伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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カテゴリ:ガーデニング( 62 )

緑一色に膨れ上がる庭に、薔薇の鮮やかな色が加わる。


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a0282620_20214286.jpg一面に緑が制覇していた我がガーデンにも、漸く彩りの主役たるつるバラたちが開花しだした。
平地ではあちこちの生垣や庭先でバラの姿を見るが、標高を少し上げた我が家のバラ族もやっと大きく膨れた蕾から花びらを開きはじめた。

今年は消毒のタイミングがうまくいったのか、いつもより害虫や病気の被害は少ない。(それでも、ゾウムシや毛虫は数が多かった)肥料の具合もいいのか、例年より大ぶりで花にボリューム感があるようだ。
この咲き始めの花の香りを嗅ぐのがなんとも楽しみで、庭へ出る度にバラの花に鼻をくっつけてバラのアロマに酔うのである。一説には、この香りは脳にとても良いというらしく、くんくん嗅いでは脳の活性化を促しているのだが、まだ効果はない。

a0282620_20222328.jpg現在開花中なのは、「ホワイト・クリスマス」「レオナルド・ダビンチ」、それに「つるティファニー」あたりだ。これからまだまだその他の品種が開花を待っているが、あまりに人の目につかずひっそりと咲いているのが不憫にも思う。
なにせ、家の前の道は人通りがあまりにもなく、通っても決まった散歩の人だけで、しかも、生垣のコニファーがあまりに巨大に生長し過ぎて、道路からは庭の中がまったく見えなくなってしまったからでもある。
バラ好きの近所の人がちょっと見学に来るだけで、我がガーデンのバラたちはあまりに日の目を見る機会がないので、せめてブログ上でもお披露目してあげたい心境なのである。

もっとも、ガーデンネタのブログ記事は多く、しかも季節柄バラの画像はどこにもあるので、もう食傷気味かもしれないがありふれた画像にご容赦を・・・。



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今年は以前の記事にも書いたように、西側の庭の土留め板がどうにも腐敗がひどく、全とっかえしたので多少花壇のスペースが広がり、植えてある植物の空きが出たので、そこを埋めるためにまた新しい苗を買い足した。
サルビアのネモローサ“スノーチップ”“スノーヒル”“ローゼンウェイン”などで、成長すれば丈は40~60センチにもなるようなので、またいっそう庭先がもくもくと膨らむように花々が咲き乱れることだろう。
a0282620_20245550.jpgどうも、色彩的にはブルーや紫系の花を選んでしまうようで、割と青っぽい庭になりそうだ。庭づくりにも色の好みは色濃く出てしまうようで、絵を描くのと同じ感覚で色彩構成をしてしまう。特に、ネット上の花の画像を頼りに選ぶので、やはりパレットの絵の具を選ぶように、好みの色以外はなかなか手が出ない。

花の色や形、全体の姿形にも自分の受け入れられるものと、そうでないものは明確にあって、好まないものが入ることを極力避ける嫌いがある。なので、ホームセンターの花売り場を見てまわってもなかなかこれはというものがないのが現状だ。なので、おのずとネットのおきまりの苗屋さんと相成る。但し、今年はもう植える場所はない、飽和状態だ。


a0282620_202669.jpg今、庭の外れのコナラの樹の下に、木製ベンチでも置きたいと思っている。そこから母屋方向の庭を眺めるのがことのほかいい景色で、たいていの写真のアングルもそこが多くなる。ただ、座るところがないので、いつも突っ立って眺めている。
ネットで調べたが気にいるものがない。サイズも小振りなのがいいので、やはり自分でDIYすることにした。ペパーミントグリーンに塗装なぞすれば、けっこう夢見心地でかわいいのではないかと構想を練っている。
庭はほかにない寛ぎの場なのだが、案外、じっと眺めている時間は短い。そこでベンチでもあれば、もう少し自分がのんびりするのではないかと思うのだが、今でも母屋の外壁に沿って置いてあるベンチはあるのだが、なかなか座らない。じっとしていず、すぐ手をつけて動き出すのが常だ。だから、新しいのを作ってもきっとガーデンオブジェになることだろう。


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by martin310 | 2014-05-18 20:35 | ガーデニング

