伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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いずめぐり[IZUmeguri]:奥伊豆天城・吉奈温泉 -2-


a0282620_1744034.jpg12月19日の吉奈温泉「東府や」の記事のつづきとして、もう少し残っている写真画像があったので、せっかくなので載せておこう。
「東府や」の公式サイトの“東府やヒストリー”にあるように、吉名温泉は奈良時代の末頃から子宝の霊湯として親しまれてきた伊豆最古の温泉なのだそうだ。「阿万の方」「唐人お吉」にもゆかりがあり、「東府や」は江戸時代より創業400年の老舗旅館だということだが、伊豆に居て、吉名温泉自体が眼中から抜けていたところ、開湯以来のその古さにも驚いた。
a0282620_1158921.jpgもっとも温泉宿はこの「東府や」と吉名川の対岸の「御宿さか屋」の2軒だけのようなので、知る人ぞ知る秘湯なのかもしれない。
「御宿さか屋」の公式サイトを見ると、画家の岡本太郎の定宿でもあったようで、ここでも作品制作をしていたようだ。映画監督黒澤明は、ここで「影武者」の執筆をしたようだ。知らないことが多く、伊豆を巡っていると意外なことに気づかされるものだ。


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これは「御宿さか屋」の玄関棟から川を隔てた本館への渡り廊下の橋で、アーチ型の橋桁が不思議と懐古的な旅情をかき立てる。温泉場に川が流れ込んでいるというのは、否が応でも旅の空の情感を旅人に涌かせるものだ。それにアーチの橋と紅葉とくれば、名勝となってくる。このアングルは、そういう旅心に愉悦を与えるにふさわしい場のようだ。


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「東府や」の“み登里の橋”からの“大正館芳泉”の佇まい。欄干に立つ瓦斯燈風の灯りが印象的だ。(位置は「東府や」散策マップ参照→http://www.tfyjapan.com/resort/


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同じ“み登里の橋”から上流を見たところ。左手の白い蔵は新館のヴィラスイート“蔵”だ。離れの客室。右側の岸は「東府やガーデン」で広々している。


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a0282620_11584364.jpgこれはベーカリー&カフェの前の足湯テラス。最初、このブルーのプール全体が足湯なのかと思ったが、左にある研磨された石のテーブルの下に足湯があることがわかった。焼きたてパンを食べながら足湯を愉しむという施設のようで・・・。では、このプールはいったい?そう、景観デザインの為だけのようだ。HPには“水盤”と書いてある。
かなり大胆な設計プランのようだが、実に借景の日本の風景とマッチしている。どうもこの発想には、デヴィッド・ホックニーの「Pool」があるように思うのだが、自分だけの思い過ごしだろうか?もしかして、ホックニーと“大正館芳泉”とは、絶妙なマッチングではないか。


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「東府やBakery & Cafe」がこれだ。広大な藤棚がパーゴラのようになっている。藤の満開時の藤色と水盤のブルー、それにまわりの山のグリーンのコントラストはきっと見事なのだろう。是非、そんな5月のテラスを見てみたいものだ。

ベーカリーの自家製パンやスイーツの品数の多さに目移りする。なかなか決めかねるほど、どれも実に手の込んだつくりで美味しそうだ。実際、食して圧巻だった。最初に目に着いたものが直感的に美味いものに当たる、そう実感した。
この「Bakery & Cafe」と足湯のコンビネーションは、かなり雑誌などで広く紹介されているよう。こんな伊豆の山の中に、どうしてこんなに都会の若い人たちが・・・、というほどこの日も人が訪れていた。
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by martin310 | 2013-12-30 12:07 | アート

いずめぐり[IZUmeguri]:奥伊豆「大沢温泉山の家」―つげ義春的世界 ―

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a0282620_1744034.jpgもともと若年の頃から、どこか厭世的な感情を抱いていたことから、ことさら世捨て人的な山籠りに羨望を持ち、良くも悪くも流れに任せて行き着いたところ、山籠りまでいかずとも、山上の森に蟄居することに帰結したのは、この元来の世に染まることが苦痛の性癖から来るものだろうと自覚している。それだけに自発的に疎外感を愉しくし、世を眺めながらもどこか逃避可能な場所を確保しようとしているような精神性が、今の生活のもとになっているような気がする。
だからそういう点で、世にありながら勇気なくややはみ出すような位置にいるしかないのだろう。厄介なものである。中に居ても中に居ず、染まったふりをして共有しながらも、潔癖に内部では染まることを拒み、希少な同類は未だ見つからず、孤高ならいいが孤立の位置に甘んずる以外なく、というのが本質だ。
a0282620_22352819.jpgこういうのは来る星が違ったのか、来たる世が予定調和していないのか、どうも常に存在の違和感に苛まれるものだ。

