伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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カテゴリ:ガーデニング( 62 )

春たけなわ、植物の旺盛な成長に庭づくりに励む日。キッチンガーデンの種蒔きなど。


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振り返れば、去年の9月頃からずっと、ミニログの再塗装やら、ウッドデッキの製作やら、はたまたガーデンハウスの建築などなど・・・、木工中心の作業に毎週の休みを返上して作業してきただけに、すっかり庭については放置しっぱなしだった。
もっとも、冬のあいだはほとんど手間をかけずとも問題ないことが多く、目下のDIYに没頭する日々が続いてきたのだが。
それだけに、春になって桜咲き、それが散って一斉に緑の芽吹きが始まり、日を追うごとにその成長は目を見張るほど激しくなると、もう手を入れずにはおれないほどになり、一時DIYは横に置いて、庭作業に勤しまざるを得ない時期となった。


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まずは、先週作り直したキッチンガーデンに、新しい畑の土を入れ、畝をつくり種蒔きをした。
2つある家庭菜園用のミニ畑の小さい方に、去年の残りの野菜の種(小松菜・モロッコインゲン・葉大根・スナップエンドウなど)を蒔いた。
こんな小さな面積では、1袋の種でも半分以上は余ってしまい、次の年のストックにせざるを得ず、また去年と同じメンバーの野菜の勢ぞろいとなる。
それでも、米粒より小さな種から、食卓に毎日のように付け足しとなる青いものが出来るのは実にありがたいことだし、みるみる大きく育ち実がなっていくのを見るのは、まったくもって植物の不思議を実感するものだ。

今年は、畝自体もしっかりと直線をキープしながら形よく作った。畝のあいだには「畝間施肥」ということで、腐葉土も入れて、ふかふかの土の中でさぞかし種もすくすく育つのではないかと思っている。


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大きい枠の方は、苗専用にしようと思い、これから定番のナスやキュウリ、トマトなどを植えていくつもりだ。
トマトに関しては、パスタやスープなどに多用するので、イタリアントマトなど、それに適した品種を集める予定だ。

庭で獲れた野菜をもとに、旬の味を愉しめるのは、キッチンガーデンの醍醐味だ。瑞々しい野菜たちの、歯ごたえのある味が、もう口の中に広がるようでとても楽しみである。


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そして、奥の庭にある舟形花壇の横にある、枕木のステップのあいだに、芝を敷いた。
過去、この土が露出して流れやすい場所は、クローバーを植えたりしたが、あまりに伸びすぎて枕木が見えなくなり、まったく通路ではないような惨状になったことがあり、何を植えるかいろいろ悩んだ形跡がある。
結局、適当なグランドカバーを見出せず、手っ取り早い芝生に落ち着いたわけで、ホームセンターでよくある高麗芝を貼った。
今に緑の絨毯で奇麗には見えるが、マメに芝刈りや草取りをしないといけないので、ツレの仕事が増えてしまうようだ。


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a0282620_15245086.jpg横に長いひな壇の花壇には、今までかなりの種類の宿根草を植えて来たが、何年かするうちにすっかり淘汰され、一番強靭なものだけが残ったようで、その残ったものは株を大きくしたり、種で増えたり、すっかりその辺りを支配するようになっているようだ。
これを整理しつつ、空いたところにはまた新たなものを植えようと、花の図の構想に耽りはじめるのである。
過去、半年以上、DIYのみに専心してきたのに、ちょっとこのようにガーデンへの扉が開くと、その方面にまた興味の矛先が向きはじめるのだ。

まあ、これからの最高の季節、ガーデニングの愉しみを抜きに過ごすのは酷すぎるので、DIYとのバランスを取りながら、きっとコツコツやっていくことになるのだろう。
それにしても、キャンプや車中泊の旅もあるし、まったくもって時間が足りないシーズン到来である。


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by martin310 | 2016-04-24 15:26 | ガーデニング | Comments(0)

雨混じりの突風が吹く夜、我が家のバラのパーゴラが倒壊する。(泣)


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▲"PERGOLA PLAN"・・・倒壊した木製パーゴラの後釜を作るはめに。