夕日に庭が映えて、空に富士が浮かぶ。我がガーデンのたしなみ。


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ひとくちに“庭づくり”と云っても、人それぞれにその定義や意味は違うのであろうが、自分の場合はどうも、おこがましくも建物を含めた住環境の構築というか、植物と共につくる居心地のいい住空間の創造のように思っているところがある。

a0282620_14144080.jpg我が家の建築前の、山を削った荒地の姿を原型とすると、そこを如何に気持ちのいい、光と生気に満ちた場にするか、というのがいつしか家屋を取り巻く庭をつくりあげていく愉しみとなっていったのだと思うのだ。それは、今ある庭の姿から、一切の植物たちを抜きにした像を思い描いてみればわかるように、まったく潤いのない寒々しい殺風景なただの立地になるだろうことからも了解できる。
建物の棟数が増え、オブジェとしてのガーデングッズが建ち、そこへ様々な低木や花々が追加されると、季節毎、時期毎に植物がつくり出す新たな空間の意匠が形成されていく。色や形や香りや光や影が、それぞれの時間軸の中で魅力的なアングルを生み出していくのだ。


a0282620_14145330.jpgその日の終わりに、庭のいろいろな箇所にしばし佇んでみることをする。
鳥の餌台のあるコナラの樹の下から、夕日に染め上げられる我が家を見上げる。
ミニログのデッキに立ち、下の花壇やキッチンガーデンの様子を見下ろす。
“Tool Shed” の裏から芝生の先で風に揺れるフリシアの若葉を眺める。
白いバードハウスに並ぶバラの花壇で、花芽が膨らんだ蕾の開き具合を見つめる。
母屋の二階のデッキから、暮れかかる空に富士のシルエットが浮かぶ黄昏を望む、などなど・・・。


傾斜した土地と建物で入り組んだ様々な空間のひとつひとつが、豊富な視覚の愉しみを与えてくれる。アングルの変化はそのまま庭の様相の豊かさを与えてくれるし、面白味のある空間性をどれほど持っているかが、庭の味わいを高めるもとにもなる。空間の均質化を破るのは、この複雑系の空間創造が決め手になるはずだ。家は入れ物だけではなく、外に空間を形成する基点でもあり、庭はそれらを生かす活性剤でもあり、延長空間でもある。

命の力に満ちた豊かな空間に居ることができるのは、すなわち身体も意識もそれらの調和と解放のエネルギーに満たされるということだ。癒しや活力は自然にこの場の波動から生み出され、人のこころや意識、細胞の隅々まで光の粒子が行き渡る。
例えプライベートな狭隘な庭であっても、自分なりの光の場を創ることがそもそもの目的になっていたのかもしれない。地上に光を・・・・とは、きっと本来の希望としてあったもので、それは大仰なことでもなく、こんなひとつの日々の愉しみのなかにこそ、知らずと少しずつ果たされていくものかもしれない。


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by martin310 | 2014-05-12 14:16 | ガーデニング

ガーデンは今、プレオープンのとき。つるバラ族のステージの前に。


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我がガーデンは、今、つるバラ族の開花間近とあって、これからはじまる花々の美の饗宴を前に、鉢植えやプランターなどの小さな花たちが、密やかにプレオープンの前座を務めているという感じだ。そこで色や形で目を惹くものを集めてみた。

庭先やデッキのそこここに点在して咲いている彼女たちは、これから華やかな貴婦人や女王のような気品の高い薔薇族のステージを前に、脇役ぶりに自然に徹して清楚に可憐に自分らしい姿をあどけなく見せている。その奥ゆかしい感じが実に初々しく、いじらしくもあり、決して姿形や色彩のデザインにおいては引けをとらないことを、これらのショットからも感じられると思うのだ。

こんな花たちをあまりにアプリオリにあたりまえのように見ていてはならない。よく姿形を眺めれば、どれほど造形的に優れているかはわかると思うのだ。ピンポイントでクローズアップすれば、これほどピンで映るのに充分耐ええる美しさを持っていることがよくわかるはずだ。
彼女たちも、創造主のデザイン力が遺憾なく発揮された被造物である。こんな優れた創造の賜物は、勝手きままな偶然の産物では決してありえない。ひとつひとつ実に手の込んだ、精緻で絶妙なクリエイティブティが与えられてこそ、完成した植物であるはずだ。

