伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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「スモールハウスムーブメント」 女性セルフビルダーの草分けディー・ウィリアムズ(Dee Williams)の住まい


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「スモールハウス・ムーブメント」の立役者には、ほかに紅一点の女性、ディー・ウィリアムズ(Dee Williams)がいる。
彼女は、元々環境保護関係の職に就いていたようだが、環境問題に対する高い意識を持った彼女が、実際に日常の活動として何を起こしていったらいいのかに逡巡しているとき、シェファーのスモールハウスに出会い、自分の手でこの家を作るに至ったようだ。そのプロセスには、発展途上の国々で見た、あまりに少ない物で生活している現実を知って、それまで140㎡もの大きな家を持って維持していくことに辟易していた彼女は、一気に持ち家を売却し、シェファーのスモールハウスの図面を手に入れ、友人の家の庭にDIYで3ヶ月でこの家を作ったそうだ。
なんと彼女の家の製作費は計約70万円。トレーラーベースとソーラーシステムを引くと、本体は40万足らずで建てたのだというのだ。それは木材は廃材を探してそれを再利用していることによる、超コストダウンの結果だ。このあたりの経費の安さを見れば、どうもDIYごころが色めき立つのではないだろうか。


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また、トレーラーベースというのは、サイズが規格品で限定されることもあるが、小屋製作では基礎工事を抜きにできる利点は大きい。すでに頑丈な水平が出た平面があることは、その後の土台づくりには高効率だ。
但し、置き場所が平面で、しかも乗り入れ可能な場所でないといけないのは言うまでもない。我が家のようなすべて緩傾斜の土地ではまったく不向きであって、もし女性の初心者が基礎工事からはじめるとなると、きっとウィリアムズでも今一度迷いが生じたかもしれない。しかも、固定が条件なら友人宅の庭を拝借する訳にもいかないだろうし。


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彼女の家の中には、物としての数300を上回るものはないという。彼女はゲーム感覚で、所有する物の数を300個以内に決めているのだ。だから、室内は至ってシンプルで、逆に広く見える。約9㎡しかない家が、こんなに空間の余裕を感じさせるのだ。
確かに、自分の家の中を見回しても、物の姿ばかりが目につく。もう、物的数にしたら完全に飽和状態だ。もう、物はこれ以上買わないという欲求のセーブがなければ、どこまでも物が増殖していく。しかも、本当に必要なもの、身近に置いておきたいものは、きっと選別すれば極僅かに出来るのかもしれない。
今や、物に溢れた世界と決別していくには、自ら精力的に断捨離を実行する以外にない。まさに、“物を買うよりも、やるべきことがたくさんある” ためにだ。


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彼女は、自分でスモールハウスを建てた経験を生かし、すぐさま、自分に続くセルフビルドする人たちのサポートをする会社を立ち上げた。彼女の出現で、女性セルフビルダーは急速に増えたかもしれない。
彼女の自宅で開くワークショップを見ても、女性の姿が実に多い。スモールハウスのキットを購入すれば、あとは工作道具と作り方のノウハウさえあれば、可能性は開ける。それがツーバイフォー工法の扱い易い利点だ。

また、彼女のスモールハウスにあるスリーピング・ロフトには、大きな天窓が設置されている。天窓というのは、文字どおり天から降る光を採り入れる窓だ。
通常の窓からの採光とは、また一味天窓からの光は違う。上から降る光が室内に落とす陰影は、特別に美しく敬虔な雰囲気を生み出すものだ。
もちろん、夜には月や星を眺め、雨はガラスを打ち、流れる様子すら見ることができる。自然とより密接なつながりを持つことを可能にする、貴重な「窓」である。

そんなこもごもも含めても、スモールハウス・ライフというのは、新しいこれからの時代の住環境へのひとつの提案になるはずだ。シンプル&スモールという個々人からの自立的なECOが、静かに人々のあいだにムーブメントとして拡がってゆく可能性は十分にある。大仰で声高に訴える方法から、好んで実践してゆく力はきっと大きな渦を生んでいく気がしている。

※以上、高村友也著『スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方』をもとに記す。


Dee Williams featured in a National Building Museum Exhibition
http://www.youtube.com/watch?v=3MlMVqRYQB4#t=20


【スモールハウスについての当ブログの関連記事はこちら】

●これぞ、これからの生き方。スモールハウス・ムーブメント!
 ~「スモール」だからこそ得られる自由な生活~

 http://martin310.exblog.jp/19504825/ [2014年02月25日]

●「スモールハウスムーブメント」-2- ジェイ・シェファーが
 初めて作ったスモールハウスは六畳サイズだった。

 http://martin310.exblog.jp/19509607/ [2014年02月26日]

●スモールハウスムーブメント -4-
 経済至上主義のメインストリームからの離脱 (デヴィッド・ベルの場合)

 http://martin310.exblog.jp/19527351/ [2014年03月03日]

●こんな優れたスモールハウスが800年前の日本にすでにあった!
  鴨長明の“方丈庵”

 http://martin310.exblog.jp/19533947/ [2014年03月05日]