次第に雨脚が強くなり、風も出て来ているのはわかっていたが、まさかその後に起こる悲劇が待ち受けているとは知るよしもなかった。

伊豆の山の上に建つ我が家の風当たりは、以前から他とは数段違っていた。なので、風が出だして、家がミシッというほどになると要注意だった。(何かが壊れたり、飛んだりする可能性がある)
陽が落ちて暗くなってから、時折、相当な勢いで家に風がぶち当たってきていた。気になって庭の木々の様子を窓から覗いたりしながら、それも時間次第で、徐々に収まっていくだろうとタカをくくっていたところ、何やら窓外でガサッと音がしたようだった。
大窓を開けて暗がりに目をこらすと、アレッ?何やら大きなものが倒れているように見える。
ガーデンベンチにもたれ掛かるように、バラの木製パーゴラが、葉を繁らしはじめたツルバラと共に、倒壊しているのを知り唖然とした。
4本の柱は根元から折れているようで、片側はさらに途中の繋ぎ目から切断されているようだった。

暗がりの中に見えた光景に目を疑ったが、まさにリアルな現実だった。すぐにでもバラを救出しに行きたいが、まだ雨と風は一向に止む気配がない。もう、この状態では今更どうにもなりそうもないので、明朝、晴れて明るくなって作業をしようと、もうバラの命は諦めざるをえない心持ちだった。


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▲夜が明けて、昨夜の被害の全貌が判明。パーゴラが根元から折れて倒壊。取り敢えず、玄関への通路塞ぐパーゴラをどうにかせずには・・・。


考えてみれば、もう丸5年が経過して、この木製パーゴラ自体、かなり老朽化してきているのはわかっていて、補強したり、再塗装して、わずかでも寿命を伸ばしたいと思っていた矢先だった。
前日、どうも形が歪んで、直角がおかしくなっていて、これはやばいなと感じていたばかりだった。

地面への固定は、杭を打ってそれにコーススレッドで止めていた。
そのあたりが、杭もろとも見事に腐蝕していたのだ。
ツルバラは4本これにからみ、それも6年目、木化してだいぶ重量もかかっていたことだろう。
もともと、ゆらゆら不安定なところに、この突風だ、こうなることも当然かもしれない。だが、できれば、今年の花の時期を愉しませてくれてからにしてほしかったと悔やまれた。
とはいえ、早くに手を打っておくべきだったが、他にDIYが忙しく、後回しだったのが、遂にもたず悲惨な結果を招いた。
取り敢えず休日が終わってしまったので、来週まで何とか仮にでも立っていてもらいたいと、紐で引っ張りながら、片方はバラの幹で自重を支えてもらった。また風が吹けば駄目だが致し方がない。


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▲方法なく、一応片側がないが立ててみて、紐で倒壊を防止する応急処置。でも、バラはけなげにも葉を茂らしている。


a0282620_13495148.jpgバラは4種類、うち1本は根元で折れて駄目だろう。他はまだかろうじて生きている。ツルの弾力で持ちこたえたようだ。
だが、こんなツル巻き状のまま、次のパーゴラを作るまで待たせるのは無理だ。一旦、すべて刈り取って、別のものを植えなおさざるをえない。
それがわかっていながら、生き生きと若葉が繁っているバラの身が不憫で仕方がない。今年もきれいに花を咲かせようと準備していたろうに、その新鮮な緑がけなげに倒れたパーゴラに巻きついている。
▲今年も何もなければこうなったはずが・・・。


早速、早急にパーゴラを作り直そうと、簡単な設計プランを練りはじめた。造作はシンプルなので、木材で作るのにはわけない。
だが、次回は腐蝕対策として、基礎をちゃんと束石を使ってやろうと考えている。木材を地面に直接指すのはご法度だ。
腐ってしまうと、今回のように倒壊の危険があるので要注意だからだ。
バラの苗はこれからは買い求めて植えても、まだ今年のシーズンには間に合うだろう。
この母屋の角、庭の大事な一画にパーゴラに咲くバラがないのは心もとない。庭の風景を保つためにも、またひとつ急ぎのDIY仕事が喫緊の課題となった。


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▲日中のうちは、雨にけぶるだけだったのに、やがて突風が吹き荒れることに。


by martin310 | 2016-04-08 14:16 | ガーデニング | Comments(0)

7月の庭先で・・・。灼熱の夏がやって来る前に。


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庭の花にも盛りがあって、見回してみるとその都度、自然と旬なものが目に入る。その顔ぶれが徐々に入れ替わる毎に、季節の移ろいを感じるものだ。
見て愉しむ方は、つながりよく次の花にバトンタッチしていく様が、また絶妙なだけに、飽きることなく花への期待感に庭への興味が尽きない。

