伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
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八ヶ岳高原ロッジ・・・日々鈍化した感性に新鮮な高原の風を吹き入れる。


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しぶりに八ヶ岳高原へ行って来た。
今年一番の真夏日のような暑い日に、標高1600メートルの海ノ口の八ヶ岳高原では肌寒く、ウインドブレーカーを羽織らないと車外に出るには冷えるくらいだった。行きには当然、窓を少し開けて走っていたが、甲府に入るとエアコンを入れて走らずにはいられないくらいになった。さらに長坂ICを下りて清里に入る頃には、道路の温度表示が16℃を下回るようになり、標高と同時に気温差がいっそう激しくなった。

a0282620_20542234.jpg八ヶ岳高原ロッジの庭ではミツバツツジが満開の頃なので、ちょうど2ヶ月遅れの春を迎えているところだろうか。標高の上下は、そのまま季節の行き来をしているようで、夏と春をわずか短時間で同時に味わっている感じだった。

ロッジからさらに登って、標高1633メートルの地にある“美鈴池”は、残雪が残る八ヶ岳連邦をバックに、芽吹きはじめた白樺の木々の緑が鮮やかだった。
いつもここまで来て、山を下ることになる。天空の池は、今日も穏やかに澄んだ池面に青い山影を映していた。


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a0282620_2055185.jpgい返せば前回来たときは、極寒の季節、1月の半ばでこの池は完全凍結して、尚且つ、厚い雪に覆われていた。池のありかはほとんどわからず、木々に囲まれた平坦な雪の広場があるだけだった。来る度毎の季節の変化は、ここを訪れる愉しみのひとつだ。
この日も、美鈴池からの戻り道、別荘地内に鹿の剥製があるのかと思いきや、本物の鹿のつがいが低木の若芽をむしゃむしゃと食べていた。鹿は一瞬動かないときがあるので、一見した瞬間、ガーデンに設置されたレプリカかと思ってしまう向きがある。そう認識した次の瞬間、急に動きはじめるので驚いてつい、「鹿だ!」と必要もなく叫んでしまうのだ。鹿くらい当然いるのに、別荘の庭になんでもなく大きな影が動くのは、やはりちょっとびくっとするものだ。


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原ロッジの目当ては、レストランのシェフのおすすめランチ。「八ヶ岳ランチ」というお手ごろなホテルランチがいつも愉しみで、時期毎にメニューも変わるのだがいつも期待を裏切らない。
そして、アートサロンの展示イベントを見て、ロビーで庭の野鳥を眺める。ロビーに飾られた巨大な生花のアレンジメントは毎回驚異的な美しさだ
a0282620_20554759.jpg高原ロッジはアーティスティックな雰囲気に満ちていて、八ヶ岳や森の美しさの際立つ環境のなかでいっそう美意識が純化されるような気になる。こういう感性に新たな高原の風を吹き入れることができるような環境を持つというのは、実に有意義なことであり、そこへ季節毎に新たな感覚で訪れることができるのは幸福なことだと思うのだ。
この地のエネルギーに触れて来るだけで、心身ともに峻烈な大気の洗礼を受けたように、瑞々しさが続くことになる。生気とは、最も自分の意識が歓びで満たされる場において充電されるもので、これが身体や意識の核になる魂の玉座に光のチャージを与えるのではなかろうか。こういう場が、本来のパワースポットであり、それは各々皆違うのだと思う。自分独自のパワースポットを探し出すのも、ひとつの心の旅でもあるのだろう。


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by martin310 | 2014-05-30 21:04 | とっておき八ヶ岳

ガーデンベンチの完成と設置完了・・・これでゆっくり庭を眺める環境は出来あがった。


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a0282620_2053145.jpg5月23日の記事ではガーデンベンチの組み立てまでが終わったところだったが、その後、塗装を施し、予定どおりコナラの木の下に設置するまでが完了した。
出来上がりを眺めて、ほぼイメージどおりの出来でけっこう満足な気分でいる。これから次々と宿根草軍団が色鮮やかな庭景色を見せてくれるだろうから、このベンチで少しゆっくりと眺めるとしようかと思っているところだ。だが、性分として気になるところがあると、手を入れようと動き出すこともありで、なかなか長くは座ってはいない気もする。写真だって撮らないわけに行かないので、あっちこっち動き回るのでまたオブジェ化する気配もありだ。

→下地に水性ペイントで白く塗ったガーデンベンチ。これでも随分がらっと雰囲気は変わった。が、さらにブルーに塗るのだ。特にマスキングなどもなく、ただひたすら表面を塗り込めていくだけの作業。座板や背板の隙間は刷毛が入らないこともあり、とても塗りにくかった。そういうところは組む前に塗っておいた方が後が楽だと思ったが、後の祭りだ。


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塗装は「バターミルクペイント」を使うことにしていたが、それだけでは屋外での強い陽や雨ざらしに耐久性は如何なものかと思い、下地に通常の水性ペイントを塗っておこうと思った。“ヴァージニアクロックブルー”の発色を良くする為もあり、アクリルエマルジョン系のホワイトの3度塗りで下地を作ったうえに、「バターミルクペイント」を2度塗りした。計5度塗りという用意周到な塗装で、露天に置くガーデンベンチを出来るだけ保護しようという考えだ。なにせ木材的には最も耐久性に難のあるSPF材なのだから、塗料の皮膜で保護しない訳にはいかない。

