伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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時の神話シリーズから「life and death」

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 時の神話シリーズから「life and death」1998
 ウッドパネル:915×910×40ミリ、アクリル・パステル


「life and death」

今回はちょっと志向を変えまして、ペインティングの作品をご紹介します。

この作品は、ラワン合板でパネルを作り、それに地塗りをして主にアクリル絵の具で描いたものです。パステルをドローイング的に線描したり、平面にこすりつけたりしてテクスチャーを追加したりもしています。

それからこの絵は、ちょっと変わった下絵のつくり方を試みています。
最初にPCでグラフィックソフトにより画像合成(コラージュの手法)で作画をし、それをもとに拡大模写で描画しているところです。その下絵画像が下のものです。

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この”時のシリーズ”は、(結果的に)自分にとっての過去世回帰の体験のはじまる直前の作になりました。
画面中にも「生と死」「輪廻転生」のキーワードが入れてあります。
集めてある画像は、直感的にこのテーマに合うものを拾い集めて合成しました。
まだ、具体的には自分の過去世の詳細をひとつも知らないときのものです。
このあとから、怒涛のようなソウルメイトとの遭遇体験がはじまりました。
なので、このような一連の作品が、自ら呼び水になっていったと云えるかもしれません。
今では、ソウルメイトなどという言葉も古びてしまった感がありますが、当時の精神世界状況はある種、このような時代性があったのです。
あのユーミンでさえ、「REINCARNATION」(1999)というアルバムも曲も出していたように。
(作品中のスペルは[r]がひとつ足りませんね、ああ、またやっちゃった)

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この作品は、もう一点の「The Mythology of Time」という作品と共に、我が家のリビングの壁面を飾っています。高さ5メートルの壁に建築時に据え付けてもらったので、足場を組まない以上、上の作品はもう外せませんね。

下の写真は、この作品の部分拡大画像です。
こうなふうなテクスチャーの重なりが自分の好みなんですね。
間近に見たときのマチエールなどにけっこう気を使って描いているものです。
なので、実物のが当然物質感があってリアルです。
そういうところが、ペインティングの味わい深いところですね。

by Martin

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More この曲を聴きながらどうぞ
by martin310 | 2012-10-31 12:26 | アート | Comments(2)

古代船DRAGONは、実は宇宙船だった!

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★古代船DRAGONは、実は宇宙船だった!


何度か記事中に登場しています「古代船DRAGON」についてのエピソードをもう少し記しておきましょう。

もう10年以上前のことになりますが、人から人へのつながりから、あるUFOコンタクティーの女性と知り合うことになりました。
この長野の女性から不思議な体験の話を聞いたことがあります。

a0282620_13584715.jpg彼女は小学生の頃、同級生の友だちとふたりで善光寺の裏手の山の、見晴らしのいいところにいるときに、かすかな記憶を辿ると、どうもUFOにアブダクションされていたようだったというのです。
夕暮れどきに、このふたりの少女はある時間、この山腹から一時姿をくらましたようですが、彼女の感覚にある長い時間とは裏腹に、実際の地球時間ではほんのわずかな間だったようです。
どうも、詳しい記憶は消去されているようで、一緒だった友だちもよくわからないうちに戻って来たようです。
ですが、宇宙船の内部の計器類のたくさんある映像などは断片的に覚えているようでした。
それ以来、彼女はときとして空を見上げ、UFOを探すようになり、特に夜間には光の点としてよく目撃できるようになったということです。
そこで、深夜に山の上の見晴らしのよい草地に寝転んで、UFOを想念で呼んでその光を見ることを人々に伝えるようなことをはじめたようでした。
ほかにも、そのときの星の存在とも意識で交流するようなことが起こって来たようです。

a0282620_1359771.jpg不思議なことに、このとき彼女たちがアブダクションされた場所には、レストランがありました。その名が何と、「青い銀河」というものでした。
アブダクションの地が「青い銀河」だったのです。
そして、そのUFOがやって来た星とは、地球からはかなり遠いと思われる「エメラルド星団」というものでした。
天体に詳しい人に、この星団の名を尋ねてみたことがあるのですが、そんな星団は知らないということで、実際には確定している名称ではないようでした。