生み出されたものは、生み出したものの意図や意志や思いがそのものに内在しているはずだ。そうやって芸術作品を普段見ているはずだが、こと、自然界にあるものはそういう見方を自然と忘れる。作者など想定していないからだ。
でも、この世に在るというのは、やはり在らせようとするものがあるから在るのであるから、きっと創り出した存在や思いや起源となる波動のもとはあったはずであろう。そういう観点から花々を見ればまた、その美しさや存在感が違うものに見えて来るはずだ。

つくりだすという視点から自然を眺めるならば、そこにどれほどの神がかった創造の奇跡があるかが感じられる。これらがまったく小さな種や苗のうちに、この植物全体の要素をすべて持っているというのだ。それが時期をみてここまでに育ち、完成を見せ、また次につなげていくシステムを持っている。
なにせ自分が生み出すとしたら、完成した姿としてだけでも、とてもここまでのものをつくり出すことはできない。デザインひとつとっても完璧な精度を持っている。それが命を持って生きているのだ。

まさに神技なのだ、花々は・・・。


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by martin310 | 2014-05-05 23:04 | ガーデニング

5月の庭に生命のときめきを見る・・・それは小さな桃源郷(?)。


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        ▲庭の最奥にあるバードハウスの前に、ホリホック用の木製花壇を設置して苗を植えた。


毎年5月の声を聞くと、決まって庭がいっせいにざわめくように緑の攻勢がかかって来る。土の色が露出した面積が急激に小さくなり、あっという間に若緑色のふくよかな膜に覆われ始めるのだ。この時期の庭の姿の変貌ぶりは、日をおいてというより、朝夕でも変化の具合が目に出来るほどだ。

蔓ものはいったいいつの間に伸びたのかと思われるほど、朝にはなかった蔓が手がかりを探すようにゆらゆらしている。
葉ものはその広がり具合で別の植物と見間違うほどになる。
隣地の草の生い茂り方を見ればいっそう、その成長のピッチの度合いは了解できる。ことに、雨後の晴天の日はことのほか爆発的な生長度を見せつける。水と太陽と大地の滋養が申し分なく命を拡幅させるのだ。
静かにそよ風に吹かれながらも、この野辺一帯の植物群の協奏は音にしたらかなりけたたましいに違いない。

a0282620_200535.jpgそんな庭先でぼそぼそと土いじりや木工作などをしていると、えもいわれぬような心地よい至福感に包まれる。手を休める度におもむろに庭のそこらを眺め見る。脳波はゆるくなびいていても、傍らの思考はガーデンデザインの新たなレイアウトなどをおぼろげに考えている。常に植物の生長の度合いに、植栽の構成要素が変化する。いったいどこが完成点なのだろうか、そんなことを思いつつ、まだ見ぬ先の庭風景を予想する間もなく、現状の様子からまだ土の中で待機している宿根草のありかなしかを詮索している。
どこに何が植わっていたか、おおかた忘れてしまっていて、勢いよく芽を伸ばして来た見慣れぬ葉の形に、なんとか思い出せないかと、他との葉や茎の形の違いを見比べながら記憶を辿ったりもしつつ、彼らの正確な季節感に叱咤されるような気になるのだ。
ガーデンデザインなどといいながらも、実は思いつきで買い求めて空いたスペースに次々に植えていっただけの、“いきあたりばったり植栽法”に過ぎず、なんとなくまとまればそれで良しとしている“てきとうガーデニング”がその実態なのだが・・・。


さて、この日は頼んでおいたホリホック(タチアオイ)の苗が届いていたので、さっそく庭のいちばん奥のバードハウス前に、ホリホック用の花壇を作った。土留め用の板材が余っていたので、それを使って簡単な枠を作って土を掘って設置した。
以前、同じ場所にホリホックを地植えしたことがあるが、山の草地のままの荒れた場所なので、見事に虫たちにやられ全滅した経験がある。なので、今回はしっかり箱の中に培養土をいっぱいにして育てようと思ったのだ。
順調に生育して丈が伸びれば、この背い高バードハウスのまわりを色鮮やかな大輪が風に揺れることだろう。