「バターミルクペイント」は、思ったより以上に塗り易く、伸びもよくムラにもなりにくい、仕上がりはややマット(艶消し)な感じでいい味がある。それと、“ヴァージニアクロックブルー”は容器を開けて見たときは、予想よりグレイッシュなブルーだと思ったのだが、塗って乾くと色が濃くなり、彩度もやや上がるようで、仕上がりはかなりブルーが濃い感じになって、イメージに合って来た感じだ。
実際、庭に設置してみると、まわりのグリーンとよくマッチして、モダンな雰囲気になったと思う。艶消しの表面が粋な色合いを生み出すようだ。アメリカの開拓時代からの伝統的塗料といわれるが、これなら家具に使ってもかなり味わいのあるカラフルさが出るだろうと思われる。しかも、クラック塗装など、様々な方法でアンティークな表面を作り出すのも可能な訳が感じられる塗料だ。

a0282620_205417.jpgガーデンベンチの設置場所は、右から左へと傾斜があるので、予め水平を保てるように砂利とレンガで高さを合わせる工事をした。といっても簡単なもので、右がレンガ一段と左がレンガ三段で水平が出るように土を削り、砂利で調整した。人が座るだけの重量がかかるだけなので、モルタルなどは使わず簡易的な基礎にした。ただ、座ったとき、足元が地面まであき過ぎるので、山土を少し買って来て埋める必要があるなと思っている。


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a0282620_207246.jpgバラのアーチは、深紅の薔薇、女王のジョセフィン・ブルースがほぼ終わりを告げ、ラベンダーラッシー(ピンク)とサマースノー(白)が主役に取って変わったようだ。特にラベンダーラッシーの用意されている花芽は数限りない。今にぎっしりとピンクの花に覆われることだろう。

マイガーデンにブルーのベンチが加わったことで、また一つ点景にどっしりとしたものが増えた感じだろうか。新たな憩いの場所と同時に、それが絵をつくるオブジェにもなる、そんなDIY作品のモデルになったかもしれない。



≪当ブログのガーデンベンチ製作記事≫
(その1)
●DIY でガーデンベンチ製作/つい座りたくなるベンチ・・・、が出来た!(2014/05/23)
(その3)
◆DIYでガーデンベンチ:足もとにレンガを敷いた。(20014/06/08)

by martin310 | 2014-05-28 20:30 | *D.I.Y

懐かしい曲:ブレッドのオーブレーを聴きながら・・・マイガーデンの今を眺める 。


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えて3年目になるエゴノキの花が、今年はじめて咲いた。いや今までも咲いていたのかもしれないが、その記憶がないほど過去には目立つことがなかった。今年はあきらかにこれがあるべき姿だというように、存在を主張している。
a0282620_1430533.jpg緑が鬱蒼としてきた下段の庭のなかで、白い下向きの雫のような小さな花々が、ひときわいっそう際立って見える。あたりには、花弁の形がなぜかイラストアート風だからか、童話チックな感じが漂っているようだ。妖精の世界のイマジネーションを掻き立てるような趣がある。
木のつける花というものも、けっこう魅力的なものだと、あらためて思った。


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年は今まで、苗が植えられた環境が思わしくなく、どうも一様に華々しく咲けなかった花たちが見事に復活を遂げているものが多いようだ。このブルー・ムーン[Blue Moon](↑)も、コニファーのあいだに挟まれた日当たりが芳しくないところに閉じ込められて、「黒星病」や「うどんこ病」などに苛まれて、本来の花を華麗に咲かせることが叶わなかった。病んだシュートを何度も剪定されて、丈すらも大きくなっていないのに、今年はそんな日陰のなかから勢いよくシュートを伸ばして見事な花を咲かせた。香りもとても高い。
黄色いゴールド・バニー[Gold Bunny](↓)も同様、去年までの黒い斑点が残った葉にもかかわらず、花だけは整った姿を色鮮やかに見せている。
ガーデニング関連のブログを巡っても、案外、同様な復活したバラの花の記事が多いようだ。それだけ、今年のエネルギーは植物の生育にとって良好なものをもたらしているように思える。

a0282620_1431315.jpgそれと共に、虫たちの環境にも変化を与えているようで、もうバラの天敵である「チュウレンバチ」や「バラククバチ」それに「ゾウムシ」の最シーズンは過ぎたようだが、今は毛虫が異常発生してバラの強敵と化している。毛虫はバラに限らず、柔らかい葉を持った植物ならなんでも貧欲に食すようで、フリシアクレマチスギボウシの葉にも大きく太ってついている。そのままにしていては食い尽くされる危険にさらされているので、朝夕の庭の見回りは欠かせない。
その度に、驚くほどの数を退治しなければならないほどだ。最も多いときで20匹を超える。それほどまで徹底して排除した翌日には、また姿を現すという異常事態だ。いったいどこから湧いて来るというのだろう。