●忘れてはならない、デイヴィッド・ソローこそ、
 スモールハウスライフの創始者だった。

 http://martin310.exblog.jp/19539069/ [2014年03月06日]
by martin310 | 2014-02-28 13:51 | 田舎暮らし

「スモールハウスムーブメント」-2- ジェイ・シェファーが初めて作ったスモールハウスは六畳サイズだった。


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          ジェイ・シェファーと彼のスモールハウス“The ELM”


「スモールハウス・ムーブメント」は、1999年にアイオワ大学で美術の教鞭をとっていたジェイ・シェファー(Jay Shafer)が、初めて「スモールハウス」と名のつくものを建てたときに始まったようだ。
大きさは10㎡弱、つまり日本風にいえば(約)六畳という広さだ。
入口のデッキを含めて4.2×2.3mというサイズ。これは偶然にも、日本の建築基準法では建築確認申請のいらない建物ということになる。我が家の離れのミニログ、コスカAは4.3×2.9mだから、ほぼこれと同サイズの建物をトレーラーベースの上に組んだものが、最初のスモールハウスということになった。

彼は、“The ELM”と名づけたこの建物を作った心境をこう言っている。

僕は、自分の平穏な暮らしを支えてくれる家が欲しかったのであって、それを支えるために暮らしを捧げなければならないような家を欲しくはなかった。一方で、賃貸という考えは自分にはなかった。借り物じゃなくて、自分色に染めて使える、正真正銘の自分の家が欲しかったんだ。
(『スモールハウス』高村友也著より)


彼の家は、翌2000年に雑誌で賞を獲得し、突如として全米に注目の波が拡がっていったようだ。
この三角屋根のクラシカルなデザインが、内部の機能性と相まって、小さな建物でも堅牢なイメージから認知度が上がっていったような気がする。
DIYでの小屋製作の作例をいくつも見て来ているが、ここまでのデザインの完成度の高さは、なかなか素人では到達出来ず、さすがに美術畑の感性が生きていると思える。

以下の動画は、シェファー自身がこの自作のスモールハウスを説明しているものだ。彼は、のちにこれらスモールハウスを専門に扱う、Tumbleweed Tiny House Company という会社を立ち上げている。これがTumbleweed Tiny House Company の公式サイトだ。→http://www.tumbleweedhouses.com/


Jay's Tiny House Tour
http://www.youtube.com/watch?v=SbRvsWuWNUM


HPを見てみると、現在、4種類のデザインスタイルがあるようだ。
彼の最初の作品、The ELM でも、後部にドーマーがあり、よりベッドサイドとなるロフトの居住性が増しているようだ。
完成品のほか、材料と図面のキット販売もあり、DIY派にはたまらない魅力があるようだ。キットの製作プロセスの動画もあった。


Will's Tumbleweed Tarleton
http://www.youtube.com/watch?v=ylggdzkDmSE


これを見る限り、まさにツーバイフォー方式の壁構造の建物で、土台からフレームを立ち上げ、パネルを張り付けていき、断熱材や防水紙、ルーフィング、下見張りの外壁、コーナーボード、屋根材、デッキ、窓・ドアなどの建具、内装壁張り、床張り、外壁塗装など、いわゆる小屋の造り方とまったく同じだ。
ただ、限られた狭い空間の使い方の妙は、実に参考になる。僅かな巾や奥行きを利用しての収納や、窓の形や大きさ、それに絶妙な位置、光の採光の具合など、かなり洗練された設計になっていることだ。

完成品の設備は、コンロ、シンク、温水器、ガスヒーター、冷蔵庫、デスク、収納、それに給排水設備や電気設備までと充実している。この値段は約370万。キットは約160万、これは商品としての価格で、シェファー自身が作った当時は約100万で出来たという。それも、かなり材料にこだわったため、実際はさらにコストダウンできるようだ。
ということで、この六畳サイズのスモールハウスでは、前回記したように、あれこれいろいろ含めても100万の予算で相当なものが作れるということだ。
あとは、建てる土地が問題だが、とりあえず家屋自体はこの程度の低予算でOKということは実に大きい。1000万以上があたりまえの常識は、実は家としての過大な幻想に支配されている結果であることがわかる。独り、ないし二人のミニマムな住まいというのは、物を持たない暮らしに徹すれば、極小の居住空間で可能となるということだ。


いらない物をはぎ取っていくことから始めるんだよ。そうすれば、自分が物より優位な立場にあることがはっきりしてくる。-Gregory Johnson-
 (『スモールハウス』高村友也著より)



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【スモールハウスについての当ブログの関連記事はこちら】

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●「スモールハウスムーブメント」 女性セルフビルダーの草分け
 ディー・ウィリアムズ(Dee Williams)の住まい

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by martin310 | 2014-02-26 20:58 | 田舎暮らし