こうなると、近しい世界を持ち合わせた創造者の作品世界に親近感を求めるものだ。現実には邂逅出来る機縁がないだけに、表現された世界観にこそ融合出来るうれしさを見るのだ。俳人の種田山頭火尾崎放哉は、世から外れた宿運故に行き着く先のない孤独を余儀なくされたが、率直な作品世界に開放された救いを感ずる。
a0282620_22362171.jpgだが、あまりにミニマムに構成された感性的な発露であるだけに、延長や拡大する世界性は持ち得ないので、そういう意味では読み切りなのだ。
そこへ来て、疎まれ忘れ去られたような人間生活の深みも拡がりをも感じさせるのが、いわゆる「つげワールド」である。
寡作で有名な「つげ義春」の漫画作品はもとより、氏の記した日常や旅の記録が実に興味深い。特に鄙びた湯地場での記録や、それら昭和40年代の温泉場風景を撮った写真など、失われたかつての日本の陰の実像を伝えているものにこそ、つげ氏の世界が濃厚に顕れている。

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a0282620_22385227.jpgつげ氏の作品で有名な「無能の人」の、この川原で石を売る光景はかなり衝撃的な図だった。人間が生きる糧を得なければならない世の宿命から隔たった、究極の姿がこの無能と呼ばれる商いの姿にはある。このシーンを発見し表現する氏の才覚に、もの凄い力を感ずるのだ。この一発で、この三次元に生きるしかない世の不条理を大砲のように打ちつけて来る感がある。
竹中直人が監督・主演した映画「無能の人」は、実に優れてこの世界を映像化した。
同様に、つげ作品を映画化した「リアリズムの宿」も貴重なつげワールド作品だ。
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つげ作品の、鄙びた温泉場の光景を細密に描写したカットは、まさにつげ氏の視線そのものの現実感を写し取っている。こういう「ゲンセンカン主人」のワンシーンのような光景は、もう今や映画のセットにしかないほど、時代の波にあおられ消滅しつつある。湯地の文化そのものが、日帰り温泉ブームや巨大温泉レジャー施設に取って変わりつつある現在では、寂れて潰れそうな温泉街はあっても、「鄙びた」に相応しい場はもはやあっても希少なものとなっている。


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ちくま文庫の『つげ義春の温泉』のあとがきに、つげ氏の古い湯地場を求めての旅の思いが記されているので、ここに引用しておこう。
a0282620_22493122.jpg 温泉好きというと、のん気で気楽な身分のように誤解されることがある。けれど私の場合は行楽としての温泉には関心がなく、昔ながらの地味で面白味のない湯地場に惹かれていた。
 そのような偏りは、青くさいことを言うと、なぜかこの現実から逃亡したい思いが無意識に巣喰っていたようで、その不安の癒しを求めて湯地場にこだわっていたのではないかと思える。
 古い湯地場はたいてい貧乏臭く老朽化している。ときには乞食小屋と見まごうボロ宿もある。浴客もみすぼらしく老朽化した老人ばかりで、見た目の印象では、“姥捨て”が想像され、その侘しい雰囲気が癒しになるのだった。
 姥捨ては、老いて社会的に機能しなくなった役立たずの捨て場である。社会との関係からはずれた境遇は、関係に規定されている「自己」から開放され、意味も根拠もなくなるのではないかと思える。意味も根拠もない存在とは「存在しながら存在しない」非存在といえる。
 すべての関係から切れて、誰にも承認されず束縛もされない開放されている例としては乞食を挙げることができるが、私にとっての逃亡の意味も、乞食のように「存在しない」ように生きることが願いであったらしく、姥捨てムードに浸ると、深い安らぎを覚えるのだった。
 といっても、そこに永住できるものではなく、宿泊中の一時的な慰めにすぎず、その満たされぬ思いから、しつこく湯地場めぐりをするようになったのではないかと思える。

                         『つげ義春の温泉』あとがきより -ちくま文庫-


a0282620_22465029.jpgつげ作品は、こういう湯地場への旅から生まれたものが多いようだ。旅行記を読んでいると、漫画のこのシーンはあの旅の文の中にあったというように、氏の写真も、漫画作品に描く場末の光景をストックしている意味もきっとあるのだろう。
写真家でない氏の写真のよさは、こういう誰も撮らなかった湯地場の世界を、ごく自然に写し取っていることにある。モノクロで作為なく切り取られた実在のかつての風景は、まるで貴重な民俗資料のように、ある日の日本を陰影に残している。

つげワールドに浸っていて、同様の温泉場風景は自分の写真画像のストックにもあったことを思い出し、以下に並べてみた。
伊豆の温泉場は、「鄙びた」というより、寂れて人の気が引いてしまったところが多い。その中でもつげ作品にまさに登場してきそうに思えるのは、東伊豆・松崎の奥の「大沢温泉山の家」かなと思う。
一見、山の妖怪が棲んでいそうな小屋なのだが、湯量は豊富でゴボゴボと湯が溢れる、完全掛け流しの温泉だ。野天で岩風呂の上には屋根がない。脱衣場は屋根があるが屋外だ。この怪しげな雰囲気に勝てるのなら挑戦してみるのもいい。但し、湯温が高いのでのぼせて危ういことにならぬよう要注意だが。
山の家の先には、湯治の宿泊施設も用意されているようだ。ただ、使われている気配はない。残念ながら今や、湯治で長期滞在するような場ではないようで、つげ氏が日本中を探索してまわった湯治の世界は、この伊豆には今やほとんんどないようだ。