今年はやや荒れた天気の日もあったが、大型台風のようにすべてをなぎ倒すような強風にまで至らなかったので、我が庭は草花や庭木が伸び放題ではあっても、ひどくすさんだような荒れ方をしていないのが幸いしている。なので、これから咲き始める花々も梅雨の長雨を蒙っても、今のところあまり傷みがないようだ。もっとも、株が小さくひょろひょろしている宿根草は、雨の度にどちらかに倒れ掛かってちょっと始末が悪い。

6月の庭、7月の庭と様相が変化して、花の色の点描が様変わりし、また全体の鬱蒼とした繁りが益していく。これから梅雨明けして灼熱の太陽が照りつけ出すと、この庭も焦げたように萎えていく。

動画の撮影用に一階のデッキでランチを作り、食べたりもしたが、またそんな身近なアウトドアも休日の愉しみにしたいものだが、これから暑くなっての屋外は藪蚊の攻撃や、蜂や虻も来る。陽が西に傾いてからのデッキは、照り焼きの修羅場と化す。
なので爽やかな早朝のうちがいいと思いきや、我が家の朝食は少食主義なので5分とかからない。食べるよりも「青泥」や豆乳を飲むだけに近いので、屋外ブレックファーストにはなかなかならない。

いずれにしても、なかなか庭を眺めて愉しむという時間があまりに短く、なのでせいぜい写真でお披露目してせっかくの花たちの耽美秀麗な装いに日の目を見させてあげたい思いだ。


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by martin310 | 2015-07-13 14:09 | ガーデニング | Comments(0)

我が家の庭の花たちの今日のプロフィール。6月の庭のにぎやかしさ。


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6月の庭は被写体が豊富で撮りどころに不自由しない。
色彩や形や光や影が縦横に交錯して、ファインダーの中の世界をとても創造的に豊かなものにしてくれる。
ポップな感覚で画面構成するには事欠かないほど、自然が生み出したモデルが饒舌に主張する・・・。
・・・この美しさに気がつかないのか?とでも言うように。

花たちはこの艶やかな最上の美の瞬間を、物惜しげもなく自在に表現する。
それは時のうつろいの中で、はかなく変化し、やがて消えてゆく。なので撮り手はそれを格納して蓄えておくかのように、像に焼きつけておこうとする。

花たちとの無言の中でのやりとりが、また、美を仲立ちにしたスピリットフルな交感という歓びを与えてくれるのだろう。

我が家の庭の花たちの今日のプロフィール。


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by martin310 | 2015-06-23 23:15 | ガーデニング | Comments(0)

マイガーデン・・・“五月の庭”。花々の季節がしめやかに開幕。


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▲自作“TOOL SHED” ジキタリス。敷き地の一番端っこに建つ道具小屋なので、その前を通らない限りあまり花に気がつかない。ミックスの種を蒔いて以来、この場に毎年咲くようになった。


マイガーデンとは言え、過去けっこう庭づくりに熱中していた年は、自分で植えた花々の結果が見れる期待に溢れていたものだが、そんな熱の上げどころが変わってしまった今では、手があまり入っていない庭のやや野生化した様相を目にするのが常になり、ここもあそこも手直ししてあげなければと思うことばかりとなっている。

ただ、そんな庭主の怠慢をよそに、バラや宿根草の花々はいっそう勢い良く華麗な花を開いて庭に彩を見せている。かえってあれこれいじらない方が、この土地に馴染み、半野生の大胆さが出て、スタイルははみ出したように無鉄砲ながら、生命力は高まったような威勢のよさがある。
それをいいことに、ナチュラル・ガーデンということで、放任の庭にかこつけてさらに怠慢さを増しそうな感じだ。

a0282620_1482267.jpgそれにしても、庭のあちこちにピュアな色彩の造形が次々生まれているというのは、とても心愉しいものである。毎朝、外に出る度に、知らぬ間に新たな花の色を発見し、新鮮な驚きを得るのは、この季節ならではの花の勢いの産物である。
そんなけなげに華麗に咲く花々は、その姿を目にされるのも我が家の二人だけに限り、決してこのときの盛りの美しさを十分に披露できているわけではない。できればもっと人の目に入れてほしいと思うのは、手抜き庭主の勝手な情けなのかもしれないが、不憫に思えてしまうほどせっかくの美の饗宴をもったいなく思うのである。