a0282620_1404929.jpgそんな話を聞いて、あるとき、見えないものが見える人と共に、その彼女に会いに長野へ向いました。
中央道から長野道へ入り、山岳地帯が続く姨捨のあたりだったでしょうか、山々のあいだを縫い、右手に平野が開けるのを見ていると、急に、同行の者が上空に何か来ていると言い出しました。
実際に車のウインドから空をのぞいている訳ではなく、霊眼に見えているというか、いわゆるヴィジョンが見えているようでした。
「ほら、あの絵のDRAGON」が来ている」
何言ってるんだろう?絵のDRAGONがどうやって来るんだ?
「DRAGONが降りて来ている、すぐ上にいるよ」
ええ、何だってえ?
しかも、あの船が垂直になって降下して来ているというのだ。
そして、すぐ上空でまたもとのように水平になり静止していると。

a0282620_13592845.jpgそうこうしているうちに、運転しながら何やら、素晴らしく平和でやすらぐ波動に包まれて来るのがわかりました。
それがどんどん、どんどん、強くはっきりわかるようになって来ます。
うわー、凄い、すごい!うー、なんてしあわせなんだ!
まさにこの世のものとも思えぬほどの至福のエネルギーです。
これをどう表現すればいいのでしょう。
「愛」?うーーん、そんな言葉では置き換えられない。
地上にある言葉では、その何百分の一でも表すことは無理だ。
そう思えるほど、えもいわれぬ光に満ちたエネルギーでした。

a0282620_1413931.jpgこんな波動のなかにいる世界とは、もう自他共に常に幸福の状態であって、不服や不満や競争や争いや、およそ自分と他者を隔て分離するような破壊的想念をまったく抱くことのない、つまりエゴが完全に消え去った状態のような愛に満ちた世界であることが感じ取れました。
それが体感してわかるように、彼らは宇宙船から波動を放射して来たのでしょう。
明らかに、この地球より遥かに進化した意識を持った星の住人のいる世界であろうと、そう思うやいなや、メッセージとしてやって来たのは、彼らが伝えるのには、自分たち星は、地球の次の段階のステージであって、宇宙にはまだまだその先に進んでいる星々が無数にある、宇宙は限りなく進化する・・・、というようなものでした。
それなら、いずれはこの地球も、彼らの星のような完全に平和な星になることができるのだろうか?
それは今を思うと、限りなく困難な道だろうけれど、我々の未来を垣間見せてくれるような、彼らからの光明を与えてくれるメッセージのように思えました。

そんな道中で得られたおみやげを持って、UFOコンタクティーのWさんに、約束した待ち合わせ場所、「青い銀河」に向かいました。

画用紙の真っ白な画面に色鉛筆を走らせているうちに、自然と浮かび上がって来た古代船DRAGONの姿は、実は宇宙船だったのです。
もちろん、彼らの乗り物は3次元ではないので、空にあのような船が見えるわけではありませんが、彼らのオリジナルな比喩として、この古代船の形にして私たちに見せてくれた彼らからの宇宙の贈り物なのでしょう。

私たちはこの後、Wさんと一緒に、謎多き霊域、戸隠神社・奥社へ向かうことになります。

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-もしかして、つづくかも-


by Martin
by martin310 | 2012-10-30 14:06 | お気楽メモ帳 | Comments(0)

「イェラン・ドーナン城」

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▲「イェラン・ドーナン城」 2000

a0282620_2040544.jpg今日は雨降りの夜です。
こんな夜には、なんとなくメローな感じの音楽がいいなと思い、ケルティック・ミュージックの”Sian James”1997を聴きました。

以前、自分のHPでこのCDを紹介していたときのコメントは、こんなことを書いてました。

ウェールズの生んだ現代の歌姫、シャン・ジェームズのウェールズのトラディショナル・ソングを中心にしたケルティック・ミュージックです。
限りなくナチュラルに澄んだヒーリング・ヴォイスと、魅惑的なウェールズ語の響き、底知れぬケルトの奥深さを秘めた魂に響くアルバムです。
その哀調を帯びた歌声と旋律は、意識の奥深くに秘めた哀しみを甦らせます。ケルト圏の過去世の記憶を自然に誘導していくようです。
ケルト世界に関係している魂を呼び込む強力な "哀愁"の音楽です。