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by martin310 | 2013-12-27 23:07 | アート

いずめぐり[IZUmeguri]:南伊豆「蛇石峠」・この先、新たな地上グリッドが設置されていくのだろうか?

a0282620_1744034.jpgこのところ、休みの度に車を走らせ、伊豆半島を巡っている。もっともその半島内に住居を構えているのだから、東・南・西・中伊豆ともアクセスよくどこへでも日帰りで行けるからとも言えるが・・・。
この半島を東・南・西・中伊豆とエリアを分けて呼ぶのも、案外、それぞれの地場の持つエネルギーの違いによる分類を、知らぬまにしているようで、これもまた妙味がある。地形の違いや林相や植物群落の違いでもそれはわかるものだが、このエリアを作品の舞台にした小説の世界からも、また、その地でしか生み出されないものをそれぞれに感ずるものである。
 例えば、「天城越え」のあの暗く陰鬱な世界は、決して「陽」の氣の東伊豆では舞台にならないし、「伊豆の踊子」が西伊豆の断崖絶壁をバックには物語りにならない。「獣の戯れ」が中伊豆の温泉地の物語なら、余りの救いようのない暗さになるだろうし、「しろばんば」で白浜の海岸を描くようなら、駄作になったかもしれない。それほどこの半島の位置の違いでの環境や景色、それによる情趣が変わり、雰囲気は格段に変化する。
国道を移動していると、それぞれのエリアのエネルギーの境界点、つまり結界のような場所がわかる。大抵は山嶺がそれを分け、貫道によって峠をつくる。
だから、多くは峠が結界になっている。○○峠と名がつくというのは、山塊の分岐点を指すのと同時に、エネルギーの境界点を暗に示しているともいえる。


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ここは西伊豆と南伊豆の分岐となる「蛇石峠」だ。松崎町と南伊豆町を結ぶ細い山道だけに、海岸に沿った国道136号線、いわゆるマーガレットラインを通ることが一般的で、むしろ「蛇石峠」はむしろ忘れられた道の趣が強い。
それだけに日中の交通量は数えるほどだ。撮影中にもたった1台が通過したのみだった。
もっとも南伊豆町自体が、伊豆で最も人口密度が小さいのだろう。ほんとうにここへ来ると人の気配がまばらだ。山際に民家が細々と並んでいるのみで、瓦屋根と白い漆喰のなまこ壁の家や蔵が、まさに崩れ去りそうにして点在している。半島の先端域のここまで来ると、首都圏からの人工的な波は、漸進的に軽減され、遂にはまったく波が消えて、ただ昔が今に時を止められたように静止している感がある。
ここは、「蛇石峠」を過ぎ、南伊豆町側にくねくね下った途中にある場所。いつもこの山の前に来ると、車を停め、自ずとカメラを向ける。
名もない山だが、常に目を惹き、しばし下から昇って来る谷川の瀬の音と野鳥の声を聞きながらそこへ佇むことになる。各季節違った趣を見せるが、この日は冬の陽光を浴びて、また実に神々しい感じに包まれていた。


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広葉樹が葉を落とし、裸木となり木肌を晒し、線を基調にしたカリグラフィックな姿となった冬は、他の季節にない繊細な線の造形美がある。だから自然と幹や枝のモノトーンのシルエットをよく写すことになる。ここの樹木たちも神々しい山を背に、その精緻な線形を主張している。
山峡の狭いくねくねした道を走れば、大抵はこんな山に目は行かない。見逃して行き過ぎる。余程、あたりの風景に敏感な視線で対象を捕猟していないと行き当たることはない。このあたり同じような山が上にもある。だが、まったく存在感が異なる。やはり、この山は“蛇石の王”だと思う。


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ここ以外にも、半島内の主なエネルギーポイントはいくつか巡ってみた。もちろん、時と共に地場は変化、変動するが、この「蛇石峠」以外は光側のポイントはまずは変質して、かつての威光は失われていた。それは人為的な手が加わった為に、波動の場が破壊されたという訳ではなく、「闇」の側のサテライト基地が機能停止したことと同義に、出力が閉じられ、その役目を終えた感が強い。
つまり、1990年代あたりから今まで、機能してきた「陰」「陽」両極の地場ポイントがリセットされ、無の状態、フラットの状態に回帰し、これからの新たなポイントが設定され、そこに移行される間際に今あるのか、という気がしている。むろん、今までの「闇」が支配する時代が去った訳なのだから、「闇」のサテライトは予定されることはないのかもしれないが・・・。
おそらくここから先、なんらかの地上レベルの新規計画が開始される気配も感じられる。つまり、新たな地上グリッドが設置されていくのではないかと、それまでのブランク期間が今なのではないか、表の世界の時事的な動きをみてもそう思えるところだ。
by martin310 | 2013-12-26 18:32 | スピリチュアル