そんなことから毎年、この時期のブログ上の画面にはこれら我が庭の花たちの画像が並ぶことになる。今年もご多分に洩れず、ちょっと芸のないありきたりの撮り方ではあるが、ここに花のミニギャラリーをちょっと開館させてもらおう。


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a0282620_1413090.jpgエゴノキの花。この時期、小木全体に無数の花をつける。みんな下向きに花が向くので、真下から仰ぐと凄い花の数が目の前に広がる。雫のような形の蕾と天使の羽のような花びらがとても可愛らしさを醸し出している。
ちなみに右の花は蜜柑の花である。小さな花だがとても香りがよく、近づくと柑橘系の匂いに包まれる。




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▲朝露に濡れた“バタースコッチ”[Butterscotch]。シックな色合いの花が、庭の中でひこきわ生彩を放っている。キッチンガーデンに寄り添って植え替えたので、けっこうまわりの草叢の中で野生的なバラになっている。


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▲紫がかったピンクが特徴的な“ブルームーン”[Blue Moon]。生垣に植えたコニファー・ゴールドクレストに沿うようにあるが、あまりにコニファーが大きく場を占有しているので、その陰で日当たりの悪い環境下に置かれていた。自力でシュートを外に伸ばし、陽を浴びられるように今年は環境改善したようで元気だ。香りが特にいいバラだ。


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“ザ・マッカトニーローズ”[The McCartney]。ネーミングの意味は知らないが、あのマッカートニーを当然思い浮かべるので、覚えやすく愛着が湧く。やや厚めの肉厚の花弁がどこか造花っぽく思えるほど、個体のしっかりさがあるような種だ。後からネットで調べると、やはりあのポール・マッカートニー氏の名を冠した品種だそうだ。


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▲甲府のバラ園でわざわざ名前を頼りに探し求めた株だったが、今ではその品種名をすっかり失念。似たようなものがあまりに多いので、検索しても特定もできず、未だ名前不明だ。自作の木製大型鉢に植えて庭先に置いてある。濃い真紅の色でとても優雅な雰囲気だ。


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▲木製バラアーチにいつもは群生して花を咲かす“ラベンダーラッシー”[Lavender Lassie]だが、今年はどうも調子がよくない。ゾウムシにも花芽を随分やられたが、それ以上に樹勢が落ちて花数も例年の半分以下だ。


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▲鬱蒼とした西の庭。戯れにワイルドストロベリーを樹下に植えたら、密生して生え拡がってしまった。ただ、お蔭で野性味のある小さなイチゴが収穫できる。我が庭から生まれたイチゴはことのほか甘く美味だ。
by martin310 | 2015-05-25 14:26 | ガーデニング | Comments(0)

バラの一番花が咲いた。絶好のキャンプシーズン到来は、ガーデニングにいそしむときでもある。


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今年は真冬のキャンプ以来、どういうわけか、今までずっと冬眠というか、封印というか、キャンプ自体年に一度行くか行かないかのようなものだったのが、いきなり熱を帯びたようにアウトドア志向のまま、さらにエスカレートしそうな勢いで次の計画などで頭を悩ませている有様だ。

新緑がまぶしい絶好のキャンプシーズンが到来したのと同時に、我が庭先を眺めてみると、どうだろう・・・そうこうしているうちに、みるみる初々しきグリーンが全体を覆い、ちらほら春色の花たちの点景も目につくようになっているではないか。
かつてガーデニングに没入していた年は、あれこれと新苗を植えて庭作りにいそしんでいたのに、今年の変わり様はそんな眼前の庭を越えて、遙か理想のキャンプサイトに意識は飛んでしまっているのである。

だがどうして、さほどの手入れもしてあげずに、気ままにほかのことにうつつを抜かしている庭主を尻目に、花々はまったく自分のペースでもの言わずきれいな姿をどんどん成長させている。
どこに何を植えたかも記憶が定かでない頼りない庭主に、毎朝、新たな花の開花で驚かせてくれているのだから、小さくともけなげに咲く花たちに感謝の意を表したい。

バラの一番花が咲いた。
ゾウムシの攻撃に、何本かの花芽をやられながらも、まずは真紅の花のひとつが鮮やかな色を見せてくれた。これから続々、他の色が準備されているようだ。
門柱代わりに敷地の入り口の左右に配した黄モッコウは、今年も花数豊かに元気な存在ぶりを示してくれている。バラ軍団は、この黄モッコウの盛りを過ぎると、後からあとからつるバラがたちが後に続く。