そして、絵画作品はスコットランドの古城を描いた「イェラン・ドーナン城」です。
この作品のコメントも過去のHPの保存ファイルから、

この描画作品は、かねてから描いてみたいなあと思っていた、スコットランド北部のハイランドにある、イェラン・ドーナン城の風景です。このロッホ・デュイックのほとりに建つ13世紀のお城の姿は、ある雑誌で見たときから、ずっと心に残っていたものです。緑のヒースに覆われた草地に囲まれ、ありし日の面影を留める古城が醸し出す風景は、ケルトの神話世界を彷彿とさせるような豊かなイマジネーションを喚起させます。アイルランドの過去世から、お城というものに特別の郷愁を感じる私の、その想いをイメージに留めたものです。


あまりうまくは描けていませんが、雰囲気だけは極北の古城という感じがちょっと出ていたならいいなと。色鉛筆だけで描いているので、濃度がこれ以上出せないので、ちょっとお城がいまいちですが、あしからず。

さらに、関連の作品を探すと、1999年のグラフィックアートの「アイルランド随想」というのがありました。
これは、写真画像の合成で実験的につくったものです。
とにかく音楽では、アイリッシュハープがとても好きだったので、このハープを弾く婦人を入れたかったのです。

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       ▲「アイルランド随想」1999

それから、以前ご紹介した「古代船DRAGON」もケルティックなイメージで描いたものです。
この船自体、バイキングの船のイメージですし、ハープもお城の尖塔も入れました。太陽と月の形象もケルト特有ですね。

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ということで、今日はケルト特集になりました。
※MoreにSian Jamesの曲がありますよ。

by Martin

More
by martin310 | 2012-10-28 20:55 | アート | Comments(6)

秋のGardenの花たち(2)


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昨日のつづきをもう少し・・・。

小さな花たちの饗宴です。
ふだんはまとまって群れとして花を見ていますが、こうしてひとつひとつクローズアップで見ると、また繊細で精緻な形のお花だったのですね。


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1.パチンと指を鳴らしたような花。
2.指を鈎型に曲げたような花。
3.クリオネが海中で飛び出すような花。
4.パンと両手を打ったような花。

こんなに小さくとも、それぞれの清楚な美しさを何気なく主張しています。

花の背後の亡羊とした色の形。
その集まりが花たちを際立たせる。
不定形な色面の集まり・・・。
まるで生まれたての抽象絵画のよう。

a0282620_20706.jpgそうだ、こんなことを思い出した。
抽象絵画の創始者と云われるワリシー・カンディンスキーは、ある時、自分の具象画の作品を薄暗闇の中で壁に立てかけてみたとき、それが逆さであることに気づきました。
と同時に、その抽象的な画面に強い感銘を受け、具象にこだわらなくとも絵画は成立するのだと確信したそうです。
つまり、風景画を逆さにして見たとき、抽象画の世界が突如開けて来た、ということです。

なので、こんな写真の花のうしろの色彩画面を見ていると、
抽象画のモチーフの形象が見えて来る気がします。


おまけ:昨日のミニチュア・ハウスの兄貴分

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by Martin
by martin310 | 2012-10-27 20:18 | ガーデニング | Comments(6)

秋のGardenの花たち

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◆秋のGardenの花たち

久かたぶりにGardenの手入れを少ししました。
あい変わらず、元気に伸びて伸びてしようがない黄モッコウの枝を、袋一杯剪定しました。
限りなく伸びて大きく広がりたいのに気の毒ですが、門の代わりにしてあるトレリスにこじんまりとまとまってほしいので仕方なく。
ほかに、宿根草の背の高いものなどの茎も、枯れて来たのでカットして冬支度。
クレマチスもひとつを残してみんな冬枯れになりつつ。枯れた葉を取りました。