なにやら自然界の“心の故郷”を呼び覚ますような映画『祖谷物語 -おくのひと-』予告編


予告編映像の冒頭を一瞬観て、あの河瀬直美監督の『萌の朱雀』の世界と空気感を同じにする作品だと直感した。こういう映画を待っていた感がある。
キャストを見てさらに驚き、その河瀬監督が先生役で演者として出演していた。
しかし、徳島県・祖谷(いや)とは凄い所だ。『萌の朱雀』の西吉野村同様、天空の土地のようで急傾斜な土地に人がへばりつくように棲むしかない、生きるには過酷な土地だ。その自然の中に、田中泯演ずるお爺の姿は実に野趣溢れリアルに絵になる。僅かな紹介映像だけでも、作品の持つ稀有な力が伝わって来る。
それにしても、若干20代の新進監督がここまでの映画を撮るとは、その機縁と実現の力に驚異を覚える。と、同時に国際的評価を集めることから、逆に日本人にこそ目を向けてもらいたい作品だ。


映画『祖谷物語 -おくのひと-』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=RS8nk4CBX_0

(C) 2012 ニコニコフィルム All Rights Reserved.
製作年:2013年
製作国:日本
日本公開:2014年2月15日
(新宿K's cinema ほか)
上映時間:2時間49分
制作・配給:一般社団法人 ニコニコフィルム
製作:映画「祖谷物語」製作実行委員会
カラー/シネマスコープ/35ミリ

公式サイト http://iyamonogatari.jp/より

新鋭の蔦哲一朗が監督を務め、『デッド寿司』などでアクション女優として活躍する武田梨奈をヒロインに迎えて放つ人間ドラマ。徳島県の祖谷を舞台に、都会から村を訪れた男と人里離れた山中で昔ながらの生活を送る村人たちとの交流を描く。舞踊家の田中泯や『さよなら渓谷』などの大西信満らが共演。35ミリフィルムに焼き付けられた四季折々の風景や、自然と共生することの大切さを訴える内容に感銘する。

ストーリー:ある日、自給自足の生活を夢見る工藤(大西信満)は、東京から豊かな自然が残る徳島県の村にやって来る。だが、見た目は穏やかな田舎でもイノシシなどの害獣と村人との戦いや、地元の土建業者と自然保護団体との反目などいろいろな問題が起きていた。そんな折、彼はへんぴな山奥で暮らすお爺(田中泯)や春菜(武田梨奈)と知り合い……。



日本最後の秘境、徳島県・祖谷(いや)。

その美しくも厳しい大地に根をおろし、時代に翻弄されながらも逞しく生きる人々がいる。本作『祖谷物語―おくのひと―』は、そんな人々の営みを真摯に見つめ、現代社会が見失って久しい“本当の豊かさ”を見出そうとする意欲作である。 東京を除く全てのシーンをオール徳島で撮影し、若草萌える春から雪に閉ざされた冬まで、四季折々の表情を見せる祖谷を克明に記録。また、揺れ動く人々の心情を温かに綴った物語は、スタジオジブリ作品「となりのトトロ」や「おもひでぽろぽろ」のように、誰の中にも眠る “心の故郷”を呼び覚まし、時空を遡ったかのような体験をさせてくれる。



撮影後記

私は祖谷の山々を駆け巡り、探しまわった。この物語に出てくるお爺と春菜のように、山奥で自給自足の生活をしている人間を。川から水を汲み、木を拾って火をおこし、山を耕し野菜を育てる人間が、もしかしたらこの秘境にならまだいるかもしれないという少しの期待を持って、私はひたすら祖谷の山奥を探し歩いた。
しかし、荒れた山道を登っても登っても、出会うのは腐った茅葺屋根の家と廃集落だけだった。もう日本にはお爺はいないのである。そこにあるのはお爺がいたというわずかな痕跡と、それを呑み込まんとする草木の存在だけであった。
またこの映画のために我々スタッフは人里離れた山奥で畑を耕し、蕎麦を育てたが、なるほど、この土地には人間や獣以外の存在が確かにいるのである。今回その奇妙で曖昧な存在を、幸運にもフィルムに焼き付けることができたと、私は確信している。
監督:蔦哲一朗氏

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by martin310 | 2013-12-21 22:56 | 映画

いずめぐり[IZUmeguri]:レトロ&モダンが新たなModernに。伊豆・吉奈温泉 「東府や」

a0282620_1744034.jpgここは、中伊豆・吉奈温泉の老舗旅館「東府や」。この建物は敷地内にある、『大正館・芳泉』というその名のとおり大正時代の建築物だそうだ。
「東府や」は、かれこれ30年くらい前に社員旅行で一度泊まったことがあるが、伊豆をくまなく巡っていても、その後一度も国道から折れて、吉奈川の上流にあるこの温泉まで入って来たことはなかった。だが、時代も変わり、この老舗旅館も、レトロとモダンを見事に融合した新しいリゾートに変貌していたのには驚いた。詳しくは「東府や」のHPをご覧いただきたいが、ベーカリー&カフェ【足湯テラス】なども新設され、3.6万坪の広さの広大な一大リゾートになっていたのだ。灯台下暗しとはこのことで、修善寺から先へは向かっても、この吉奈温泉は長年、素通りしていた。