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このところ雨が多い。植物には恵みの雨でもあるが、せっかく形良く伸びた花がしなだれたり、花弁の並びも崩れることが多く、庭の概観がやや乱れる様相を呈するようになる。それも、“俄か庭師”の贅沢な望みなのだろうが、それを差し引いても雨がもたらす細菌性の病気の方がもっと恐い。梅雨が近づけば自ずと「うどんこ病」や「黒星病」が猛威を振るうことになる。これが蔓延するのは致命的な打撃になるので、今や予防が第一の防戦なのだ。
なので、雨の続いた後は、日没後消毒をする。黄モッコウは、花が終わると決まって葉に白い斑点が出る。するとシュートの勢いも鈍り、病的な感じになっていく。今年も予想どうり、既にその状態になっているので、このタイミングでの消毒は欠かせない。


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やバラに関しては、我が庭は最盛期にかかっているので、花好きな近所の人が見に訪れることもある。すると、今や盛りの大輪の花を見て、一様に自分の家にもと思うらしく、早速苗を買うような話をしていく。
確かにこの時期、庭がこれほどにぎやかしく色鮮やかに溢れるのは、誰をもうれしいものだ。文字通り花盛りというのは、植物を育てる者冥利に尽きる時節だから、この愉しみを味わいたい気持ちは人情だろう。
だが、その裏で、咲かせるに足る手間や気苦労のようなものも当然味わう。興にかまけて勢い良く大苗をたくさん買い込むと、それと同時に、虫と病気の「種」までももれなくついて来ることは、少しぼかして伝える気遣いは忘れない。

a0282620_14311496.jpgなにはなくとも、美しいものを見るにはそれなりの代償が伴う。その法則を如実に示すのが、このバラのガーデニングだろう。自分でやってみてはじめて、この美しくも脆くはかない植物のデリケートさを理解するだろうから、はじめから意欲を殺ぐようなことは云わないようにしようと、できるだけ心がけているつもりだが、つい今までの出来事が頭をよぎる。
惨憺たる情景を見た経験は、次に勤勉さを生むものだ、と言い聞かせながら、また“俄か庭師”はまだ駆け出しの部類の経験値をさらに積み重ねて行こうと、密かに決意のようなものをするのだった・・・。


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そんな庭の情景をご覧いただきながら、懐かしいこんな曲をどうぞ。ブレッド って好きだったなあと、ついあの頃を思い出す庭師なのでありました。


オーブレー/ブレッド Aubrey/Bread

https://www.youtube.com/watch?v=IDa7FdpsA5w
by martin310 | 2014-05-26 14:28 | ガーデニング

DIY でガーデンベンチ製作/つい座りたくなるベンチ・・・、が出来た!


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          ▲木工作が終わったガーデンベンチ。塗装前の無垢のままの姿。


a0282620_13192288.jpg我が家の庭の最下段の端にあるコナラの木の下に、ガーデンベンチを置きたいと思い、いろいろネットで物色していたが、なかなかこれはというものがなかったので自作することにした。
既製品でも、希望する小振りのサイズのアカシア材・オイルステイン仕上げの木製ベンチ(価格は1万円前後)はあるにはあったが、どうもちょっと華奢なつくりで、耐久性がどうかとか、座り心地がどうかとか、ちょっといまいちだったので、結局、DIY することにしたのだ。それも、ちょうどツーバイ材で作れるガーデンベンチの設計図もネットに提供されていたので、早速、それをもとに作ることにした。


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               ▲この木の下に置いて庭を眺めようと考えているのだ。


a0282620_13201955.jpgそれは、DIYMALL ㈱大里さんのオンラインショップページ
http://ohsato.nsf.jp/simpson/benchi.html
にあるもので、もともとシンプソン金具を使ってのDIY 例として載せられているものだ。㈱大里さん自体が産業機器用部品のメーカーさんなので、シンプソン金具の販売普及の為のものだろうが、とても優れた設計で無料提供されているのは実にありがたい。この例で使用するシンプソン金具購入には3000円ほどだが、自前のDIY ノウハウによると、シンプソン金具など使わず、ダイレクトにコーススレッド打ちでOKだと思うので、かかるのはツーバイ材と塗料くらいのものだ。
※「DIYMALL ㈱大里」さんのページはリンク切れになっているようで、ほぼ同様の設計でこちら「DIY-TOOL.COM」さんのDIYレシピのページに板取や詳しい作り方などが掲載されているようです。必要な方は参考にどうぞ。(2015/6/9追記)
http://www.diy-tool.com/wp/recipe/rc/bench01/

購入したツーバイ材は、
・2×4、6フィート・・・9本
・1×4、6フィート・・・3本

だけで、〆て4000円位だった。

裁断寸法も図面に記されているので、ただ黙々と採寸してカットしていくだけで、部材を揃えるのは実に簡単だった。やはり、なんといってもこういう裁断だけなら、スライド丸のこを導入したのはものすごく効率的だった。あっという間に正確な部材をつくることが可能だ。あとは、組んでいくだけ。
ツーバイ材はもちろんSPF 材なので、柔らかいので加工は楽だ。だが、一応75ミリのコーススレッドを打ち込むので一応下穴は開けて割れを防いだ。
各部2本ずつのコーススレッドで固定していったが、けっこう頑丈なつくりになった。予想どおりシンプソン金具なしでも十分いける。