これぞ、これからの生き方。スモールハウス・ムーブメント!~「スモール」だからこそ得られる自由な生活~


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webの波間を漂っていても、なかなか探し求めるものに出会うことは容易ではない。もちろん、検索すべきものが明確に分っていて、ターゲットがはっきりしているものは、ググれば瞬時にヒットするのは当たり前だが、何かこーゆう、こーんな風な何か、ほどの漠然とした対象の場合は、その検索ワード自体もなかなか思い浮かばないものだ。
だが、ときに、何の気なしに見ていたページに、目を惹くリンクタイトルなんぞが飛び込んで来ることがある。何だこれ?って開いて見ると、もうトップページの画像からグッと引き寄せられるものを感ずるときがあるものだ。内容の文面を読む以前に、直感的に、あの閃きの瞬間に輝く、脳裡の光と歓喜を感じている。そして、細部にわたって読むうちに、そうか、自分が求めていた世界とは、こんな感じなんだったのだな、と、あらためて指し示され、巡り合わされたこの今というタイミングを感じるものである。
そのとき、今までのいくつかの自分の歩みが、フラッシュバックのように順序立てて瞬時に並び、益々、思うがまま今までやって来たことに、一気に合点がいくことになる。なるほど、あれに惹かれ、これを調べ、このことを経験し、この流れに辿り着く、そうか、なかなかうまく出来ている、内なるものの求めに応じて、次なるものが立ち顕れて来るものなのだ。

そうやって辿り着いたのが、この「スモールハウス・ムーブメント」だ。
つまり、ミニマム(最小限)な住まう仕組みで無駄を省き、煩わしいことなしに自由を謳歌して自分らしく生きる生き方・・・、これを実践して暮らすのがスモールハウスなライフスタイルだ。

当blogの記事でも以前、ディビッド・ソローのことを取り上げたことがあったが、まさにソロースタイルの現代版リメイクと、さらなる機能性バージョンアップといったところだろうか。


a0282620_15583453.jpg「スモールハウス・ムーブメント」は、この“毎年寝太郎”さんのHP(Bライフ研究所)、及びブログ(10万円で家を建てて生活する寝太郎のブログ)、そして、“寝太郎”さんが著した本「スモールハウス―3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方(同文館出版)」に詳しい。


その本の帯を見れば、説明なしでダイレクトに云わんとするところは解るはずだ。


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     家を小さくして、お金をかけずにシンプルに暮らそう、という世界的な動き。

    *持つべき物を取捨選択して、身軽な暮らしをしたい
   *消費社会に流されることなく、主体的に生活を築きたい
   *維持費のかからない住む場所を手早く確保して、自由に生きたい
   *大きな家の建築や冷暖房によって、資源を浪費したくない



筆者の高村友也さん(“毎年寝太郎”さん)の「10万円で家を建てて生活する」というのは、実にインパクトのある文言で、実践した著者の日常はHPやblogに記されているように、実に興味深いものがあるが、そこまで低廉な小屋にしなくとも、自分のDIYでツーバイフォー方式の道具小屋を作った経験から云えば、せいぜい100万もかけたら相当アートフルで機能的なスモールハウスは完成する。
もちろん、これはセルフビルドした場合のことだが、とにかく、ミニログクラスの住居でも、おおまかに施工料金の三分の一以上は人件費だから、それを自分が賄えば、総額150万から200万クラスの小屋は作ることが出来るという訳だ。

以下の画像のように、アメリカでは移動式のモーターホームであれば、4輪のタイヤのついたトレーラーベースの上に、ツーバイフォーで組み上げていけばこんなウッディで素敵な居住空間が生まれるのだ。これをマイカーで牽引していって、所定の敷地に固定すれば、もうその日かられっきとした家になる。(そえぞれの国の規定で異なる。日本では、土地定着性が条件のよう)


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コンパクトで機能性に飛んだ、自分独自の空間で自由きままに暮らすことは、多くの人の望みであろうし、その夢が叶わないような一般常識にあまりに拘り過ぎているのが現状なのではないだろうか。
そんな様々なしがらみから脱出して、残された今後の人生を自分主体で生きたいという願望は、必ず、これからの時代のニーズになるはずだ。
しかも、金融崩壊や異常気象、食料危機などが喧伝される今日、最もお金に支配されずに、物の取得や保持に労力をかけずとも、必要最低限な物たちに囲まれてシンプルに暮らすというのは、実際、生きるリスクから自分を守ることにもつながることになる。
時代から自分を守るとは、蓄財や物の所有を増やすことで安堵できるものではない。どんな危機が訪れようとも、常に身軽で、ミニマムな居住システムの中に居ることだ。自然と共に生きて、天を仰ぎ、地を敬って、地球に生かされて生きることが、人間に幸福をもたらすに違いない。
(つづく)


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 初めて作ったスモールハウスは六畳サイズだった。

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  鴨長明の“方丈庵”

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●忘れてはならない、デイヴィッド・ソローこそ、
 スモールハウスライフの創始者だった。

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by martin310 | 2014-02-25 16:08 | 田舎暮らし

ロジャー・ディーンの幻想的世界を大雪山系で見た。Yesの「同志」"And You And I"


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※クリック2ステップで拡大可能


a0282620_9413564.jpgこの絵は、「Yes」“危機”(Close To The Edge)1972というアルバムの二つ折りジャケットの内側を飾る、ロジャー・ディーン(Roger Dean)の作品だ。