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『大正館・芳泉』は、外装などは当時のままを残し補修され、内部はアールデコ風に改装されてカフェになっている。懐かしい格子窓から見えるシャンデリアはその室内電飾で、このときは改装工事の最後のようでまだオープンはされていなかった。だが、この窓の光景はどこか鹿鳴館時代を彷彿とさせるような時代トリップ感がある。



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D.I.Yで小屋作りなどやったもので、以前より建物の構造やデザイン、素材や塗装など、かなり自分の手で扱ったようなものはかなり興味がある。屋根があれば雨樋はどう扱っているのかとか、劣化しやすい破風の塗装はどうしているのかなど、板葺きの外壁はどういう塗料を使っているのかとか、興味は尽きない。



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足湯テラス側から見た『大正館・芳泉』だが、外壁の傷んだところの補修の仕方が実に見事で、発注した方も、施工した方も、かなりレベルの高い仕事をしていると思えて感心した。大抵、こういった裏側の部分は、塗装一辺倒で誤魔化してしまうものだが、かなり細部まで手が入っているのがわかる。古い旅館の裏側ほど、粗ばかり見えて興醒めすることが多いが、ここは園内が散策もできるようになっているだけに、客の視線への配慮が行き届いているようだ。



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レトロ・アンティーク・シェビーな味わいの世界がインテリやエクステリアのテイストでもてはやされている現在では、逆に、明治・大正期の本物の古さの味は、かなり違う意味でリアルに写るものだ。
ここに「東府や」で目についた、歴代のレトロな照明をご紹介しよう。
まずは、吉奈川に架かる橋の欄干のガス燈風の照明。「昭和3年竣工」となっているが、どこか解体された橋げたを移築したのかと思ったが、気がついてみると、この旅館は江戸時代からの創業というではないか。そう、この場に実際に昭和3年に設置された、本物だということがわかった。灯りの入った夜景も見てみたいものだ。



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大正館の横の通路にある街灯。アイアンのちょっとした曲線にしろ、ガラスフードの凝った形象と色といい、かなりいい味がある。ガラスをフレームで保護しているが、人の背高より低い位置にあるので、誤って割れないように気になってしまう。大事にしてもらいたものだ。



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これは少し下流の方にある芳泉橋の欄干の照明。台座は石造りで、金具も当然特注の手作りだろうし、この球形のガラスをもとにしたデザインなど、まさに当時の見事な職人の技だ。これら3つの街灯や、大正館の玄関脇の照明もそうだが、今や主要照明メーカーがアンティークテイストのデザインの見本にしそうな元祖的意匠がここにあるようで、既製品のなかにも同系統の形が生かされている気がする。

今回は、日本の旧く懐かしい文化を、意外にも伊豆の吉奈温泉に見た、という感じだった。当時の意図とは別に、現在のレトロ・モダン志向が、うまく当時からの古さを甦らせている成功例の典型のような場所だと思った。
by martin310 | 2013-12-19 17:19 | アート

いずめぐり[IZUmeguri]:白濱神社(伊古奈比咩命神社)


a0282620_1744034.jpgここのところ、以前とは時空がかなり変化して来ていると思えるので、今現在の伊豆の各所を巡ってみることで、過去との違いが波動的によくわかるかもしれないと思い、2013年の師走を迎えた今、おもいつくところを巡回してみた。
伊豆半島の地図をみれば、探ってみるべき特定のポイントは自ずと浮かび上がって来るのだが、そのなかでも一応、ヴィジュアル的に絵になるところに、ここでの焦点は向く。陰陽取り混ぜてという訳にはいかない。なにせ、「陰」の場所はとても被写体にはならないし、その気が起こらないからだ。(本当はそういう場所こそ、その存在と様態を知ってもらいたいのだが、とても画像にはできないし、情報としてもいろいろな意味で危険をともなうからだ)