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▲庭の入口の黄モッコウがいっせいに開花しだした。右手にも対で植えてあるのだが、やや日当たりが劣るのか勢いが弱い。左側は優勢だ。


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“Tool Shed” が奥に鎮座する東側の通路。ここは日当たりが悪いので芝が剥げやすくコケが生えやすい場所。シェードガーデン用の花を中央に少し植えておもむきを変えることにした。


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▲ミモザは花が終わって相当剪定で枝を落とした。幹が弱い割りに茂りが多すぎ、重みでしだれ過ぎるからだ。葉色の青みがモダンな感じに映る。


a0282620_20017100.jpg5月のうららかな晴れた日は、庭にいるだけで自然と内側から静かに歓喜が湧き起こる。限られた休日の時間の観念のみが現実感に水をさすが、それを忘れさせるほどにただこの「今」に存在することの幸福感に満たされる。
時間を超える感覚とは、案外、こんな身近なところに体験の場を用意してあるのかもしれない。どこかで修練を積まねば味わえない稀有なものではないのではないか。
草や花や木や風や、鳥や虫や雲や光の“精”と共に在ることのありがたさを、我が庭は与えてくれるように感じるのだ。超越的世界はこんな身近なところにもある・・・庭は奇しくもプライベートな桃源郷だ。
意識に意識が結びつき、つながり合う世界・・・、たとえ小さなものでしかなくも、そうやってこの世はあるべきだろう。
by martin310 | 2014-05-02 20:04 | ガーデニング

<庭が輝く>・・・我がガーデン観、人と植物と物との協働創造の庭づくり。


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今の季節、休日となれば雨が落ちていない以上、ほぼ一日中庭づくりに精を出しているが、もともとこんなことをしたいなどとは思っていた訳ではなかった。
現在の家を建築中は、まったく庭をどうするかなどというプランは持ってなく、元々が雑木林に草が鬱蒼と茂っていた土地なので、放っておいても草は茂って来るはずなので、それを自然のままに楽しめばいいと、草にも花を咲かすものもあり、それに加えて花の種をランダムに蒔いて勝手に草と一緒に這えているのもいいかなと、その程度の庭らしくもない野趣たっぷりの周りを想像していたものだ。
それが実際、建て終わり住み始めるようになって、さて、殺風景な玄関前のデッキにでも、ウッドプランターや素焼きの鉢にでも花を植えて飾ろうかという気になり、ただ床に置いておくだけではと、フラワースタンドやハンギングなどと変化もつけ、今度は基礎のコンクリートが露出している景観も気になり、そこへ隠すように木製の花壇を作ろうとか、木製パーゴラを通路に建てようとか、道路側には白いフェンスをなどと、あれよあれよと家を取り巻く周りにガーデニング的要素を次々と追加し出して、その過程で次なるプランが生まれ、参考にする資料やモデルやアイデアを漁り、徐々に独自のホームグランドを作りはじめたという訳である。
ただ、様々な雑誌や書籍、ネット上にある目を惹く優れたガーデンを見ても、大概が平らな場で、広さにも余裕のあるものが多いのだが、我が家の坂道の道路に隣接した不規則な傾斜地を庭とするような条件に見合うようなモデルはなかなか見つからないのがほとんどなのだ。なので、写真を見ながらこんな風にしたいと思ってみても、実際、平らな場所が家の裏側の狭い通路にしかない、後はすべて坂になった我がガーデンには不向きなもので、現状の景観から独自に考え出さなければものにならないのが実情なのだ。とはいえ、その場、その場で行き当たりばったりに考え、なりゆき任せでやっているに過ぎないのだが・・・。

そのうちに花だけでなく、小振りな樹木も植え、果樹や小さなキッチンガーデンも追加し、建物もログの物置小屋をかわきりに、離れのミニログハウスや最近の自作のガーデンハウス(Tool Shed)も加わり、敷地の中はかなりの空間性のバリエーションは豊富になった観がある。それによって敷地内の各所で庭の見え方も変化し、それぞれの場でのビューポイントに、さらにバードハウスや木製トレリスなどのガーデンオブジェをこれまた自作して設置することで、さらに庭各所の景観に変化をつけた。自分でもそれぞれの場に、お気に入りの撮影ポイントが出来、季節のつれづれにカメラを向けるようになっている。