My Gardenで密かに色を見せている花たちを撮ってみました。
なかなか表舞台に出て来ない方々なので、今日はちょっとお披露目です。
花壇やコンテナや鉢など植わっている場所はまちまちですが、こうしてラインナップしてみると色とりどりで華やかに。

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*クレマチス(マダム・エドワードアンドレ)


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*ナスタチウム


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*ナスタチウム


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*ペチュニア


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*ペンタス


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*コバルト・セージ


a0282620_20523959.jpg冬に向かうGarden。
鬱蒼としていた緑が徐々に消えて、今まで隠れていた自前の土木事業の跡が露出してきます。土留め板や木製コンテナ、箱型花壇やビッグサイズの木製オベリスクなどなど、今年の春先までD.I.Yしていた造作物が目立って来ます。
ああ、よくやったよなって今思います。
休みの度に、一日7時間、外で作業してましたから。
凝り性というのも、まあ、あとで見ると・・・唖然としますね。
性分ですわ。



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おまけ・・・・こんな超ミニハウス。
玄関デッキの棚の隅にちょこんと居ます。


by Martin
by martin310 | 2012-10-26 20:59 | ガーデニング | Comments(2)

時間が止まった場所(伊豆富戸)

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▲時間が静止した場所(遥か水平線に伊豆大島が横たわる)


時間が止まった場所(伊豆富戸)

以前の記事でご紹介しました、東伊豆の川奈にある「川奈ステンドグラス美術館」や私の絵画作品の元になった川奈の鉄橋のあるあたりから、さらに下田方向へ行くと富戸(ふと)という海沿いの地域があります。
ここには超高級隠れ宿の「月のうさぎ」がありますが、その脇を通って海に近づくと瀟洒な別荘地があります。
この別荘地の一角に入ると、目の前に相模灘の大海が広がり、その先に鯨の背のような形の伊豆大島が横たわって見えます。
この場所は、滅多に他所の人間が入る場所ではないほどに、見つけ難いところなのですが、この地へ立てばわかるように、時間が静止しているように感じられます。見えるのは紺碧の海と青い空のみで、まったくの静寂の中にわずかに潮騒の音が耳に入ります。ただ、明らかなのは、まったく今までいた日常の世界とは打って変わる、時が動いていない不思議な世界があります。

a0282620_21182556.jpgしかも、川奈あたりから続く、ある独特の光の波動・・・、至福感が漂う明らかに違う時空・・・、これらがいったいどういう訳でこのあたりにあるのか、ずっと不思議で仕方ありませんでした。
その原因を突き止めようと、何度も足を運んで調査して来ましたが、あるとき、見えないものが見える方を伴ってこの地へ行ったとき、はじめてその理由がわかりました。
それはヴィジョンをもって示されたものから、この陸地にほど近い海域に宇宙から落下した巨大な隕石が存在し、その宇宙からやって来た光の星のかけらである隕石がもたらす陽の氣のエネルギーが元だということがわかったのです。
a0282620_21193365.jpg海底に眠る巨大隕石の波動によって、川奈から城ケ崎あたりの海寄りの領域が、高エネルギー帯域となっていたということなのです。
(伊豆半島の赤丸地点が落下点)

ただし、これはまったくもって科学的根拠などとは遠く隔たった、ある4次元知覚による独自の認識であることは言うまでもありません。実証などできるしろものではありませんが、私的には妙に納得できる解答でした。

a0282620_2120772.jpgこのエネルギーの性質は、わかりやすく云えば、俗界から離れたある独特な至福感をもたらす感じのものです。世俗の汚れは問題にならず消え失せ、ただ、満ち足りた充足感から時間感覚が消失するような、自分にまとわりついた一切が夢のようになり、ただここにあるやすらぎ、他に何が要ろうか?という存在することの歓びのようなものにあります。
おそらく、地球より進化した高次元の星は、そのような意識レベルに達した人たちが存在するところなのでしょう。(存在するといっても3次元ではないので、私たちのような意味の存在形態ではありませんが)その星の大地の一部がかけらとなって、この地球へともたらされたのです。
この宇宙の贈り物のエネルギーを持って、次なる進化、これらの星を目指すべく、人類は近づいて行くべきなのでしょうし、また、この隕石の故郷は地球の未来であるのかもしれませんね。