ロジャー・ディーンのこれらの幻想的世界の風景イメージと、「Yes」の音楽は絶妙な融合を見せ、彼らの音世界をいっそう異次元的で宇宙大の広大なイメージへ飛翔させる力を与えたように思える。
なかでも特に、アルバム中にある「同志」"And You And I"という曲は、まさにこの絵の世界をトリップして浮遊するような臨場感を感じさせる。(以下のYouTube映像で聴ける。 )


And You And I in HD by Yes
http://www.youtube.com/watch?v=FZcGc-nbLco

「同志」"And You And I"
  i) 人生の絆 "Cord Of Life"
 ii) 失墜 "Eclipse"
 iii) 牧師と教師 "The Preacher The Teacher"
 iv) 黙示 "The Apocalypse"


●ロジャー・ディーン 日本公式ウェブ・サイト
 http://www.rogerdean.jp/


a0282620_9451520.jpg雲が棚引く聳え立つ岩山の上に、滔々と溢れ湧き出る水が悠然たる滝となり眼下に落ちている。岩峰の頂は湧水の湖となり、深い碧水を湛えている。そこへと連なる山岳路は、空中を渡り湖岸へと見知らぬ人々をわたすのだ。
いったいこれは・・・、だが、どこかで見ていたことがあるような。
こんな風景の星はきっとあるはずに思える。
夢で行ったのか、遠い魂の記憶なのか?

10年ほど前に、北海道の大雪山のまわりを巡ったことがある。
層雲峡の“銀河の滝”や“流星の滝”を見たとき、このロジャー・ディーンの絵の世界を思い浮かべた。
いったい、あんな岩山のさらなる上に、滝の水源になるような水がどこにあるのだろうか?岩山の頂に、満々と水を湛える湖でもあるのだろうか?と・・・。それとも、特殊な重力場があって、水が天へと逆流して滝口まで昇っているのだろうか?
そんな思いにかられたとき、「Yes」の音場が拓いていった。そこに在って、ほかにも在るような不思議な実在、夢幻的な世界に意識は遊んだ。

神秘な神の創造物は、偶然でも奇跡でもなく、あきらかに意識的に、意図的に、創造の意志のあらわれとして顕現しているものだ。だからこそ、その場は神気に満ち、光降りる場となる。
神にふれるとは、その神の地場で神威に邂逅することでもある。



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        【層雲峡 “銀河の滝”



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 【層雲峡 “流星の滝”



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        【天人峡 “羽衣の滝”



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        【白金小函 “白ひげの滝”
by martin310 | 2014-02-23 09:36 | アート

映画『THEY LIVE』を観ておくべし! vimeo.com(日本語字幕版)


映画『THEY LIVE』 (日本語字幕版)
http://vimeo.com/43298360


a0282620_9372252.jpg映画『THEY LIVE』 (1988 アメリカ)
*監督:ジョン・カーペンター
*原案:レイ・ネルソン 『朝の八時』
*脚本:フランク・アーミテイジ(=ジョン・カーペンター)


映画『THEY LIVE』については、ネット上のあちこちで話題にのぼっていたことから、その存在は知られているかもしれないが、実際、この映画の全編が日本語訳と共に公開されているとは知らなかった。(YouTubeには断片的にあるが)
今回はじめて視聴してみたが、やはりぱっと見はSF、ホラー、アクション映画の体裁に思えるが、だが、しかし、その中に散りばめられたメッセージはかなり辛辣で、驚異に飛んでいる。88年当時、ここまであのアメリカ産の映画の中に、闇の世界支配の実際が盛り込まれていたとは、実に興味深いものがある。
奇しくも、ここに描かれた現実世界の裏にある真実像は、今まさに、多くの意識的な人々が目を見開き、感知できるまでになりつつある。
SFは、多くの場合、隠された先進の極秘情報をもとに作られていることがある。彼らは、手の内をわからないように披瀝して盛り込むことを愉しむところがある。
この映画も、そのひとつなのかどうかはわからないが、以下のような言説を持った脚本は凄いと言わざるをえない。


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「ヘビの毒は、その唇の下にあります。彼らの口は苦味と呪いに満ちている。そしてその行くところ、破滅と不幸以外なにもない。そして神への恐れは彼らの目の前にはないのです!彼らは私たちの指導者たちの感情と精神を獲得してきました。彼らは富裕で権力のあるものを採用し、そして彼らは私達を真実に対して盲目にしてきた!そして、私たち人間の精神が壊れています。なぜ我々は貪欲を崇拝するのですか?なぜなら、私たちの視界の範囲外に、私達を食い物にしながら、誕生から死に至るまで私たちの上に腰掛けている、私たちの所有者たちがいるからです。私たちの所有者―彼らは私たちを所有している。彼らは私たちをコントロールしている。彼らは私たちの主人である。目を覚ませ。彼らはあなたがすべてで、あなたを取り囲んでいる!