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ここは下田の白浜。伊豆では珍しいトロピカルムードの紺碧の海と白い砂の広がる砂浜。その端の岩場にこんな赤い鳥居が立つ。
そう、ここは伊豆最古の神社といわれる「白濱神社」の海の遥拝地だ。神社は海と道路のあいだの小高い場所に鎮座している。この鳥居の岩場は、御幣(おんべ)流しという、毎年10月30日に行われる神事の場所のようだ。説明では、「大明神岩という岩から海中に十本の幣串(伊豆諸島の数と同じ)と供物を投げ入れ、諸島へ神々を送る神事」だという。
鳥居が海へ向かい、伊豆諸島を遥拝するという、つまり海の彼方の島々の神々を拝する神社であるようだ。
まだ陽が落ちる前だったが月が出ていた。水平線上にあるのは伊豆七島の「利島(としま)」である。天・地・海・島ががっちりと結びあったような、なんとも力強い黄金律のような場だ。
アングルを変えれば、下のように大島がバックにもなる。
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白濱神社は、正式名を「伊古奈比咩命神社(いこなひめのみこと)」というらしい。これはそのまま主祭神名をとったもの。
伊古奈比咩命とは、三嶋大明神(三嶋大社の主祭神)の「後后」らしい。つまり、大山津見神の後妻さんのようだ。
まあ、神社の説明する祭神の縁起はともかく、わかる方にはわかるだろが、ここに祀られる神は、少なくとも拝殿から坂を登った山上にあるこの本殿にて、出迎えられるのは日本の神ではなく、今から遥か遠い1万数千年前に、太平洋上にあったとされる超古代文明の初代の王だと言っておこう。その御魂を分けたのが大山津見神であり、その娘が木花咲耶姫命ということだ。
この山上の本殿の裏側には、古代祭祀跡があるらしい。(禁足地にて入れず)そこで火を焚き伊豆諸島を遙拝する神事が行われていたらしい。(現在は、火達(ひたち)祭という神事に残る)島々からもこれに応えて焚き合せを行ったといい、諸島から神々を迎える神事と見られるとある。
このあたりは、伊豆七島→伊豆半島→富士に至るレイラインのような流れが濃厚だ。



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神社というところは、行く度毎に、神気があったり翳ったり、または、自然の氣が減退したり戻ったりと、常にその時期によって変動することが多い。これには様々な要因があるのだろうが、ここに初めて足を踏み入れた、かれこれ十数年前の神気のみなぎりかたは尋常ではなかった。今よりは俗気に混濁されていなかった時期だったかもしれないが、参ったこちらの側のプロセスの始めという意味合いもあり、かなり衝撃的なものだったことを思い出す。
その後、訪れる度に、あれっ?と思うほど、所見の驚きはなくなり、感じられるものは微弱なものになる。かすかな中に受け取れる感覚を磨け、ということなのであろう。
今回も、下の拝殿はいつもスルーして、坂を登った本殿に参る。なにも波動的気配を感ぜず、拝殿もまるで空き家のように思えたのだが、やはりここはいつもそうだと思い出し、大屋根の上の背後の樹木を見ていた。折からの北風に大木はゆらぎ、葉はそよいだ。
風にそよぐ大樹の様のなかに「なにか」のありかを見た。あまりの心地よさに身体は身じろぎもせず。ただ、大樹が風に吹かれるように、体中の細胞の隅々までがその風に吹かれ、意識の微粒子のすべてが精錬されたようだった。
そのとき、自然に初参拝から十数年の様々なことがらが脳裡をよぎって行った。まるで、時代の変化、自分の身辺や意識の変わり様などなど、何も言わずも自ずとわかるであろう・・・、そんなことのようだった。



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海は生きている。脈々と命をつなぎ。
寄せ来る大波のように、時代の危機は民衆の前に寄せて来る。
人は痛みや危険を前にせずには本気を得ず、また惰眠を貪る。
幻惑の厚い膜に覆われた意識を起こすには、衝撃を必要とする。
それも命を奪いかねない危機でなくば、怠惰な貪りから起きようとはしない。
電脳的な情報で操作された脳と意識を甦らせることなしに、進むべき時代の意味はないだろう。
そのことを、かつて海に沈んでいった文明の残骸が、今語っている。
by martin310 | 2013-12-13 17:18 | スピリチュアル

天城湯ヶ島:世古峡三景(最新版)


a0282620_22334292.jpg昨日の記事で、湯ヶ島の世古橋からの眺めを「この下深く世古峡は流れるが、ここから眺める景観は湯ヶ島のなかでも屈指の風景だ。」と書いたが、その現在の風景を追加としてご紹介しておこう。
たまたま時間が空いたので、記事に書いた手前、どんなものか現在を見に行ってみた。折からの西に傾いた陽の光が、実にこの場の風景をいっそういきいきと浮かびあがらせていた。
行く度に違って見えるこの風景、今回はまずまずの時だったよう。
紅葉はとっくに終わっているかと思ったが、案外まだ残っていて、徐々にモノトーン化していく風景の中で、未だ色彩の鮮やかさを保っていた。


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世古橋の上から猫越川の上流側の景観。奥に見える建物は、「木太刀荘(きだちそう)」。高さのある谷間を、その木太刀荘を掠めて、この川上へ流れが右巻きに消えてゆく感じが何とも好きで、ここを通る度に撮っているほど枚数がある。季節ごとにまた違い、日中の時間帯でもまた違い、欄干からあまりの高さに恐々しながらも、何カットも撮るほど魅力的な場だ。どこかセザンヌの風景画のような構成的な要素に反応しているところもあるかもしれない。特に、木太刀荘の建物の形や色がどこかセザンヌの絵にある感じを思い起こさせる。