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       ▲この海の底に光の星の隕石が

時間の止まった世界・・・これを「静」として、では続いては対する「動」の世界もご紹介しておきましょう。
伊東港から2キロ位川奈方向へ行ったところに、潮吹き公園という岩場の名所があります。その名のとおり、打ち寄せる波が岩場の穴から潮を大きく吹きあがらせます。大波にのまれるような恐怖感を抱きながら、シャッターのタイミングをはかり撮影しました。これで「動」と「静」が揃いました。

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伊豆にはまだまだ3次元的にも、4次元的にも不思議な場所があります。
このシリーズで今後もぼちぼちご紹介していこうと思っています。
お楽しみに。

by Martin
by martin310 | 2012-10-25 21:29 | とっておきの伊豆 | Comments(0)

森の天使

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「森の天使」 (2000.apr.)


この作品のコメントが、過去のHPの保存ファイルの中にありましたのでご紹介します。
自分ではとっくに描いたときの記憶がなくなってしまっていたので、これによって少し当時のことがわかります。

 湖をバックに、森の樹の下で妖精が笛を吹く様子を描いてみたいと思っていました。ドシンと存在感のある森の主のような大木を左に描きたいと思い、以前撮影した函南原生林の大ブナの姿を入れました。
 当初は、笛を吹く牧神(パン)のつもりでしたが、途中から背中に白い羽が実在感を伴って見えてきて、急遽白い天使の姿に変わりました。白い鳩のような翼があのように開いて見えてきたのには自分でも驚きましたが、構図的にもこの白い天使で正解だったのだなと思っています。
 「森の館」と同様、私の青が出ている作品です。
(描画素材は、アクリル絵の具、色鉛筆、コンテチョーク)


a0282620_19393865.jpgモチーフにした大木は、実在する箱根の函南原生林の大ブナと呼ばれる樹齢700年のブナの木です。
この大ブナは、樹高24m、幹周り6.4mもあり、まわりの木々もかなりの大きさがありますが、この巨木は他を圧倒する大きさで、その威厳と風格は類例がないほどに別格の凄さがあります。
木のまわりは、根本を保護する為、櫓が組んでありデッキのように広々とした足場となっています。
この場に佇むと、不思議と神聖な氣に包まれ、いつしか瞑想状態のように黙して動けなくなる感じを得ます。しばらくこのままこうして亡羊とした意識のまま、ここにいたいという気になるのです。
何か巨大な包容力のうちに脳波がアルファー波状態をつくり出すのでしょうか。

樹齢700年といえば、鎌倉時代後期の北条氏の滅亡の直前の頃、このブナの木はこの地に芽を出し、以来、ずっとこの日本の行く末を見守って来たことになります。
以前、この大ブナさんの近くへ参ったとき、そのすべての人間の営みを知り、感じ取ってき続けた偉大なる意識という感じを持ったことがあります。ただ黙して営々と、人の世のすべて、自然界のすべてを知り尽くして、今もこの地の主としてこの森を守っている、そういう老練な精霊としての大ブナさんを畏敬する気持ちが湧き起こってきます。
そのもとで、白い森の天使が美しい音色の横笛を吹き、音楽がまるで緑の風のように森の中を吹き通ってゆく・・・、大ブナさんを癒し、森の木々を癒し、湖をも癒していく・・・そのようなイメージをこの絵に定着したかったのだと思います。


by Martin
by martin310 | 2012-10-24 20:00 | アート | Comments(4)

賢治さんのイギリス海岸

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賢治さんのイギリス海岸

 夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。
 それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。・・・・・
(宮澤賢治 随筆「イギリス海岸」より抜粋)


a0282620_164421.jpg賢治さんの故郷・花巻には、岩手県北部にその源を発し、県の中央を堂々と北から南へ縦断し、一関を通過し、宮城県へとその流れを進める東北最大の大河があります。
この花巻市内を流れる北上川と、遠野方面から流れる猿ヶ石川の合流点の西岸に、イギリスのドーバー海峡にある、白亜紀の凝灰岩質泥岩が露出する白い地層を連想させる川岸があります。
このあたりのことを「イギリス海岸」と名付け、賢治さんは花巻農学校の教員時代、よく生徒を連れて地質学の実習をし、散策・思索の場としても親しんでいたようです。
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北上川の水位が特に下がった時期だけに泥岩層が露出するのだそうです。