座板と背板は隙間を均等に少しあけるが、これがなかなか手間で、正確に隙間を均等にするのに、あれこれやり直したりした。コーススレッドなので外すのも楽だから出来ることだ。座板は裏側から打っているので、やり直しても粗が見えない。
ちなみに、脚の左右をつなぐ長いレールは、図面どおりにカットしたら実際は寸足らずになってしまったので、これは現物合わせで後から長さを決めた方が無難だ。

ちょっと独自にアレンジした点は、肘掛の部材の先端をジグソーで丸くしたところと、背板の支持材を支える後方の脚の上端にアールをつけてエッジの形を柔らかくしたことくらいだ。形のバランスも設計どうりで十分いい感じなので、他にいじるところはなかった。


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▲どっしりとした重量感。実際ほんとに重い。ひとりではとうてい持ち上がらない。ちなみに置き場所はここではなく、木の下。撮影用にここに置いただけ。


ここまでの製作で6時間位で出来てしまった。あとは塗装と、設置場所の水平を取るのに、レンガをかます工事を残すだけだ。

出来上がって初めて腰を降ろしてみたが、まあ、実に安定して快適なベンチだと感激した。どっしり重量感があって、座板の奥行きも十分あり、背板の傾斜もちょうどいい。特に、肘掛の存在がとっても具合がよく、片腕を背板の上部にまわして足を組んで座ると、もうこれは至福のリラクゼーションだ。
ツレもとてもお気に入りのようで、つい何度も座ってみたい気になると言っている。できたらデッキに置いたままにして、いつも楽しみたいとか・・・、好評である。2人で座ってもまだ余裕があるほどの幅で、1140ミリのサイズはコンパクトでも二人掛けには理想の数字なのかもしれない。

確かに、ベンチも形や構造からつい座りたくなるものと、意外とそうでないものがあるようだ。人は座り心地がよさそうなのを直感的に感じる何かを持っているようで、このベンチならきっと人を呼ぶことになるだろう。というか、座るのは自分なのだが、これならコナラの木の下で、ゆっくり庭を眺める気になるかもしれない。今までは居ても数十秒でまたすぐに次に移動してしまうことしきりだった。

もし、ガーデンベンチを自作したい気のある方には、この作品はお薦めだ。(製作費はなんと6000円位で出来てしまうというのも魅力)


※追記。
a0282620_13215261.jpg色はどうしようといろいろ考えあぐねた結果、今回初めてオールドビレッジの「バターミルクペイント」というアメリカの開拓時代からの伝統的塗料を使ってみようとネットで注文した。水性塗料でありながら抜群の伸びがあり非常に塗り易い塗料だということで、その柔らかい色合いも気にいっている。色は、“ヴァージニアクロックブルー”というブルー系にした。さて、どんな仕上がりになるのか、今から楽しみである。来週晴れていれば完成だ!

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▲ここに置いて、座ってみてもいい感じだった。今までの風景が違ったように見える。ゆったりした気分になるのが不思議だ。あらためてベンチというものの魅力を感じた次第だ。


≪当ブログのガーデンベンチ製作記事≫
(その2)
●ガーデンベンチの完成と設置完了・・・これでゆっくり庭を眺める環境は出来あがった。(2014/05/28)
(その3)
◆DIYでガーデンベンチ:足もとにレンガを敷いた。(20014/06/08)

by martin310 | 2014-05-23 13:41 | *D.I.Y

幸福な時間・・・森の向こうに虹が出る。


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激しい雨と風で一晩家を洗った天気は、束の間の晴れ間を見せて、庭の緑をいっそう清々しく輝かせていた・・・。
a0282620_16404479.jpgまるで風雲急を告げるように低い雲が勢いよく空を飛び、残った風で木々を揺らす。天に雲の隙間ができると、そこから陽光がすべてを明るく照らし出す。流れた雲の跡に蒼穹が広がって、緑の葉がおりからのつむじ風にどうと揺れる。なんと気持ちのいい朝なのだろう。

窓辺の光に誘われて海の見える西の方を眺めやると、わずかに虹の欠片が見えた。すかさず外へ飛び出し、低い弧を描く七色の帯を追った。シャッターを切ったあとモニタでチェックすると、なんとか虹色が見えなくもない。からくも思いがけず虹の風景が撮れた。



