで、ホームセンターでよくある高麗芝を貼った。
今に緑の絨毯で奇麗には見えるが、マメに芝刈りや草取りをしないといけないので、ツレの仕事が増えてしまうようだ。


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a0282620_15245086.jpg横に長いひな壇の花壇には、今までかなりの種類の宿根草を植えて来たが、何年かするうちにすっかり淘汰され、一番強靭なものだけが残ったようで、その残ったものは株を大きくしたり、種で増えたり、すっかりその辺りを支配するようになっているようだ。
これを整理しつつ、空いたところにはまた新たなものを植えようと、花の図の構想に耽りはじめるのである。
過去、半年以上、DIYのみに専心してきたのに、ちょっとこのようにガーデンへの扉が開くと、その方面にまた興味の矛先が向きはじめるのだ。

まあ、これからの最高の季節、ガーデニングの愉しみを抜きに過ごすのは酷すぎるので、DIYとのバランスを取りながら、きっとコツコツやっていくことになるのだろう。
それにしても、キャンプや車中泊の旅もあるし、まったくもって時間が足りないシーズン到来である。


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by martin310 | 2016-04-24 15:26 | ガーデニング | Comments(0)