a0282620_23102779.jpgもとは、こんななーんにもないただの荒地のようなところに、徐々に手を入れものを増やし、今や庭にいて、そこここに被写体になる場が出来るようになったのだ。考えてみれば、この殺風景そのものの世界から、今のすべてにまでしたのは自分の手からであるというのを思うと、それ相当の時間と手間の累積であるとはいっても、人間の手というのは実に地道ではあるが世界をがらりと変えることが出来るものだなあと、ある感慨を持つものだ。それも、自然の植物たちとの常に変化するコラボレーションのなせる技だとも思うが、住みやすく、暮らしやすく、自分が心地いい世界を創造していくのも、常に自然と共にであることをあらためて思うのだ。
庭が輝くとは、生命の輝き、人と植物と物との混交であり、協働創造であると、これらのお気に入りのアングルを被写体にしながら、しみじみと思うのである。


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by martin310 | 2014-04-17 23:12 | ガーデニング

新緑が芽吹き春たけなわ、庭仕事もそよ風に乗って・・・。ガーデニング&D.I.Y


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さて、いよいよ新緑が芽吹き出し、春もたけなわになり出したが、我がガーデニング作業は先週のひな壇型花壇の土留めの一段目補修に続き、今週は二段目を終えた。
a0282620_23481335.jpg二段目はさらに水糸との精度を増し、横も当然ながら、高さもきれいな一直線をつくれるよう奮闘努力した。ご覧のようにけっこうしっかり一段目との平行にまっすぐに出来たようだ。ただ、杭の打ち方がいまいちだったのが悔やまれる。目検討で垂直に打っていたつもりだが、意外にやや傾いているもので、斜面での作業は余計に垂直感覚を見誤る傾向がある。やはり、手抜きせずに水平器をそのつど杭の縦に当てて確認しながら打つ必要がある。終わりの頃はそれをやったので、しっかり垂直に打てたようだ。
花壇の奥行きは以前のものの最も広くなっていたサイズ(平行が歪んでいたので)を取ったので、当然、奥行きが広まった箇所は土を隙間に入れ込まなければならない。培養土を何袋も買い込んで、せっせと埋めていった。土の高さレベルも土留め板の上方に合わせていったので、平面にもかなり土を補給した。有機肥料も施しふかふかの土壌で、宿根草たちもきっとのびのび育ってくれるだろう。今はまだこんなに閑散としているが、今に丈高く鬱蒼と群れになって風に揺れるようになるのだ。


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さらに、花壇の上の白いガーデンフェンスをすべて新品に交換して設置した。これは今回もカインズホームのオリジナルの900mm幅のものを使った。8メートルあるので、計9枚をつなぎ合わせるのだ。ただ、これを既製品のまま使うには不便なところがあるので、少し工夫して工作して使った。
それは、ただつなぎ合わせるだけではぎくしゃく接続箇所で歪むし、地面に杭状の尖った先を埋めて固定するのは無理があるのだ。高さも歪むので、全体にふにゃふにゃして実に頼りない姿になる。強度もないので、やがて倒れたりもする。
a0282620_23483854.jpgそこで、考えたのは幅の狭い板で裏打ちすることと、本体とは別に角材の杭を打ち、それに固定することにした。ちょうど1800×45×12mmの杉荒材というのが売っていたので、これを補強材にした。(なんと本体に使われている材料とまったく同じサイズだったのは当たりだった)ついでに、地面に接するところにももう一本取り付け、それを化粧砂利と土の花壇の境界にしようと思った。合計、2枚の補強板がつくので、かなり直線的強度は上がるはずだ。
それに、ホワイトの水性塗料で3度塗りして仕上げる。もともとの塗装は1年位でひび割れして剥げて来るので、これを厚めの皮膜で覆って耐性を高めるのだ。これなら2年は持つかもと目論んでいる。