庭先が彩鮮やかになると、これがまた天気のいい日はずっとガーデンに座って眺めていないと損な気がしてくる。せっかくの花たちの競演をよくよく見てあげねば申し訳ない気にもなるからだ。
すると、今の出掛け意欲にちょっと蔭りが射してきたりして、庭いじりとキャンプ熱のあいだですったもんだしたりするのだろうか。

まあ、どちらにしても自然を相手に、春のまっ盛りを謳歌、堪能できる幸せはかけがえのないものだ。
庭いじりに春キャンプ、車中泊の旅にD.I.Y と、すべてこれだけに時間をかけられれば本望なのだが、まだまだ毎日の大半を労務に費やさねばならない宿命からはなかなか逃れられないのが現実である。


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by martin310 | 2015-05-02 11:26 | ガーデニング | Comments(0)

ミモザが満開・・・冬枯れの中でただ一点、明るく黄色に染まるマイガーデン。


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冬のあいだ寒い寒いとすっかり庭仕事を怠けていて、そろそろ春の支度でも手を掛けていかなくてはと思っていたら、剪定もせず放置しっぱなしだった庭先のミモザの木が、溢れるほどの花房を点け、濃厚な黄色に輝いていた。
冬枯れた色のない庭先で、このミモザの黄色い花の大群がひとり息を吐いているようだ。毎年、我が庭ではこのミモザの黄色が、春の訪れの第一陣のように彩りを与える。

a0282620_14471579.jpgミモザは幹が柔らかく、あまりに枝が密集すると、自重で曲がってしまう。その上風の強い我が家では、強風の度に頭を激しくもたげるようになる。なので、細い丸太で支えたが、今やその添え木より幹が太くなり、支えなしでも立派に自立するほどになった。もはや幹は両手で掴むほどの太さになり、当然枝ぶりも豊かでそれ故花房のつきがもの凄い。
何も手入れもしてあげないのに、これだけの威勢のいい花つきを見せてくれる、ミモザのけなげな姿が愛らしい。当初細い枝木をこのあたりにと植えた頃からすると、見違えるほどの大きさになり、すっかり今では我が庭の春先の主役になった感があるほどだ。
ミモザが終わるとムスカリあたりが花を点けはじめる。その後は続々春の花々が開花する。

a0282620_14472839.jpg遅まきながら、芝生のエアレーションや肥料撒き、目土入れなどを行った。また例年通り、鮮やかな緑の絨毯を見せてくれるようにと。
傾斜面を掘り返して自分で張った芝なので、どうもまったくの平坦ではなく、手押し型の芝刈機があるのにそれではうまく刈れず、ツレは自分の仕事としてハンディなバリカンタイプの芝刈機を購入し、今年の芝の手入れに今から意気込んでいるようだ。(何やら、隣家の芝の出来栄えに闘志を燃やしているよう。これで役割分担が確定してありがたい)

それから、西側の庭のキッチンガーデン(小さな木枠で囲んだミニ畑)も、堆肥と有機肥料を入れて耕した。しばらく置いて、春野菜の種を蒔こう。
庭先で採れたわずかばかりの旬の野菜が、食卓に少し色を添えるのもうれしいものだ。自宅の庭で出来た無農薬野菜は、ことのほか新鮮で味わいも深い。

a0282620_14473817.jpg木にしろ、花にしろ、芝生にしろ、野菜にしても、土が生み出してくれる産物は自ずと暮らしを豊かにしてくれる。
D.I.Y 同様、自分で出来ることは自分の手で・・・というのが自分のモットー、というか、それが一番納得がいくし、安上がりだ。手と頭と気概があれば、そこそこの手づくりの豊かさを持つことができる。

今年も大いにハンドメイドライフを実践していこう。


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by martin310 | 2015-03-16 14:48 | ガーデニング

ベニシア エッセイ 北の自然に遊ぶ (ベネシアさんと砂由紀さんの邂逅)


ベニシア エッセイ 北の自然に遊ぶ -後篇-
https://www.youtube.com/watch?v=d9KV4ILHgUo


ベニシア・スタンリー・スミス(Venetia Stanley-Smith)
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Eテレで放映された「京都 大原 ベネシアの手づくり暮らし」
の動画がYouTubeにあったので、いくつか楽しみながら観た。その中で、ベネシアさんが北海道を旅する企画で、なんとあの北海道ガーデンの象徴的存在の「上野ファーム」を訪れたくだりがある。
上野砂由紀さんとベネシアさんとの取り合わせは、何だか不思議な感じがした。なぜかガーデン分野では、「北」と「西」で独立したものとして思えてしまっていて、京都・大原の里の古民家でハーブを中心に、イギリス風のセンスをもとに日本の古きよきものを暮らしに生かしているイメージのベネシアさんと、北の大地の元農場だった土地に広大なイングリッシュガーデンをつくった砂由紀さんの組み合わせは意外に思えてしまい、考えてみればイングリッシュガーデンでは元を同じにする二人であることにあらためて気がつくのだ。