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「我々の衝動は、向け直されつつある。我々は一つの人工的に誘導された眠りに似た意識状態の中に住んでいる。(・・・)貧乏人と下層階級は増えている。人種的公正と人間の権利は存在しない。彼らは、抑圧的な社会を作成した。そして、我々は彼らの無意識的共犯者である。意識の消滅によって休息を支配する彼らの意図。我々は、夢うつつのトランス(恍惚)状態へと騙されそれ信じ込んできた。彼らは我々が自分自身と他人とに無関心であるようにしてきた。我々は、唯一の我々自身の利益に焦点を当てさせられている。理解してほしい。彼らは発見されない限り安全である。それが彼らの生き残りの主要な方法である。我々を眠らせておけ。我々を利己的に保て、我々を鎮静状態に保て。」


以下のサイトに、この映画について優れた読解力で解説した記事がある。ここにこの映画の重要な要旨がまとめられている。奇妙でグロテスクで嘘で、欺瞞に満ちた世界像を見極める目を養わなければならない。

●blog「さてはてメモ帳」さんの解説
『ゼイ・リヴ』、強力なメッセージを有する不気味な映画
-1- http://satehate.exblog.jp/18040926/
-2- http://satehate.exblog.jp/18041001/

●blog「天下泰平」さんの解説
 THEY LIVE WE SLEEP(彼らは生き 我々は眠る)
 http://ameblo.jp/pure-tenkataihei/entry-11777032051.html
by martin310 | 2014-02-22 09:45 | 映画

“Epitaph”歌詞より・・「全人類の破滅の定めは 愚者どもの掌の上にある」


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YouTubeのお蔭で、今ではティーンエイジャーの頃、胸を熱くして聴いていたポップスの名曲の数々を、昔を懐かしみつつ聴くことが出来る時代になった。ラジオで聴き知るあの時代以来、30年以上の時が経過して、まったく時代性の変わってしまった現在、改めて過去の曲に聴き入ることで新たに見えて来るものも多いものだ。
特に、当時から今につながる精神傾向は、その求める音楽ジャンルのうちにも、早くもその萌芽を見て取ることが出来る気がする。
a0282620_1819927.jpg全米ヒットチャートを賑わす曲の世界とは別に、やはり精神性、音楽性、芸術性の趣向をも感じさせるプログレッシブ・ロックの世界は、どうしても心惹かれるものだった。
70年代に心酔した「ELP」や「Yes」以前に、プログレ全盛期の初期の金字塔と呼び声の高い、かの有名な「キング・クリムゾン」『クリムゾン・キングの宮殿』には、1969年というまだ楽器機材や録音システムも発展初期だったにもかかわらず、優れて完成度の高い楽曲が収められていた。
中でも、“Epitaph”という曲は格調高く、重厚な音世界で心に残っていたものだ。
で、聴き直してみて、いったいこのグレック・レイクの歌う重々しい楽曲は何をうたっていたのだろうかと、歌詞を検索してみた。
驚いたことに、この曲はあのピート・シンフィールドが69年という時代性を最も反映させて書いた、かなり文学的、哲学的要素を持った詞であった。
そう、69年とは、東西冷戦からベトナム戦争が泥沼化してゆく時代で、そこからカウンターカルチャー世代がヒッピー文化と共に開花してゆく時代である。
同年にあのエポックメーキングとなったウッドストックがあったことは、実に象徴的な出来事であり、この時代の精神文化が太陽黒点活動のピークと同調して、以後の時代をリードしていくこととなる。つまり、ここから70年代は始まったといえる。



King Crimson - Epitaph(墓碑銘)
作詞:Peter Sinfield

予言者達が書き付けた壁は
割れ目から崩れ落ち
殺戮の道具の上に
日の光は燦然と輝く
あらゆる人が悪夢や夢想とともに
引き裂かれていく時
栄冠など何処にもありはしない
静寂が叫びを呑み尽くしてしまう

破滅の定めの鉄門のもとに
時の進行の種子は播かれ
聡明かつ著名な偉人達の行ないが
水を与えてきた
掟を決める者がいないのなら
知識とは死を招く友
全人類の破滅の定めは
愚者どもの掌の上にあるようだ

錯乱こそ私の墓碑銘となろう
ひび割れ荒廃した道を私は這い進む
どうにかなるものなら腰を下ろし笑ってもいようが
しかし 私は明日が怖い 私は叫び続けるだろう
そうだ 私は明日を怖れ 私は叫び続けるだろう



ピート・シンフィールドは、こう書く。
「全人類の破滅の定めは、愚者どもの掌の上にあるようだ」 と・・・。

彼が当時、どこまで世界を操る影の勢力のことを知っていたかは定かではないが、冷戦構造もそれ以前の大戦も、さらにそれ以前の大戦をも、皆、起こすべくように起こしていたことは、きっと現在の情報開示の時代まで、その本質と詳細は知らずに書いていたのだろうと思える。

以下に、いくつもある“Epitaph”の動画の中からこれを選んだ。

何かとてもシュールな画像で構成されていて、中世のアーサー王の世界のような戦乱からはじまり、後半は、WWⅡの世界を描く。
まさに、“Epitaph”(墓碑銘)の音空間にマッチする映像だ。

それにしても、70年代は当の昔に過ぎ去っている訳にもかかわらず、未だにこんな世にまたしても国民を道連れにしようと、躍起になっている政権が存在し、時勢を動かそうとしているのだから、まったく人類はあの時代から何も変わっていないのだ。
もはやこんな陰惨な時代を望む気の狂った輩を早く引きずり降ろし、彼らの“Epitaph”(墓碑銘)を歌ってあげなくてはならない。