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木工の加工自体は大して手間もかからず出来るのだが、さてこの9メートルに及ぶフェンスの表裏、側面を3度塗りするというのは、実に根気のいる時間のかかる仕事だった。やってもやっても終わらず、投げ出したい気にもなったが、明るい春の日向でもくもくと刷毛の手を動かしていると、さっきまで遠くで啼いていた鶯が、もうすぐ近くまで来て大きな声で啼き出すのだ。もう目と鼻の先の枝を渡りながらパタパタと羽の音をきかせ、いい声で啼く。
a0282620_23474412.jpg鶯などという野鳥は、ことのほか警戒心が強い鳥で、そう姿も身近には目に出来ないはずだが、2メートルもの至近距離に来て頭の先でホーホケキョとやるのだから不思議だった。もっとも、以前から意外に野鳥が恐れず近づいて来る傾向が自分にはあったのだが、夢中で根気をつめて仕事する自分には、いささか耳元のホケキョは「もうちょっと向こうで啼いてくれる」と思うほどだった。が、これも応援のひとつと考え、最後までやり通した。谷間に野鳥の声がこだまするのを聞きながら、無心に作業に没頭するのはまったくありがたい至福の時だ。
塗り終わってこれも杭で固定して、見事に美しいまっすぐなラインを描くことが出来た。
造作物のプロとアマを分けるのは、やはり直線や垂直、水平、平行などの精度にあると思う。今回はこれをことのほか意識して、出来うる限りぴんと張り詰めたまっすぐなラインを作ることに専心したので、仕上がりは気持ちのいいものになったようだ。


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a0282620_2347536.jpgそのほか、庭木の剪定や木の支えを設置したりもした。白樺とアルプスサクラとミモザには、“二脚鳥居支柱”という鳥居型の補強の仕方をやってみた。まるで造園屋さんになったように真似てみた。まあ、一応これで強風でも揺らがないで育ってくれるだろう。
日に日に植物は目を見張るほど伸長している。宿根草はあっという間に株から目をにょきにょき出して伸びて来る。クレマチスもツルを伸ばし、誘引が必要だ。バラも一気に葉数を増やし、早いものはもう花芽を持っている。芝にも肥料をやり、目土を撒き成長を促す。キッチンガーデンの野菜たちも芽をもたげている。緑の勢いは益々日を追って盛んになっていく。

それにしても、庭仕事というのはあれもこれもと次々にあるもので、気がつくと一日午前午後で7~8時間も動いているのだ。それを今回は3日も続けた。それが凄いのは、一日1.2食の少食を実行して早1ヶ月を過ぎ、身体もそれなりに慣れてきたのか、今まで疲労やら筋肉痛やらでとてもしんどかった庭作業が、驚くほどの回復力で毎日連続して出来るのだから凄いものだ。くたくたにくたびれていても、2時間ほどすると何でもなくなって次のことをはじめる。気力も充実しているので、次の段取りをしてやる気満々なのだ。睡眠も以前よりいらないようで、休みでもゆっくり寝ていない、早々と起きてしまうほどだ。
a0282620_2348527.jpgやはり、少食や断食の効果は1ヶ月もすると目立って自覚できるようになる。だから、早々に諦めてしまうのは何もならないということだ。これからまだ先、より効果は出て来ることになるだろうし、4ヶ月経ったときが本領発揮のようだ。

今年のガーデニング及び、DIY はまだまだこれからだ。
バラの葉をよく見ると、既にチュウレンジバチの子供に少し喰われていた。早くもバラを襲う虫たちの攻撃ははじまっているのだ。これからアブラムシやバラゾウムシ、チュウレンジバチやバラクキバチなどのにっくき虫たちと、うどん粉病や黒点病などの病害との壮絶な闘いがはじまる。美しく優雅なバラには、まわりに外敵ばかりがひしめき合って狙っている。か弱くはかない姫君たちの絶世の美を守るのは庭師の役だ。その結果が5月のバラの盛りに顕れる。春の闘争はこれからが本番だ。


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by martin310 | 2014-04-12 23:53 | ガーデニング

盛夏のマイガーデン:夏剪定に汗をかく。+ D.I.Y

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気温が30℃を超えるのが当たり前になった今夏。
もっとまだ涼しいうちにやればよかったのに、気になるも放置していた庭の花木の伸び放題たるや、雑草も含めまさに鬱蒼とした緑の溜まり場と化していたのを、今やもうこの焦げるような強烈な極夏の陽射しの中に、ついに意を決して出ざるを得なくなった。仕方なく、灼熱の太陽の餌食になる・・・。