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上野砂由紀さんといえば、あの倉本ドラマ『風のガーデン』の、まさにその風のガーデンを設計・制作したガーデナーだ。ドラマの撮影が開始される2年前から、倉本さんの要請でゴルフ場跡地を改造して、あの美しい広大なガーデンをつくりあげ、その庭は今でも新富良野プリンスの一角で一般開放されている。
a0282620_11345020.jpgドラマはDVD化されて大分経ってから観て、その世界に断然魅入りられて写真集なども手にし、今の我が家の庭のイメージの大きな模範にすべきモチーフになったことでも、この砂由紀さんの生み出した世界の影響は大きい。
とはいえ、小さな我が庭では、風のガーデンに咲いていた代表的花の品種を出来る範囲で集めて植えて喜んでいるに過ぎず、到底ガーデンなどと呼ぶにもはばかれるほどのものであるのは言うまでもない。
ただ、少しでも風のガーデンの持つ、天上的な風景の残像を身近な庭に留まらせたい希望で、せっせと苗を探しては注文して集めたという訳だ。

ベネシアさんはこの上野ファームのガーデンを見て、すぐさま故国イギリスで見ていた世界を思い出し、とても懐かしい気持ちに感動していた。
気候や土地、土壌や肥料や気温や日照や様々な条件を見て、またそれに合った植物の特性を生かして、適材適所にデザインしてガーデンをトータルなバランスでつくりあげていく。しかも日々刻々、その様相は変化し、完成というものはない、持続的で成長を続ける生き物としての自然との美の形成が、なによりの生甲斐を生んでいくのがよくわかる映像だった。

そして、ベネシアさんのエッセイとしてのこの言葉。
この美しい地球に住む人間として、自然と共に暮らす人として、これらのメッセージに込められた思いを忘れることなく、人は生きていくべきだとつくづく思う素晴らしいものに思えた。


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by martin310 | 2014-08-14 11:44 | ガーデニング

7月の庭・・・『田園の憂鬱』を思い起こす世界


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台風のニュースから、今年の庭もこれまでか、とも一度は思ったものの、見事分散消滅してくれたお蔭で、我が庭は今のところ無傷でそのままある。あるにはあるがすべてが伸び放題の鬱蒼とした夏の庭になっている。奥の小木が寄せ集まっている船形花壇のあたりは、通り抜けるにも枝木を掻き分けながらのジャングル状態である。
梅雨から真夏の花に少しずつ様変わりして、あちこちにそのときの旬な花色が見えるのがこの時期の愉しみなる。キッチンガーデンではトマト、ナス、キュウリ、インゲンなど定番野菜が、今年の植物の生長旺盛状態からたくさんの収穫が期待できるかと思いきや、丈ばかり大きくなって一向に実の生りははかばかしくない。
漸くトマトが赤く色づいて来たので、しっかり実の詰まった果肉を食せるかもしれない。ナスもキュウリも忘れた頃にぽつぽつできる。シソは元気で、シソジュースや梅干づくりに期待がかかる。

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夏の庭というのは、植物の生長の度合いがピークを超え、勢いが途絶えただけに丈の高いものは、頭をどこかへもたげて支えを求めるように傾き、折れ、向きもまばらに乱雑の様相を呈して来るものだ。陽光に焼かれたように花も葉も萎えて、勢いのあった整然とした庭相から、雑然とした荒れた廃園のような雰囲気になって来る。
例年、その荒れた感じに堪えられなくなり、止むを得ず倒れて駄目なものを刈り始めることになる。庭の花の整理を始めると、それに似せた草の方が優勢に伸びて来る。花壇はいつしか刈られても尚も生える雑草に取って替わるように占領されていく。