King Crimson - Epitaph - BBC 1 (Peel Sessions) 1969 HQ Legendado
http://www.youtube.com/watch?v=Sg4pAYkqPLY



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by martin310 | 2014-02-20 18:22 | 音楽

白く塗り固められた関東甲信越。宇宙からの視線。


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この衛星画像は NASA の WORLDVIEW による2月16日の関東甲信越の模様。(画像クリックの2段階で拡大可能)それに、目安として地名をポイントしてみた。
雪の降雪量がそのまま白の濃度差に表れている。甲府盆地はまさに厚い雪の層に覆われ、塗り固められたように封じられている。
この中に、孤立した南牧村も、早川町も、国道20号も、碓氷峠も、精進湖も、小山町須走も、檜原村も、天龍村・・・もあるのだ。

こんな大気圏の外から地球を眺められるのも、現代のテクノロジーの進歩の恩恵だが、これほどのリアル画像を眺めているとつい思いに浮かぶのは・・・、
「これは宇宙からの神の視線だ。また、UFO搭乗員の方々の視線でもある。」など考える。
この白い魔物に覆われた世界で、人々は動きを封じられている。
懸命な除雪作業が昼夜を徹して行われている。
そして、数々の大雪に関する情報が行き交っているのだ。
「南岸低気圧」「ジェット気流」「人工大雪」「スノートレイル」「CME」「情報統制」「政府対応」「天ぷら総理」・・・。

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ズームアップして地上に降りれば、その白い膜の一角に我が家も在る。
未だ家のまわりは雪原が占めている。
我が家では、生垣の10本のコニファーすべてが雪の重みで折れてしまった程度の被害だったが、未だ豪雪に見舞われた地域の方々はもっと様々な試練にあっていることだろう。

それにしても、道路を含め、我々の生活を支えるライフラインの脆さは決定的だ。ひとたび塞がれると数日の暮らしさえ危ぶまれる。如何に普段の安泰な生活が、これほどの脆弱な姿を隠し、絶妙な均衡のもとで成り立っているのかを実感出来たことだろう。物資の流通が遮断されれば、すぐさま「食」が保てなくなる。
燃料も電気も通信も絶たれたらと思うと絶句するほどだ。
現代人はことのほか、厳しい自然環境の中で生きる力を持っていないのは明らかであり、危機が訪れれば瞬時に日常が崩壊してしまう。
非常時に生きて凌げる装備工夫を、もっと真剣に準備しておかないとと、今後の先行きにも考え及んだ今回であったようだ。

穏やかで癒しに富んだ自然も自然だが、過酷で厳烈な自然もまた自然の真の姿であり、それらすべての様相を持つ自然の脅威こそが、神のあらわれでもあるのだろう。故に、自然、神に向ける「畏れ」を忘れてはならないのだ。

起こることのなかから気づきを得て、この警告を意味あるものとして命を保っていかねばならない。


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最後に、そんな大自然の、冬から春への変化の映像をまとめたものを発見したのでどうぞご観覧を。(後半、音声がやや不調になっているよう。)

Olafur Arnalds - For Now I Am Winter Timelapse Season {Hiver}
http://www.youtube.com/watch?v=tVHytlO9DwM
by martin310 | 2014-02-19 14:26 | その他

落日の静寂・・・音もなく静まりかえった世界で。


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a0282620_1527233.jpg陽が静かに落ちてゆく黄昏時、空は刻々とその表情を変えてゆく。
この静寂のしじまの中の空の変容を眺めることは、ひとつの至福である。

森閑として静まりかえり、時だけが推移してゆく。
陽の傾きは想像より早く、山の端に日輪は最後の輝きをいっそう強めながら没してゆく。

海は音もなく凪ぎ、風も梢を揺らさず、大気だけが密やかにより冷めてゆく。
残照が雲の腹に火照りを残すように居座っている。



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「静寂」・・・、
音もなく静まりかえった世界。


今やこの寂寞とした静謐の世界こそ、豊かな智に溢れていると思える。
ものや事象や風景、風物を通して、その奥まったところにある高遠な“光”に触れることこそ、地上世界にあって宇宙と交感することではないだろうか。

人間には本来、五感を統合した上に、それらを凌駕する超越的感性の“霊性”というものを備えているはずなのだ。
この五感と右脳とのバイパス回路から、さらに魂のセンシティヴな領域へのルートを開くと、日常では感じ得ない次なるレンジの感覚世界への広がりを得ることが可能になってくる。
そこには、時空間に限定されていない波動による記憶の宝庫があったりもして、現前する視界を越えて、過去の転生時の同調する記憶回路が起動する場合もある。だから、今であって、今でない、タイムトリップ的な時空の窓が開くことがあるのだ。つまり、時間や空間を隔てて同調重複するような世界の重なりを体験し、そのことはまた、自分という魂存在の永遠性、感性記憶の普遍性のようなものを実感したりもすることになる。