木製アーチのつるバラは、天へ昇るようにシュートの群れが伸び放題。
庭の入口のモッコウばらは、これもまた道路や隣地へまで枝を伸ばし、侵略中。
芝生も、床屋を忘れた坊主頭のように無精に毛を伸ばす。
たまの休みを返上で、一日炎天下の敷地で身を焦すこと7時間。
まあ、我ながらよく働くは。汗。。。

で、きれいになったところで、サルスベリのピンクといい感じに。

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このサルスベリ、冬場に強剪定でこじんまりと丈が50センチほどになったのに、晩春の頃から一気ににょきにょきと枝葉が茂って、あっという間に背丈ほどになった。皮が剥けたような樹皮だけの小木の姿から、ここまでの繁りを予想するのはなかなかできなかったが、まあ、凄い成長力だ。

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a0282620_2182689.jpg庭仕事以外にも、今年はたいへんな作業が続いている。
3年目を過ぎた我が家のログ壁は、既に塗料の劣化がはじまり、再塗装の時期到来なのだ。
さすがに2階部分は業者に任せたが、1階の脚立でとどく壁面は全部自分で塗ることに。塗るといっても、単純ではない。
まずは、壁面を高圧洗浄機で洗う。次に、サンダーで古い塗装を削り取る。これがめっぽう骨の折れる仕事だ。で、木材保護塗料で3度塗りするのだ。
これは一度にはとても出来ないので、4面ある各壁面を半分づつ2~3日かけてやるのだ。これはあと1/3程度まで完成。

a0282620_2192962.jpgで、さらにその上、敷地の一番裏には、ログハウス建築時の廃材の山がこんもりある。
それが放置に次ぐ、放置で、下の方の材木はもうシロアリの巣になっている。
あきらかに腐りかかり、いくらなんでももう何とかせねばならない。
で、3日かかりですべて薪サイズに丸ノコでカットとした。
腐った材は、焼却炉代わりの時計型ストーブで炎天下のもとで燃やすのだ。
外気温33℃で強烈な直射、そこで薪をごうごうと燃やす。汗また汗だ。。。

それに、カットした薪の置き場所がないので、急遽、薪棚を作成。

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               ▲急ごしらえの薪棚。ここにウッドデッキを作るので、それまでに燃やし終わりたいものだ。


a0282620_2194798.jpgで、さらに、よせばいいのに、最近は「ガーデンハウス」なる、庭先の小屋作りに魅せられてしまい、現在、設計を終わり、工作に入りたい衝動のもとにいるのだ。
こんな本を取り寄せては、「ものづくり心」を湧き立たせている。生来の凝り性はなおらない。

こんなにやることが山積みなのに、その上に夢の小屋作りをしようと。しかもあと2棟作るつもりらしい。(というのも、物置として使っているキャビンⅡがもう物であふれてどうにも仕方ないのがそのこじつけの理由)


我が家の敷地には、母屋のログハウス(BIG BOXのOMENA)のほか、ミニログ(同じくコスカ-A)と物置用のログキャビンⅡが既に建っている。

その他に小振りであっても2棟追加し、全部で5棟になるというのだ。
電動工具やその他の木工工具などの小屋と、ガーデニングの道具小屋だ。
そこにさらに長いウッドデッキでつなぐという構想。

我ながら、呆れるほどだ。でも、作りたい気力満々だ。

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▲これはゲストハウスのようなものか、衣裳部屋でもあるコスカA。


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              ▲現在、物が満タンの物置・・・キャビンⅡ。

a0282620_21104582.jpgイメージを自分の手で具現化。建物を自分で作る。・・・これがセルフビルドの醍醐味。
無から有を生み出し、新たな居住空間を創りあげる。(単なる物置小屋なんだけど)
夢が膨らみ、こんなスケッチがもとで、今や設計図まで完成。
詳細な部材見積りまで出来、総予算も計算済み。
あとは取り掛かるのみ。

⇒ガーデンハウスのイメージスケッチ。これが以下のように具体化していく。


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               ▲ガーデンハウスの設計図(前面)

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          ▲ガーデンハウスの設計図(側面)


とまあ、そんな訳で今年は重労働が目白押し。ほとんど休みはこれでつぶれそう。
おそらく全ての完成は来年へ持ち越しだろうが、さあ、どこまで今の創作熱のモチベーションを保持できるかにかかっている。とまあそんな具合であります。