そんな夏の庭の姿を見ていると、かつて十代の頃に読んだ佐藤春夫の小説 『 田園の憂鬱 』 の世界を思い出した。(内容はざっとこんな感じだが、そもそものこの描かれた世界が好きだった)
都会の生活に倦んだ文学を志す主人公は、都会の喧騒を逃れて郊外の片田舎の民家で田舎暮らしをはじめる。今どきの田舎志向とはやや異なるが、フランスの文学者が牧歌的世界への移住で作品を書き上げる如くの、ある時代性を持った文学的世界がこのような舞台設定に至らせたのであろうし、実際、作者自身が、女優の川路歌子との東京郊外の田舎での同棲生活を始めた頃のことを素材に描いた小説であったようだ。

a0282620_1538050.jpg『 田園の憂鬱 』 ―或いは病める薔薇(そうび)― が正式タイトルだ。
「荒れ果てた庭に日が全く当たらないため、蔓草のようによろよろ と雑草の中で立っている薔薇の木を見つけた主人公は、この薔薇で自分を占ってみたく思う。「薔薇ならば花開ん!」と。つまり、彼は、この痩せ細った薔薇 に、己が姿を見ていたのである。」
ということで、荒れ果てた庭に咲く病める薔薇がひとつのテーマとしての点景になる。

今もかつて読んで描いたこの小説の世界が脳裏に残っている。19そこそこの頃の自分の受け取るものでは、風趣に富んだ田舎の家での文学に耽る雰囲気だけを味わってよしとしていたものと思う。今も本棚に失くさず持っていた佐藤春夫全集を開いてこの小説を読み始めてみると、かつての若年の夢想世界だけでない、作者の描き出した人間の現実の部分の方が表現上勝っているのが解る。
読み手の置かれた人生経験上の重みを経てから読むのと、そうでないまだ青き自分が読み込む内容は、これほどにも違うものかと、歳を重ねることの意味をも含み、改めて感じ入るものがある。

だが、もうひとつ、今の自分からはこの作品の文字面を追っていくのは、読み始めの頁をめくる毎に無理を感じはじめる現実がある。やはり、現代の表現ではないこれらが、懐かしく思う以上に、あまりに描写がくどく、ごてごてし過ぎてスマートな世界を脳裏に浮かべていくことが苦痛なしろものに思えて仕方がない。
そこに登場する人物の内部や、それを書く作者の思惑や意図などがあまりに露骨に感じ取れてしまうのが、面白みを失わせていることもある。

やはり、読みたいと思える内容や感覚というものも、時代とともに確実に変化しているものだということと、自分自身の興味を持てる対象というものの変化も大いに、このような過去の作品を再読することで見えて来るところがあるものだ。

昨今、若年の頃の愛読作品をもう一度、今の意識で読んでみたいという欲求がある。当時、読みきれていないものがあまりに多いのではないかと、今、読めば、きっとまったく別物の作品観が生まれるのでは、などと思うからだ。
だが、色褪せた文庫本の棚からいくつか選んで目を通しても、やはり読み通すことはどれも不可能だ。もはや求めるものがそこにない意識が強く、回顧趣味にはまることもなく、生き々した先進の感性を感じ取りたい欲求には、とても応えられるものではない気がしてしまう。
意識や魂、過去生やカルマ、闇意識のあれこれを垣間見て来てしまうと、この世界の成り立ちの奥の奥の陰謀の存在をも暴かれつつある現在では、あまりに過去の作品は、時代が開かれる以前のものでしかない気もどこかするのだ。
それだけに、この2、3年の時代動向、人の意識の内的な変動というものは、表からは際立ってわからずとも確実にタイムシフトが起こっている気がするのである。

そんなことまで思わせる、夏の庭だった。
“田園の憂鬱”はそれだけにさらに新たに深まる我が思いだ。
田園で憂鬱を思うのは、この世界そのものの行方にほかならない。


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by martin310 | 2014-07-14 15:48 | ガーデニング

懐かしい曲:ブレッドのオーブレーを聴きながら・・・マイガーデンの今を眺める 。


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えて3年目になるエゴノキの花が、今年はじめて咲いた。いや今までも咲いていたのかもしれないが、その記憶がないほど過去には目立つことがなかった。今年はあきらかにこれがあるべき姿だというように、存在を主張している。
a0282620_1430533.jpg緑が鬱蒼としてきた下段の庭のなかで、白い下向きの雫のような小さな花々が、ひときわいっそう際立って見える。あたりには、花弁の形がなぜかイラストアート風だからか、童話チックな感じが漂っているようだ。妖精の世界のイマジネーションを掻き立てるような趣がある。
木のつける花というものも、けっこう魅力的なものだと、あらためて思った。