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世古橋から上流側左手にある樹。この独特の形の持つ雰囲気が、どこか西欧の古典画の世界を彷彿とさせるのか、ノスタルジックな感じをいつも持つ。バックの山の青と相まって、どこかここではない古い時代で見ていた風景の中に入っていくような、不思議なトリップ感を起こさせる。おそらくこういうものは、無意識のなかの過去生記憶の反応から来るものかもしれない。ずっと眺めていたい風景だ。


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世古橋から下流側をのぞいた風景。ここから岩がえぐれて淵になり、淀んだ流れになる。水面には空が青く反映し、白い岩と暗い影、それぞれの葉の色が混在して、実に極彩色のような画面になる。葉の色の変化によって、各季節まったく違う色彩の世界が見られる場だ。手つかずの自然が、まさに自然に作り出した風景であるが、橋の上から見る方向を変えるだけで、これほど豊かな世界を見せてくれるというのは、どこか大いなる意志が集中して働いていると思えても不思議ではないだろう。ここはそういう意味で特別な場だ。
by martin310 | 2013-12-11 22:44 | アート

オリジナル「Photo句」作品の第2弾・・・湯の町・湯ヶ島をテーマにまとめてみた。


a0282620_16323915.jpgすかさず「Photo句」作品の第2弾である。
今回は中伊豆の湯の町、湯ヶ島をテーマにまとめてみた。

作品づくりに、撮りためた写真画像をプレビューしていると、やはりこの地で撮ったものには独特の雰囲気が宿っていて、つい目が止まる。単に温泉地だからというだけに留まらない、何かある種の憂いを秘めた情趣があるのは確かだ。
かつては文人墨客がこぞって長期滞在して、この地で作品を書き上げたりした、一時期の熱い文学の時代の風に、土地としての影響が少なからずあったと思える天城湯ヶ島の地を撮るにつけ、寂れるだけ寂れた今も尚、かつて華やいだ時の記憶は、この地に深く沁み込んで残存しているように思える。
そんなところを写し撮って、観る方の感性のどこかに届いたら本望だ。



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湯ヶ島といえば周知のとおり、川端康成が一高時代にこの宿で実際に踊子と出会い、それを題材にこの「湯本館」に逗留し執筆したとされる名作「伊豆の踊子」をすぐさま思い起こすであろう。宿では今でも玄関の二階の部屋番号一番の「川端さん」という部屋を、当時のまま保存している。時代は違えど宿の雰囲気も健在である。
昭和のはじめ、汽車や乗り合いを乗り継いで、はるばる伊豆の湯の町へやって来た浴人は、きっと句のような思いを抱いたのではないだろうか・・・宿のあかりを見て。



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湯本館から猫越川沿いに遡って行くと、世古峡に架かる世古橋がある。その欄干のレトロなガス灯風の照明だ。この下深く世古峡は流れるが、ここから眺める景観は湯ヶ島のなかでも屈指の風景だ。
雨のそぼ降る日に、この橋に立てば、谷川の轟音とともに、昔日の面影の世界に取り巻かれる。いったい幾多の男女の旅情を掻き立て、想いの情のあふれたドラマがここから編まれたであろう。それはこの、物語を生むであろう土壌が醸し出す憂いの大気が、いくつもの愛憎渦巻く情恨のカルマ劇をここに邂逅する者たちに与えて行ったことであろう。そういう地場の記憶が渓谷の温泉地に今も漂っているのだ。



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小説「伊豆の踊子」の有名な冒頭の書き出し。・・・『道がつづら折になって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。』
物語はこの驟雨と共に展開していく。その雨が山を越えてやって来る。ああ、物語に描かれた世界とはこれだったのか。
滔々と流れる谷川は、その頃と同じ時間を奔流で繋ぐ。異なる時間のフレームは、いつしか境が消えて、物語の世界に自分がいることに気づかなくなる。そんな旅の味わい方もまた自由だ。次元をまたぐというのは、案外この感覚に似ているかもしれない。
by martin310 | 2013-12-10 14:22 | アート

私達は疑いのある大量監視を終わらせる必要があります。監視をやめろ! 「StopWatchingUs」

これは国家権力による監視社会の危険性を警告し、反対する主張を、実に的確にまとめ、コンパクトな映像にしたたいへん秀逸なものだと思います。是非、拡散し、共有しよう!

監視をやめろ #特定秘密保護法 #StopWatchingUs #TPP #itmedia
http://www.youtube.com/watch?v=nTKvPpmcBGc