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美しいものに囲まれているというのは、実に幸福な時だ。瑞々しい命のほとばしりを光というなら、それはなによりも増して光に満ち溢れているといえよう。
a0282620_164896.jpgだが、それにはそれまでにする為のそれなりの労力は惜しめない。手数や気の向け方が自然の応え方をも生んで来る。さらにそれ以上の何倍もの、美しくない世界の実態をつぶさに識ってからこそ、本当に美しいと感ずる感じ方が養えるものだとも思う。それは表の虚飾に満ちた偽善を見透かし、騙しの裏にある裏の本質まで懲りるくらいに人の意識のていたらくを実感してから、そのなにものにも代えられない美というものの素晴しさをありがたく受け止める感性を磨けることにあるだろう。
a0282620_16483445.jpg人間が無軌道に生み出す人口の世界に、そのような天の理に適う美の世界があるとは思えない。人間の意識の根源があまりにうす汚れ過ぎて、汚辱にまみれ過ぎている。一見どんなに洗練され時代性を持ったように見えても、裏側にうごめく利欲の隷従の徒の仕業が見て取れるからだ。
そんなものの一切ない世界のうちに居れる場を持つとするなら、例え独りよがりの世界であろうとも、自らの手で造り出す以外にないだろう。自然と共に自分の手になる空間を生み出す。それが住まいであり、庭の持つ、我が世界なのだと、今日の日の風雨に洗われた庭から、森の先に現れた虹を眺めるのだ。



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by martin310 | 2014-05-21 17:02 | 風景探勝

緑一色に膨れ上がる庭に、薔薇の鮮やかな色が加わる。


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a0282620_20214286.jpg一面に緑が制覇していた我がガーデンにも、漸く彩りの主役たるつるバラたちが開花しだした。
平地ではあちこちの生垣や庭先でバラの姿を見るが、標高を少し上げた我が家のバラ族もやっと大きく膨れた蕾から花びらを開きはじめた。

今年は消毒のタイミングがうまくいったのか、いつもより害虫や病気の被害は少ない。(それでも、ゾウムシや毛虫は数が多かった)肥料の具合もいいのか、例年より大ぶりで花にボリューム感があるようだ。
この咲き始めの花の香りを嗅ぐのがなんとも楽しみで、庭へ出る度にバラの花に鼻をくっつけてバラのアロマに酔うのである。一説には、この香りは脳にとても良いというらしく、くんくん嗅いでは脳の活性化を促しているのだが、まだ効果はない。

a0282620_20222328.jpg現在開花中なのは、「ホワイト・クリスマス」「レオナルド・ダビンチ」、それに「つるティファニー」あたりだ。これからまだまだその他の品種が開花を待っているが、あまりに人の目につかずひっそりと咲いているのが不憫にも思う。
なにせ、家の前の道は人通りがあまりにもなく、通っても決まった散歩の人だけで、しかも、生垣のコニファーがあまりに巨大に生長し過ぎて、道路からは庭の中がまったく見えなくなってしまったからでもある。
バラ好きの近所の人がちょっと見学に来るだけで、我がガーデンのバラたちはあまりに日の目を見る機会がないので、せめてブログ上でもお披露目してあげたい心境なのである。

もっとも、ガーデンネタのブログ記事は多く、しかも季節柄バラの画像はどこにもあるので、もう食傷気味かもしれないがありふれた画像にご容赦を・・・。



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今年は以前の記事にも書いたように、西側の庭の土留め板がどうにも腐敗がひどく、全とっかえしたので多少花壇のスペースが広がり、植えてある植物の空きが出たので、そこを埋めるためにまた新しい苗を買い足した。
サルビアのネモローサ“スノーチップ”“スノーヒル”“ローゼンウェイン”などで、成長すれば丈は40~60センチにもなるようなので、またいっそう庭先がもくもくと膨らむように花々が咲き乱れることだろう。
a0282620_20245550.jpgどうも、色彩的にはブルーや紫系の花を選んでしまうようで、割と青っぽい庭になりそうだ。庭づくりにも色の好みは色濃く出てしまうようで、絵を描くのと同じ感覚で色彩構成をしてしまう。特に、ネット上の花の画像を頼りに選ぶので、やはりパレットの絵の具を選ぶように、好みの色以外はなかなか手が出ない。

花の色や形、全体の姿形にも自分の受け入れられるものと、そうでないものは明確にあって、好まないものが入ることを極力避ける嫌いがある。なので、ホームセンターの花売り場を見てまわってもなかなかこれはというものがないのが現状だ。なので、おのずとネットのおきまりの苗屋さんと相成る。但し、今年はもう植える場所はない、飽和状態だ。


a0282620_202669.jpg今、庭の外れのコナラの樹の下に、木製ベンチでも置きたいと思っている。そこから母屋方向の庭を眺めるのがことのほかいい景色で、たいていの写真のアングルもそこが多くなる。ただ、座るところがないので、いつも突っ立って眺めている。
ネットで調べたが気にいるものがない。サイズも小振りなのがいいので、やはり自分でDIYすることにした。ペパーミントグリーンに塗装なぞすれば、けっこう夢見心地でかわいいのではないかと構想を練っている。
庭はほかにない寛ぎの場なのだが、案外、じっと眺めている時間は短い。そこでベンチでもあれば、もう少し自分がのんびりするのではないかと思うのだが、今でも母屋の外壁に沿って置いてあるベンチはあるのだが、なかなか座らない。じっとしていず、すぐ手をつけて動き出すのが常だ。だから、新しいのを作ってもきっとガーデンオブジェになることだろう。


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by martin310 | 2014-05-18 20:35 | ガーデニング