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この地をはじめて訪れたとき、その名のとおり、ここは日本ではない・・・そう思い、あまりの美しさと、圧倒的な光の量に驚き、歓喜してカメラにおさめたのがこれらの写真です。
ここで言うところの「光」とは、明るい陽光はもとより、いわゆる天界からの光、氣、プラーナ、エネルギーというようなものです。苦難の生涯といえども、こんな光溢れる場に多くの時を過ごせた賢治さんの幸福を思いました。
賢治さんの居住した宮澤家の別宅(羅須地人協会)は、ここよりわずか2キロ下流の地ですから、如何に恵まれた波動の高い地に生活の場を持っていたかがわかります。

賢治さんの生み出した創造の世界が、日本の岩手そのものの土着性や民族性と、無国籍でいてどこか西欧風の感覚の入り混じった、独特の超越的イメージを持っているのは、このような土地の持つエキセントリックなエネルギーの性質も影響していたことがわかるのではないでしょうか。
また、その意味においては、遠く魂の記憶としての西欧というものが、少なからずあったはずだと思うのです。つまり、過去生での中世のヨーロッパで養った感性の輝きが、エスペラント風の新造語を多様した名称や地名など、時代や国や文化を超越したクリエイティブな世界観などに顕れていると思えるのです。

人は、魂の記憶のある世界を憧憬し、追い求め、それを表現し、その独自の世界を具現化しようと欲することがあります。なので、その人の創造の領域や、生き様の姿をつぶさに省察していくと、どういった過去生の世界で生きていたかはおぼろげなりにも判明して来るものです。
それがひとつの核心になることで、よりその人の深奥を知ることになり、はたまた翻って自分自身への探求の手がかりにもなるということかもしれません。

by Martin
by martin310 | 2012-10-23 18:58 | Comments(2)

( 2 ) 山の精・仙人さんのはなし

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( 2 ) 山の精・仙人さんのはなし

え~、みなさんこんにちは、Martinです。

a0282620_14495458.jpg第1回の”お気楽メモ帳”読まれましたか?
あれって、ほとんど落語の文言のようなリズムでしたね。
変ですよ、あれは、まるで古今亭志ん生の「駒長」の手紙を読むシーンとよく似てました。
ワタスであってワタスでないような意識が書いてますよ、あれは。

まあ、こんな調子でワタスが書いているんだけど、ワタス以外の意識が混入して書かせているようなところもありの文章になる、そんな面白みも含めておつきあいください。

え~、今日はですね、
本編で妖精の話なぞしているもので、そっち関係のお話でもしてみようと、かように思っているわけであります。

え~・・・、こればっかりやなぁ、この調子が落語風に持ち込むんやな。
まあええか、
妖精とか精霊とかいう話ですけどね、まず山の精霊、仙人さんのことからいきまひょか。
よくものの例えで、まるで仙人みたいやなーなんて云いますけど、あれってほんとにいるんですよね。実在するんですけど、3次元でないので、実在って云えるかどうか、肉眼では見えないんですから4次元の存在ですね。

a0282620_14501991.jpgこれね、実際、ワタスは見えないんですが、そういうの見える人と以前よく日本各地を探索していたことがあって、そのときに遭遇したのですが、いられるんですね。
例えば、富士山の五合目を歩いて少し登っているとき、前に杖を持った衣姿のあのいわゆる”仙人”イメージそのものの仙人さんが一緒に同行してくだすって、霊峰富士っていうくらいだから日本一の霊山ですからね、仙人さんがちゃんと山を守ってらっしゃるのですよ。
それを伝えに出て来られたようで、それ以上は申されませんでしたが、まあ、歓迎してくだすったことは確かでした。