それが本来、人間の次元を跨いだ実在性というもので、これを知覚できることはすなわち、命の永遠性、自己存在の真のリアルを得ることにつながるのである。

それ故に、西の大空を仰ぎ見て、落陽のひとときの静かなるドラマを眺めることは、宇宙と共にある自己との邂逅であり、同調、和合でもある神秘なる体感を得る瞬間でもあるのだ。


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いつの日からか、人はこのことを忘却してしまったようだ。
個としての分離は、他者や全体とのことだけにとどまらず、宇宙や地球そのものとも分離孤立してしまったことが、自我の増長、闇意識の拡大につながって来た背景にあることだろう。
人は美しい星と宇宙と共にあるべきだ。


そんなことを感じさせてくれる映画がある。
ネット上で発見した劇場未公開(日本)、DVDにもなっていない貴重な映像だ。
EU圏では事実上の発禁状態になっているという不運な映画だが、面白ろ可笑しさの中に、実に見事に今の地球文明の不可解さが散りばめられている。本当の幸福な世界とは?を考えさせてくれる秀逸な映画だ。


美しき緑の星(日本語字幕版)
http://www.youtube.com/watch?v=RslSNu9exEY

フランス映画「美しき緑の星」日本語訳
コリーヌ・セロー監督作品(1996年フランス)

《作品紹介≫

誰もが協調のうちに暮らし、みんなが幸福で互いに助け合い、何でも分かち合い、お金の必要がなく、自然と共に暮らす世界があったとしたら……そんなの、ありえない?

「美しき緑の星」は他に類を見ないフランス映画です。メディア経営者らの手によってEU内では事実上の発禁状態にされているのです。マイナーなチャンネルで深夜に放送されたことが2回ほどあるのを除けば、1995年以来、テレビで放映されたことはありません。ヴァンサン・ランドンやコリーヌ・セローなど、有名な俳優が出演しているにもかかわらず、探しても、なかなか見つからないのは、そのためでした。これは、世界中の人々に大きな目覚めを呼び起こす映画です。昔から、本当のことを隠しておくのは難しいものですが、ちょうどそんなふうに、みなさんも本当のことを知るに至ったというわけです。


《監督の言葉≫

世の中の仕組みを根底から問い直すクレイジーな映画を撮ってみたいと思いました。それで長い時間をかけて考証を行ったのです。無駄になったシーンやアイデアを書き留めたノートが何冊にもなりました。次から次へと疑問が生じたのですが、そのすべてに答えが得られたわけではありません。そうして、風にそよぐ木々に見守られながら、台本の執筆に取りかかったのでした。

完成した台本を見た人たちの反応は実にさまざまでした。このプロジェクトの資金援助には乗り気でない人たちが何人もいるとプロデューサーのアラン・サルドが言います。「本当にこの映画を撮るつもりですか?」と彼が言うので、私は熱を込めて「もちろんです」と答えました。

かくして映画は封切られたのですが、完全な失敗でした。誰も興味を示さなかったのです。客が入らず、批評家からは酷評されました。業界にとって、この作品は理解不能のUFOだったのです。しかし、この映画は死にませんでした。こうした逆風にもかかわらず「美しき緑の星」は生き残り、生き物のように成長し、人の話題となったのです。この映画が必要とされているからでした。この映画が世の中に発するメッセージのためだったのです。一緒に映画を見て語り合う「美しき緑の星」クラブのサイトが、いくつもインターネットに見られるようになりました。

私は早すぎたのでしょうか? この映画のように価値観を根底から問い直すことで世の中を変えることが必要な、ぎりぎりの瀬戸際まで私たちは来ているのかもしれません。

コリーヌ・セロー

by martin310 | 2014-02-13 21:45 | スピリチュアル

大雪が去って、次元に重みが残った。


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a0282620_1527233.jpgそれにしても、近来稀にみる大雪だった。
またいつもの大袈裟予報に終わると思いきや、2日にわたって降り続く雪の量は半端なものではなかった。
雪に慣れないこのあたりでは、除雪対策も緩慢で、いつ来るかわからぬ除雪車の動向によって、結局、3日間も完全に外界と閉ざされた家々が多い。
予期していない事態に、食料も3日目となるとかなり乏しくなる。
西に面して海からの強風が吹く我が家のあたりでは、一日中吹雪いていた。
こんな温暖な伊豆で、雪煙に煽られ、あたりが煙る情景というのは、まず見られるものではない。まるで雪国に迷い込んだような週末だった。

a0282620_11195192.jpg右は、家の前の道路だ。雪原というより、雪の海のようになっている。ガードレールがないと、道の境がわからないほどだ。雪は車の車高を越える。
こんなときでも仕事で、急坂を下界とのあいだで登り降りしなければならない。雪が解けかけて緩んだときの、運転不能の恐ろしさを嫌というほど味わって、起こりうる恐怖を酷く感じた。

その上に、さらに重なるように、憂心のとおりの時事の結果が相乗して、心的平静からはかなりさざ波立った感がある。
元の安寧な状態に戻るにはそれ相応の情報探索を必要とした。事の真実のあらましを掴むまで、納得のいく総評は持てないものだ。
ありがたいことに、今では有能な代替メディアとなっているサイトがいくつかあるので、表の情報にはない総合的流れを俯瞰することが出来る。
また、その過程で自分の意識の領分についても再考するような機会にもなった。