海辺のホワイトアウト・・・静止する時間を味わう。


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a0282620_11244691.jpgこの日は伊豆半島の左側半分を走ってみた。
沼津市の三津あたりから海沿いの道路に出て、大瀬崎、土肥を通って西伊豆へ、そして蛇石峠から南伊豆へ入り下田まで。帰りは中伊豆経由で戻るという、半島の約半分を円環に結ぶルートだ。

雨上がりで気温高く、春霞で遠くは煙る中、新緑のむせかえるような青臭い匂いが一日中、開け放した車窓から香っていた。まさに、“薫風”の名の如く、初夏の5月の緑の匂いはある種、植物的エロスを醸すように半島の森に充満していた。

沼津湾のへりを走る大瀬崎へ続く県道17号線へ入ると、いきなり静まり返ったべた凪の海がそうさせるのか、人や車の数が激減するからなのか、もう長閑さを超えてある種、時間の流れが急に間延びしたように緩くなる。
山の迫った狭い土地に漁村らしく民家が寄せ合って並び、波静かな湾を隔てた向こうには、沼津の都市部の景観がまるで蜃気楼のように対岸に遥かに浮かび上がる。
この日のうす曇りの白い光は、海と空の差を失くすように色を抜いて見せる。かすかな潮の香のする静まり返った海に、リズミカルに配置されたヨットや漁船の影が浮かぶ。それが対岸の駱駝の瘤のような山並みを背景に、まるでホワイトアウトするように夢幻的に揺れるのだ。

a0282620_112573.jpg伊豆の中でも、国道を中心にした平野部の人口密集地と、このようなそれらをひとたび外れた場との違いは歴然としていて、目に入る賑やかしい景観と素朴な村の気配の違いはもとより、生活自体のリズムの大きな差異を感じるのと、やはりそこに流れる時間感覚の相違はまるで時差ボケのように感じることがある。わずかな距離を移動しただけに過ぎないのに、時間感覚の落差は驚くほど急に来る。
動いているものは、遠くの漁船の影と風に揺れる梢の葉だけだ。
海の向こうに淡くシルエットで浮かぶ富士の姿を眺めやりながら、そのもとに広がる市街地のビル群が、いっそう喧騒と混乱と経済と情報と、人の群れと車の群れと、そこに行き交う錯綜した人間感情と欲望の渦の中で、幻の架空の世界のように思えるから不思議だ。
いったいどちらが幻なのだろうか?
こんな寂れた漁村にだって同じ時代の波は寄せている。
それだからして、寂れになり、過疎に潰えるのだろうし、点在する集落には崩壊した廃屋の姿も目にした。民宿もペンションだって閉鎖ばかり目につく。

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同じ地平、同じ時代、同じ時間軸上にありながらも、あきらかに違う時間の流れ・・・。そのどちらがどうということもなく、ただ思うのは、場や環境が生み出す基底時間の流れに自覚的であるべきだということだ。人は知らぬうちに、このベース時間の領域に巻き込まれていくものだからだ。
流れに乗るというのは、その場その場の持ちうる時空の規範に身を任すということで、そこに違和感があれば自分が合わないという答えである。
時間の流れも周波数であり、エネルギーだから、自分が許容できる振幅の中で生活をし、暮らしを営めるのが、そもそも心や情緒の豊かさにつながるはずだ。

ときには、時間の止まった世界を味わうことで、日頃のやや疲弊した時間波動のずれを解消し、癒すことが出来るのかもしれない。そういう力を自然は持っているのだろう。だから、人は本来ときに海山を目指すのだろう。

そんなとりとめのないことを考える、伊豆半島半周の一日だった。

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by martin310 | 2014-05-15 11:31 | 風景探勝

オリジナルYoutube 作品/『 SKYSCAPE 』が完成! 音楽とともにどうぞ。


SKYSCAPE (Martin Island) / Thomas Newman - Ghosts [HD]
https://www.youtube.com/watch?v=PFgEMlGtq9w
※オリジナル動画作品 “SKYSCAPE” 公開です。高画質モードでご覧ください。


4/29 の記事「神秘の夕景に見るものは、・・・自然界の現象のもたらすもの。」で何点か写真画像を掲載したが、それらの夕景の画像にその他を加え(写真点数は全17カット)、Youtube 作品/『 SKYSCAPE 』という動画をつくってみた。これは今年の3月5日の夕暮れどきに、我が家の前の路上から撮ったまるで3000メートル級の山の頂上からの風景のような、実にドラマチックな雲上の世界と見まがうほどの画像のいくつかだ。
音楽は“Thomas Newman”“Ghosts (Aaron Static & Fort Road Remix)”という神秘的なアンビエント・ミュージックを使わせてもらった。(実曲は9分51秒もあるが、ここでは約半分に短縮)これがなんとFree Download というのだからありがたい。調べてみると、けっこうインディーズ系のものはフリーで提供されているものがあるようだ。探せば自分のイメージに合うものが見つかりそうで、今後もすぐれた音楽素材になってくれそうな気配だ。
* SoundCloud - Hear the world's sounds
  https://soundcloud.com/