<YouTube 文字起こしより>

・エドワードスノーデン氏や他の内部告発から 過去数ヶ月で意外な事実が浮上し―
・アメリカ市民への広範囲に及ぶ 監視へ不安を抱いています
・私達は最近 警告に目を覚ましました
・NSAの盗聴には通話の通信記録と インターネット通信の傍受や収集を含まれます
・音声 ビデオ 写真文書 チャットログ メールを含みます
・すべてのアメリカ人がNSAに 巻き込れる危険性があります
・犯罪の疑いがない一般市民が含まれます
・電話通信 インターネットサービスプロバイダー 大手企業が大規模な連携しています
・召喚状によりユーザーデータを 政府に手渡すより―
・電子メールプロバイダがサービス停止を することを恐れています
・私達は騙されてきました
・NSAはアメリカの数億人のいかなる データも収集していないのですか?
・いいえ していません
・以前にもこんなことがありました
・この国にあまりに多くの秘密があります それは政府を腐敗させてきました
・それは間違いだと判断したのです
・その時間違っていたし 今でも間違っています
・これは恐ろしい状況です アメリカの人々の 基本的権利の一つはプライバシーの権利です
・アメリカ人の自由に政治参加に対し 拘束されない違法で―
・秘密の脅迫や嫌がらせは 二度と起きることはないでしょう
・ニクソンの犯罪はインターネット利用の 数十年前におきたのです
・監視ツールはかつてないほど強力になり 市民的自由への脅威がかつてなく高まっています
・エドワードスノーデンは 最初ではありません
・真実を語ったためスパイ行為で起訴された NSAの内部告発者6人の代表です
・私達は国家としての岐路に立っています
・彼らが無差別にみなのデータ回収を していることに気が付きはじめました
・私が目撃したものは憲法違反だったのです 耐えられないことでした
・だから私は内部告発をしました
・これは私達の情報です
・これは私達の情報です
・これは私達の情報です
・これは私達の情報です
・これは私達の生活の デジタルアーカイブです
・自分の家族とのチャットのテキスト
・私達が大切にする根幹で 人道的なことの ために 私 が戦っていることです
・これはインタネットが使っている すべての内容です
・歴史は監視者を監視する必要性を 教えています
・監視国家では民主主義そのものが 死んでいるのです
・報道機関や政府から 独立した部署(訳注NSAを指す)という概念は 私達の政府の政治システムを 嘲るものです
・自由な社会は秘密の法律を 持つべきではありません
・安全保障とプライバシーの取引という 間違った話にすり替えてはなりません
・私達は闇のNSAの活動に 光に当てる必要があります
・私達は疑いのある大量監視を 終わらせる必要があります


<YouTube 概要より>

TPPもACTAも特定秘密保護法のすべて地球を不幸にする悪事です。「自由な社会は秘密の法律などを持つべきではない」これが本質です。(自民党とか民主党とか関係ないことです。既存政党政治の茶番劇に騙されないでください。

未来は既存政党の茶番劇から生まれるわけはありません。ラブデモ = 山本太郎 = 三宅洋平 = 海賊党 などの既存政党の茶番劇の外側から生まれます。日本でも始まっています。前進あるのみです。古いシステムは捨てるだけです。

悪法が制定されるたびに、人々の目覚めを促進し、人々は点と点を結びつけ、より深く理解します。そして、どのような未来を想像したいか真剣に夢を見続けます。頑張りましょう♥

警察国家を警告するビデオは以前に取り上げました。あまり恐怖を煽るつもりはありません。もう目覚めている人たちが多すぎるので、悪は崩壊寸前です。一層の覚醒を進めましょう。

by martin310 | 2013-12-09 22:13 | 社会問題

写真と句の組み合わせでこんな感じに。 “フォト句”作品 -1-


“漂白の自由律俳人”と呼ばれる「種田山頭火(さんとうか)」や「尾崎放哉(ほうさい)」の句を読んでいて思いついたのだが、このような自由律の俳句のような、またはコピーのような言葉を、自分で撮影した写真画像に添えたら、また新たな表現世界がもしや広がるのでは?と、そう思って早速試したみたところ、写真だけでは出せない、ましてや、言葉だけでは到底ものにならないものが、ふたつをマッチングさせることで思わぬ効果が出て来るように思えたのだ。
これは案外イケるかも!と、今まで撮りためた日の目をみない写真画像も、これなら表に出る機会もあるかもしれないと、そんな風に考えているのだが。
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別に俳句にこだわるつもりもなく、写真作品にこだわる気もなく、でも、こんな風景に出会ったときの思いを、こんな方法を用いると意外に伝わり易くなるかもしれないと、これを題して、写真と句での組み合わせから「Photo+句」、“フォト句”ってことにしようと・・・。

そんな大したことない訳から、この“フォト句”作品の初回展示であります。


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中伊豆の湯ヶ島の奥にある名もない山。この山道を通るとき、いつもこのこんもりした小山が気になり、車を停め、しばし眺めたり写真を撮ったりする。なぜかあたりの山とはちょっと違う力を感じるのだ。案外、未知のエネルギーが出ていたりするもので、でないとここまで反応しない気がする。


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西伊豆の宇久須あたりの海だと思われる。ここから小金崎にかけて見事なコバルトブルーが続いていた。寄せては砕ける白波とのコントラストが、いっそう生きている海を際立たせていた。音楽のように、詩のように白い飛沫が語り続ける。


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河口湖の勝山村あたりの湖面。変幻自在に変化する模様のような水面をずっと眺めていると、時の呪縛から解放されたようにやすらかな境地に入っていく。そういうつかのまの自然との交流を失わないように。
by martin310 | 2013-12-08 16:12 | アート