この自然界の贈物は、実際の目の前の大雪以上の何かをきっともたらしているだろう。ダメージだけを被ったわけではないのだ。
ひとつには、世を見透す上で、見掛け以上の裏に内包される蔭に隠れた部分にまで実在性を与え、三次元現実の重層的な重みを捉えた上での本格的グランディングを促されたような感じを受ける。
屋根に積もった雪が解けて、未だにときおりどすんと大きな音を立てて落ちるように、世の見えざる改変に現実の重いリアリティを加えて、未だ遠くにある光の世界を引き寄せる手筈を指し示しているように思えるのだ。

実のところ、一見、今までどおりの事の成り行きで、支配欲に飢えた者どもの勝利のように見える絵柄も、非物質レベルでの強力なバックアップを繰り広げていたサイドの力は見る影もなく廃れ、今や、バックアップ機構なしの人力勢力のみで事を動かそうとしているように見える。
これはそうやすやすと今までのようには行かず、必ず粗が見えて行き詰るものだ。何せ見えない裏で手配されたいたネットワークが機能せず、強力な集合的な波をつくり出すことは無理からぬことだからだ。
もはや今の時を迎えては、偽の光を持った有力者が成功を収めた時代は、もう過去のことになるだろうから。


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by martin310 | 2014-02-12 11:20 | スピリチュアル

ワイエスが教えてくれた冬の風景の魅力


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我が伊豆の山にもうっすらと雪が降った。
純白の粉を蒔いたように、絵の具のホワイトが小枝の輪郭の上部に塗られた。

今まで、冬といえば写真もオフの季節のように、景色に色が無くなるのが撮る気力を殺いでいた。色彩の鮮やかさの魅力だけを本位にしていたところがあったからだ。冬枯れた世界にも充分表現世界が開けているのを教えてくれたのは、アメリカの画家、アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth,1917年7月12日-2009年1月16日)だ。
a0282620_20344514.jpgWikipediaには、「アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる」と記されているのに、まったく今までその存在を知らなかった。まして、作品自体目にしたことがなかった。が、あるblogで紹介されていて、作品をいくつか見て驚愕した。モノトーンに近い抑えた色彩のなかで、何気ない牧歌的風景やその地の人々を描いている。それもかなり細密な画法で。

枯れ草をここまで美しくモチーフにできるであろうか、冬ざれた建物だけを描けるであろうか。画家は、「私は秋と冬が好きだ。その季節になると、風景の骨格が感じられてくる。その孤独、冬の死んだようなひそやかさ」に魅了されていると言う。
a0282620_20352995.jpg画家は華やかな都会を嫌い、田舎の限定された場所で生きることを求め、メイン州の農村に別荘を持ち、ペンシルベニア州の本宅と別荘の間を行き来しながら数十年を過ごしている。描いたものは、その周辺の風景と人物に限られている。
「平凡なことがいい。だが、それを見つけるのは容易なことではない。平凡なものに信頼を置き、それを愛したら、その平凡なものが普遍性を持ってくる」

a0282620_20354721.jpgそういう画家の姿勢や生き方にも共感を覚え、早速、「The Heiga Pictures」という輸入版の中古画集を求めた。
「ヘルガ」とは、本宅の近所の農婦で、画家が15年間の長きに亘りモデルとし、240点もの作品に描いた女性だ。
この画集には、ヘルガ像の油彩はもとより、様々な素描や淡彩などが収録されている。ワイエスは水彩にも優れた作品が多い。その素描に淡く着彩したものなどから、重厚な描写法の構造的なものが垣間見える。必要なものだけを端的に描写したスケッチには、画家の視線と絵づくりの骨格が見て取れる。だが、どうしても超細密な質感表現の手法がわからない。描写力は超人的だ。

a0282620_20361050.jpgそのことよりも、作品の持つ静謐な精神性に深く魅入る。
「人はよく私の絵にはメランコリーが漂っているという。たしかに私には強い無常感があり、なにかをしっかり捕まえていたいという憧れがある」
「私はものごとに対してロマンティックな空想を抱いている。それを私は絵に描くのだが、リアリズムによってそこに到るのだ」
このあたりは実に画家の作品世界を物語っている。

画家の冬の裸木のシルエットによるカリグラフィックな表現には、自分の視覚的興味の部分が一致するところがある。実に魅力的な樹木の梢の姿を見せてくれる。そういう影響もあって、このところ、空に樹木の梢が映える画面を撮ることが多い。
そこにロマンティックな物語性を見るからなのだが、以前の記事にも書いたように、今年の光の降下によって、風景の見え方が微妙に変化している。特に、繊細な線の集積で形づくられている梢の先のあたりに、この波動のロマンティシズムが霊妙に発光しているからなのだ。

それを追ってこの淡い雪景色も画像に留めおこうとした。
天からの“光”とは、このような一種微妙な幽遠な趣を醸し出しているものとして・・・。


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by martin310 | 2014-02-05 20:36 | アート