動画編集はまったく久し振りで、すっかりソフトの操作方法を忘れてしまっていてあたふたした。まあ、静止画をつなぎ合わせ、パン&ズーム処理をしただけのごく単純なつくりなので造作無かったが、ハイヴィジョン映像をもとに凝ったものをやり出すと、とてもではないが時間ばかりかかり、こんな早く完成させることはできやもしない。それでも音楽をバックに動画化すると、また一味違う世界に変貌するので、こんな簡単なものでも、あの日、あの時に遭遇して撮りためた画像を生かせるのはありがたいことだ。

それにしてもこの曲、イントロはあの映画 『フィールドオブドリームス』のトウモロコシ畑で聞く謎の声「それを作れば彼はやって来る」のシーンのBGMを彷彿とさせる。で、おしまいの自前の画像は、映画 『未知との遭遇』の舞台の田舎町の風景のようだ。とはいえ、視覚映像的にはよほど目を惹くようなものでない限り、長く見せるのは難しい。特に展開もないので退屈するにまかせるかもしれない。逆に主客逆転して、音楽がメインのBGM的な映像みたいなものかも(?)。
まあちょっと、目先を変えてということで風景動画でもどうぞ。
by martin310 | 2014-05-13 20:51 | オリジナル動画

夕日に庭が映えて、空に富士が浮かぶ。我がガーデンのたしなみ。


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ひとくちに“庭づくり”と云っても、人それぞれにその定義や意味は違うのであろうが、自分の場合はどうも、おこがましくも建物を含めた住環境の構築というか、植物と共につくる居心地のいい住空間の創造のように思っているところがある。

a0282620_14144080.jpg我が家の建築前の、山を削った荒地の姿を原型とすると、そこを如何に気持ちのいい、光と生気に満ちた場にするか、というのがいつしか家屋を取り巻く庭をつくりあげていく愉しみとなっていったのだと思うのだ。それは、今ある庭の姿から、一切の植物たちを抜きにした像を思い描いてみればわかるように、まったく潤いのない寒々しい殺風景なただの立地になるだろうことからも了解できる。
建物の棟数が増え、オブジェとしてのガーデングッズが建ち、そこへ様々な低木や花々が追加されると、季節毎、時期毎に植物がつくり出す新たな空間の意匠が形成されていく。色や形や香りや光や影が、それぞれの時間軸の中で魅力的なアングルを生み出していくのだ。


a0282620_14145330.jpgその日の終わりに、庭のいろいろな箇所にしばし佇んでみることをする。
鳥の餌台のあるコナラの樹の下から、夕日に染め上げられる我が家を見上げる。
ミニログのデッキに立ち、下の花壇やキッチンガーデンの様子を見下ろす。
“Tool Shed” の裏から芝生の先で風に揺れるフリシアの若葉を眺める。
白いバードハウスに並ぶバラの花壇で、花芽が膨らんだ蕾の開き具合を見つめる。
母屋の二階のデッキから、暮れかかる空に富士のシルエットが浮かぶ黄昏を望む、などなど・・・。


傾斜した土地と建物で入り組んだ様々な空間のひとつひとつが、豊富な視覚の愉しみを与えてくれる。アングルの変化はそのまま庭の様相の豊かさを与えてくれるし、面白味のある空間性をどれほど持っているかが、庭の味わいを高めるもとにもなる。空間の均質化を破るのは、この複雑系の空間創造が決め手になるはずだ。家は入れ物だけではなく、外に空間を形成する基点でもあり、庭はそれらを生かす活性剤でもあり、延長空間でもある。

命の力に満ちた豊かな空間に居ることができるのは、すなわち身体も意識もそれらの調和と解放のエネルギーに満たされるということだ。癒しや活力は自然にこの場の波動から生み出され、人のこころや意識、細胞の隅々まで光の粒子が行き渡る。
例えプライベートな狭隘な庭であっても、自分なりの光の場を創ることがそもそもの目的になっていたのかもしれない。地上に光を・・・・とは、きっと本来の希望としてあったもので、それは大仰なことでもなく、こんなひとつの日々の愉しみのなかにこそ、知らずと少しずつ果たされていくものかもしれない。


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by martin310 | 2014-05-12 14:16 | ガーデニング

風景との出会い。樹との出会い。・・・旅は発見の場。


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久方ぶりに遠出をした。
といっても県内のエリアで日帰りなので、遠出ならぬ中出(?)くらいだろうか。それでも、少なくとも9時間以上はハンドルを握っていたので、走りに走った感は体に残った。
去年、静岡県中部の「寸又峡」に行ったとき、その途中の「藁科」から「千頭」へ抜ける国道362号線の最高位にある、「杉尾」の休憩所からの眺めが思い出されて、また行ってみたいと思っていたのだ。
特に何というわけでもない山の眺めなのだが、いつになくふいに脳裡に浮かんだりして、きっと波動的に好ましいものを感じていたのだろうと思える。
それも、この国道とはいえ、まったく村道か林道にしか思えないくねくねした急坂の狭い山道は、南アルプスが迫った静岡県中部の地形のイメージそのものの気がしていて、人口が集中する駿河湾沿いの平地エリアとはまったく趣を異にする感じがとても印象的だったために、このまったく人の気配が疎らな山村の風景にいっそう心惹かれていたからでもある。
さすが天下のお茶どころだけに、山の斜面にはこれでもかと思えるほど、初々しい黄緑が映えたお茶畑が、一日中、視線の中にあった。ここ、「藁科」から「川根本町」までのあいだはもとより、それ以後巡った秋葉山麓まで、美しく整えられた茶畑の立体的フォルムがずっと続いていた。