そんなこんなも、世の中が落ち着いていられる間に限られるが、この先、いったいどうなることやら・・・、平和であってほしいものだ。

by Martin

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by martin310 | 2013-08-10 21:37 | ガーデニング | Comments(0)

今日のMy Garden Pin Up:カンパニュラ・ベロニカ・アスチルベなど(台風弱まって花々は無事で一安心)

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by martin310 | 2013-06-13 12:14 | ガーデニング

My Garden 今日の“Pin up” レオナルド・ダ・ビンチが咲いている。


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これがバラのレオナルド・ダ・ビンチ。
もちろん、名前の由来は自ずと知れたルネッサンスの天才:レオナルド・ダ・ビンチにちなんで名づけられた。

作出年:1994年
作出者:Meilland
作出国:フランス
1993年イタリア モンツァ国際コンクール金賞受賞

花持ちがよく、形も整って、名前どおり丹精で色も絵画的。
でも、あまりに名前にイメージがつき過ぎていて、花本人はちょっと肩が重いかなとも思える。
それにもめげず気張って我がガーデンの片隅で咲き誇っている。



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【クレマチス】アルバ・ラグジュリアンス (ヴィチセラ系)
葉と思いきや、広がると白い花に変わる不思議なデザイン。



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【クレマチス】踊場 (ヴィオルナ系)
日本の小沢一薫氏 1990年作出だそうだ。どうりで 学名:Clematis ‘Odoriba’とは和名のはずだ。このピンクのベル咲きがメルヘンチック。



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ラベンダーセージ(インディゴ・スパイアズ)
パープルカラーがかなり今ガーデンのなかで主張している。
ロシアンセージやベロニカなどの同色系が勃興してくるあいだに注目を集めている。


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去年、清里の清泉寮のshopで買って来たもの。名前は札が風で飛んでなくなったので不明。
高原で育った苗は、割とmy gardenでは気候が近いので生育が合うようですくすく育つよう。
この微妙なベージュ色はこの庭のなかでは珍しい色。
by martin310 | 2013-06-07 21:26 | ガーデニング | Comments(0)

My Garden 今日の“Pin up” 「ガーデナーは、自分の庭をエデンにしたいと考えている」


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庭は、自分を自分で祝福する場だ。去年植え付けておいた多年草が、この夏、見事に開花し庭を飾る。その花に近づき、その花の名前を呼んで「きみは何て美しいんだろうか!」と心でつぶやく。その時人は、自分を自分で祝福しているのだ。
(田渕義雄著『森暮らしの家』より)


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熱心なガーデナーは、自分の庭をエデンにしたいと考えている。
どんな庭がその人のエデンなのかは人それぞれである。庭は、すべて個性的だ。

(田渕義雄著『森暮らしの家』より)


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園芸家は自分の庭を知りつくしている。自分以外には絶対に知らないことを知っている。だから、庭を人まかせにすることができない。庭は、それを管理するひとりの責任者に自分の運命を委ねている。
(田渕義雄著『森暮らしの家』より)


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自分の庭を大切に管理したまえ。それが庭を持つ者の務めだ。庭は、家と家や、家と自然との境界にある緩衝地帯だ。花咲きトマトが真っ赤に実っている庭を、誰が疎ましいと感じるだろうか。庭は、プライベートなものであると同時に、それはソーシャル(社交的な)空間でもある。街中であれ田舎であれ山里であれ、そのそばを通る人や旅人の心をなごませてくれる庭は、全て賞賛されなくてはならない。
(田渕義雄著『森暮らしの家』より)


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▲これが我が家のキッチンガーデン。
こんな狭いスペースに、レタス・小松菜・枝豆・インゲン・ナス・キュウリ・トマトが育っている。囲いの外にはミカンやブルーベリー、それに自生のフキなどもある。今はレタスと小松菜が旬で、食卓に乗る。スーパーのものとは大違いの甘みや食感がたまらない。

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▲東側にあるシェイドガーデン。半日陰向きの植物たちが旺盛に繁茂している。多様な緑の要素のなかに点々と僅かにピンク系が、ある種不思議な空間を生んでいる。
by martin310 | 2013-05-29 11:28 | ガーデニング | Comments(0)