それから場所は飛んで、北海道の大雪山の南側に”然別湖”(しかりべつこ)っていう湖がありますが、その対岸に”くちびる山”っていういわゆる上唇の形の山があるんですよ。上唇ですよ、それが湖面に反映して逆像になると、これが下唇になるわけで、両方で”くちびる山”になるのです。
そこへ行ったとき、これがやさしい老翁のような仙人さんがお出になられて、いろいろとメッセージを語ってくだすったことがありました。

a0282620_14503717.jpgこの然別湖のあたりは山深く、この湖も神秘的なところなんですが、その昔はアイヌの土地だったそうです。で、和人の侵略によって結果アイヌ人は滅ぼされていくわけですが・・・。
そのことよりも、この”くちびる山”のいわれについて語ってくれました。
(同行者のチャネリングによると)
この山がなぜ唇の形をしているかというのは、「口は災いのもと」と云われるように、人のちょっとしたことのいさかいは、この個人が発する「言葉」からはじまり、それが仲たがいや憎悪心を生み、果ては戦いにまで発展してしまうことがあるという。
そのおおもとは、無神経な「言葉」にあることがあります。
愛のない言葉は、誤解を生み、感情を逆撫でし、人と人のいさかいを生み出します。
だから、この山をその象徴として、愛を持って言葉を発すれば、自然、その思いは愛として届く、そういう戒めを忘れないようにと、この巨きな自然の唇をあらせた。
というような意味合いのことをおっしゃられたと記憶しています。
ああ、なかなかいいお話だなぁって我ながら思いました。
さすが仙人さんだ、多くの艱難辛苦を乗り越えた末に辿り着いた境地から人々に教えを伝える、そういう尊いお言葉だったと思います。

こういう方々が、見えない次元でこの美しい領域を必死に守っておられる、ということをちょっと知っておいていただきたいとワタスは思うのであります。
見えないからいない、のではなく、気配を感じる感性、霊性さえあれば、その思いの端は少しでも感じ取れるものだということをお伝えしたいわけです。


by Martin
by martin310 | 2012-10-22 14:59 | お気楽メモ帳

花の妖精


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花の妖精

この作品のコメントが過去のHPの中にありましたのでご紹介します。
自分ではとっくに描いたときの記憶がなくなってしまっていたので、これによって少し当時のことがわかります。
最初は花だけがボンとイメージされていたようです。そこに花の妖精が顔を出すという感じだったのでしょう。でも、顔に目鼻を入れた瞬間、うまく生きて来たので成功しましたが、そうでないともう直りませんから、顔はこの絵の命ですね。


★作品「花の妖精」 (2000.apr.)
 私が生まれてはじめて描いた妖精の絵です。花を描くと、自然と妖精の顔を出す場所が決まって、透明な羽の感じや、花の輪から出た触覚などのイメージが次々に生まれてきて、左手がちょっと見えているところなど、何か先に決まったものがあって、描かされているような気もどこかでしていたように思います。
 顔については、最後まで手が入れられずにいましたが、ある瞬間、目鼻を入れ出したら急にぴたりとおさまって、そこに女の子が生き出してきた感があります。自分で描いていて驚いていました。妖精のちょっと不安気な表情が、意味あるメッセージなのかもしれないと思っています。
(描画素材は、アクリル絵の具、色鉛筆、コンテチョーク)



花が美しく咲き誇っていると、明るい光の中にこのような花の妖精が飛び交っているのかもしれません。
春の庭で、白昼輝くばかりに花々が風に静かに揺れている光景を目にするとき、なにか妖艶な空気が漂っている気がするときがあります。特に深紅のバラが華麗さを誇って咲いているのは、まるでビロードの豪華なドレスに身を包んだ王妃が踊っているような感じがします。
花によって妖精のコスチュームも変化して、年代も違うのでしょうか。



a0282620_22421020.jpgこの写真は、何気なく桜の木の下の草叢を眺めていたとき、春の陽光が日向と日陰をつくり、そこにまるで白雪姫の小人のような妖精たちが、にぎやかに和になって踊っているような気がしたので、すかさず持っていたデジカメで撮ったものです。確かに、見えるわけではありませんが、ふとそんな気がするときがありますね。


by Martin
by martin310 | 2012-10-20 22:45 | アート | Comments(4)