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年は今まで、苗が植えられた環境が思わしくなく、どうも一様に華々しく咲けなかった花たちが見事に復活を遂げているものが多いようだ。このブルー・ムーン[Blue Moon](↑)も、コニファーのあいだに挟まれた日当たりが芳しくないところに閉じ込められて、「黒星病」や「うどんこ病」などに苛まれて、本来の花を華麗に咲かせることが叶わなかった。病んだシュートを何度も剪定されて、丈すらも大きくなっていないのに、今年はそんな日陰のなかから勢いよくシュートを伸ばして見事な花を咲かせた。香りもとても高い。
黄色いゴールド・バニー[Gold Bunny](↓)も同様、去年までの黒い斑点が残った葉にもかかわらず、花だけは整った姿を色鮮やかに見せている。
ガーデニング関連のブログを巡っても、案外、同様な復活したバラの花の記事が多いようだ。それだけ、今年のエネルギーは植物の生育にとって良好なものをもたらしているように思える。

a0282620_1431315.jpgそれと共に、虫たちの環境にも変化を与えているようで、もうバラの天敵である「チュウレンバチ」や「バラククバチ」それに「ゾウムシ」の最シーズンは過ぎたようだが、今は毛虫が異常発生してバラの強敵と化している。毛虫はバラに限らず、柔らかい葉を持った植物ならなんでも貧欲に食すようで、フリシアクレマチスギボウシの葉にも大きく太ってついている。そのままにしていては食い尽くされる危険にさらされているので、朝夕の庭の見回りは欠かせない。
その度に、驚くほどの数を退治しなければならないほどだ。最も多いときで20匹を超える。それほどまで徹底して排除した翌日には、また姿を現すという異常事態だ。いったいどこから湧いて来るというのだろう。


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このところ雨が多い。植物には恵みの雨でもあるが、せっかく形良く伸びた花がしなだれたり、花弁の並びも崩れることが多く、庭の概観がやや乱れる様相を呈するようになる。それも、“俄か庭師”の贅沢な望みなのだろうが、それを差し引いても雨がもたらす細菌性の病気の方がもっと恐い。梅雨が近づけば自ずと「うどんこ病」や「黒星病」が猛威を振るうことになる。これが蔓延するのは致命的な打撃になるので、今や予防が第一の防戦なのだ。
なので、雨の続いた後は、日没後消毒をする。黄モッコウは、花が終わると決まって葉に白い斑点が出る。するとシュートの勢いも鈍り、病的な感じになっていく。今年も予想どうり、既にその状態になっているので、このタイミングでの消毒は欠かせない。


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やバラに関しては、我が庭は最盛期にかかっているので、花好きな近所の人が見に訪れることもある。すると、今や盛りの大輪の花を見て、一様に自分の家にもと思うらしく、早速苗を買うような話をしていく。
確かにこの時期、庭がこれほどにぎやかしく色鮮やかに溢れるのは、誰をもうれしいものだ。文字通り花盛りというのは、植物を育てる者冥利に尽きる時節だから、この愉しみを味わいたい気持ちは人情だろう。
だが、その裏で、咲かせるに足る手間や気苦労のようなものも当然味わう。興にかまけて勢い良く大苗をたくさん買い込むと、それと同時に、虫と病気の「種」までももれなくついて来ることは、少しぼかして伝える気遣いは忘れない。

a0282620_14311496.jpgなにはなくとも、美しいものを見るにはそれなりの代償が伴う。その法則を如実に示すのが、このバラのガーデニングだろう。自分でやってみてはじめて、この美しくも脆くはかない植物のデリケートさを理解するだろうから、はじめから意欲を殺ぐようなことは云わないようにしようと、できるだけ心がけているつもりだが、つい今までの出来事が頭をよぎる。
惨憺たる情景を見た経験は、次に勤勉さを生むものだ、と言い聞かせながら、また“俄か庭師”はまだ駆け出しの部類の経験値をさらに積み重ねて行こうと、密かに決意のようなものをするのだった・・・。


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そんな庭の情景をご覧いただきながら、懐かしいこんな曲をどうぞ。ブレッド って好きだったなあと、ついあの頃を思い出す庭師なのでありました。


オーブレー/ブレッド Aubrey/Bread

https://www.youtube.com/watch?v=IDa7FdpsA5w
by martin310 | 2014-05-26 14:28 | ガーデニング