a0282620_13151011.jpgあらためてまた同じ場所に立って風景を眺めた「杉尾」の山景色は、どうも愛好するあの映画「萌の朱雀」の舞台になった西吉野村平雄の“みちるの家” からの風景にかなり酷似していることを感じた。
(※当ブログ/「映画『萌の朱雀』 ─みちるの家へ行く─」 を参照おすすめ)
日本のチベットと云われるような西吉野の山岳地帯と、この静岡県榛原郡や周智郡の山域の地形的な雰囲気は、けっこう共通した趣を持っている気がする。大きく違うのは、前述の茶畑の生み出す独特の風景かもしれない。民家が点在する地域には、家を囲む周囲全域に茶畑が広がる。山の急斜面のこれ以上は人が転げ落ちると思えるところにも、茶摘をする女性の人影が見える。

a0282620_13142248.jpg「杉尾」からの展望では、谷を隔てて対面する丘の上が気になった。こと、こういった天に開けている平らなスポットというのは、天からの光が降りる場であることが多い。しかも、スペースシップの着陸ポートとしても向いている。案外、アンテナのような高木があったりもするものだ。
どうやってそこへ行けるのかと思い道を探すと、やはり民家の屋根が見えるだけあって脇道が続いていた。
まったく車も人も通るような気配はない、ほとんどわずかな住人だけが使う道のようだ。人影が皆無のエリアに入ると一種独特の不気味さがあるが、この山岳地帯はそういう“無人感”という雰囲気が漂っている。


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しばらく行くと見晴らしのいい場に立つ、まるで映画のワンシーンに出て来るような一本の樹があった。この樹の下で主演のふたりは名シーンとなるワンカットを演じることだろう。(?)


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さらに奥まで入ると、白い魅惑的な花が咲き誇る大樹があった。まるで老翁のような古木は、花咲爺が咲かせた花を誰の目にも止まらずとも、華麗に咲かせていた。
「杉尾」の展望台から見えていた目当ての場は、はっきりとは見出せなかったが、この二本の美しい樹に出会えたことでよしとして、先を急ぐことにした。

川根本町から362号は右折するところ、そのまま直進し473号を南下していってしまったので、やむなく「家山」から県道63号に入って秋葉山方面へ向かった。ところがこの道、本格的な林道の趣で、すれ違いは困難、人工林の中のうす暗い極めて退屈なワインディングで、民家もなく対向車もなく、もちろん人の気配すらない、一種異様な世界だった。
行けども行けども展望は開けず、山裏の廃道を出口もなくさ迷っているような気になって、相当、気分は低迷した。ここはもう二度と入りたくない山道だ。
だが、それも入口近くに遭遇した、素晴しい高エネルギーの場を体感したので、先に進んでしまったのだった。
眼下には谷川の清流の轟音が聞こえ、まるで樹木の天然の神殿のような伽藍が聳え立っているような場だった。地から天へと昇る勢いのいい「氣」に満ち溢れた場で、ここに立ってそのエネルギーに包まれていると、清涼な風に足元から浄化されるようで、ことのほか心地いいのだ。
ここも人知れず重要なパワースポットとして、自分の脳裡のメモリーに加えておくべきだと思った。

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このような少旅行も、思い掛けない風景や樹木との出会いがあるから愉しいのだ。それに、誰も気づいていない地場の優れたエネルギー場を発見する愉しみももちろんだ。道を間違ってもそれが新発見につながる。
決して観光ルートでは通らない道を開拓することも、その地域の地形的な特徴を掴むチャンスになる。だから、詳細地図も、ましてやカーナビなどは無用なのだ。
風景との出会いはまた、自分の中に蓄積されている過去に見た風景との邂逅にもあたる。映画のシーンや絵画の世界にも、その枝葉は伸びている。それがまた、新たな創作のヒントにもなり、画像や絵のモチーフを自分にヒントとして与えられることもあるのだ。
新たな世界との出会いとは、自分の中の意識の奥にしまわれた鉱石を発掘する作業でもあるのかもしれない。
だから、旅を創作の場にした先人は多いのだろう。

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「気田川畔にある水力発電所。岡鹿之助の作品を彷彿とさせる風景だ。


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これが高速を降りた後の主なコース。紫のラインがこの日の行程。(ランチなど食べられる店は一軒もないことを覚悟しなければならない)実際、食べものにありつけたのは、午後3時をまわっていた。もっとも、少食・微食を実践する私たちには食べなくてもいいことなのだが・・・。(汗)
by martin310 | 2014-05-09 13:39 | 風景探勝