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川原でコーヒーブレイク(第2回)今回は河津七滝上流にて。


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さて、「川原でコーヒーブレイク」の第2回目をまた伊豆山中の川原で行った。
ブログも割と難解な感じが続いたので、ここでちょっと一息、コーヒーブレイク。

今回は、下田へ行った帰りの道中、天城の登りにかかかった梨本というあたりの、河津七滝(“ななだる”と読む)の上流の川原を目指した。
ここも、以前、川の瀬音を録音するのに林道を探索した際、目星をつけておいたところだ。

七滝とは、字の如く七つの滝が集まっている場所で、周辺には河津七滝温泉がある。観光客は大抵、駐車場から歩いて踊り子と学生像のある初景滝(しょけいだる) まで行って、戻って帰るのが多いが、その奥の細く険しい道を登って行くと、さらに蛇滝(へびだる)、エビ滝釜滝がある。そこまで行けば、深山幽谷の趣の中かに神秘的に滝が落ちている景色を見ることが出来るが、なかなかけっこうな道程で行くのは容易ではない。
天城山麓を水源にして流れる河津川は、この滝の並んだ側の川筋を言うが、一番下流にある出合滝(であいだる)で、その名のとおり出合った川はもう一本の萩ノ入川に遡る。温泉宿を過ぎてオートキャンプ場を通り越すと林道的な道になり、すぐ川原に降りられる道が見える箇所がある。その下は広い川原になっていて、崖下の方に川の細い流れが白い瀬を見せている。今回はそこへ場所を決め、木陰のもとにいつものキャンピングテーブルとチェアーをセットし、お湯を沸かしドリップにかかった。

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a0282620_14562883.jpgここの川原はかなり広々として平らで、それに比べ水の流れの方が隅の方を遠慮勝ちに細く流れているという様子だ。緑の森を眺めながら、それに囲まれたあいだの空を見やる。野鳥の声と瀬の音と、あとは静まりかえってそれだけだ。
今回はコーヒー豆もちょっとランクの上のものを挽いてきたので、ドリップした味もまた格別コクがあってなかなかのものだった。思わず2杯目にいくという、さすがに良好なシチュエーションに恵まれると一段と味わいも深い。

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川瀬は浅いが川筋が曲ったところには深い淵がある。水は澄んできれいだが、淵の深みでは碧色をして、まさに山の水の清冽さを醸し出している。この天城山の西麓から湧き出た水が、出合い滝で河津川に合流し、あの“伊豆の踊子”の舞台である湯ケ野温泉の「福田屋」の前の川を下り、河津の町中を流れてやがて河口から相模湾に注いでいる。

福田屋の前ではかなり水量も増し、瀬も早くなる。
このあたりの映像は、以前アップしたYouTube 動画でどうぞ。

Martin Island オリジナル
美しき風景を求めて [癒しの風景シリーズ] vol.4 【伊豆・湯ヶ野】
http://www.youtube.com/watch?v=BchycWLWNRk


また、河津川の河口付近には川を眺めるカフェ「LOKANTA」がある。
当ブログの過去ログ「川を眺めるカフェ・・・LOKANTA」をどうぞ。
http://martin310.exblog.jp/16519231/


「LOKANTA」のテラスから眺める淀んだ深い大きな川には、コーヒーブレイクの地の萩ノ入川の水も流れ込んでいる。川の上流と下流で見る同じ水・・・、あまりの様相の違いでとても同じ流れだとは思えないのが、川の不思議さでもある。


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by martin310 | 2014-06-29 15:04 | ∟デイキャンプ

忘却から蘇る真我の意志・・・「覚醒」とはそいうことなのではないのか? 生きながら記憶を取り戻す。


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思えば魂の世界で不思議なことは、魂の核としての真我といえる意志と、日常を生きる通常の顕在意識との、あまりの落差があることが当たり前となっている状況にあることかもしれない。
それは単純に云って、自分の真我の存在さえ、また、その意志や目標とすることなどを、大多数の人々が完全に忘却しながらこの世を平然と生きていることだ。自分も含めて大概の人がこれに多少の差はあっても同じと云える。

だが、そんな忘却の霧の中から、なにごとかを求めて探索、探求をはじめる魂に限り、少しずつ、記憶喪失の忘我状態から思い出すヒントやチャンスが与えられるということなのだろう。その云わば自分探しの旅を進む過程で、目前の霧が俄かに解けて、道らしきものが垣間見える瞬間がもたらされる。だから、また歩みを進める意欲を持てる、そういう仕組みになっているのだろう。

潜在意識下の秘された情報を探っていく過程で、時に、今生の転生直前の記憶や、さらにそれ以前の過去の生の記憶が蘇ったり、はたまた地上へ降りる以前の天界でのものや、地球へ辿り着いた時点のヴィジョンなど、まやかしや誤認の危険性を孕みながらも、見せられる機会を得ることもあるだろう。そのときの、まさに全身全霊の意識の変動を体験して得た確実な自覚は、意識が日常に戻った時点での馴染み合わせに苦慮するものだろうが、知り得た時点で意識は自ずとシフトしている。忘却から戻ることは、かなりのショックを経験することになる。なのでそれだけに逆に、意識がシフト出来るとも云える。

それだけ、真我の意志というものは個を超えて崇高で、神の領域に近い想いを持っているもので、この地上の三次元世界での体験による魂の学びを最上のもとしている。だから、自分に課せた苦難をその学びのありがたき機会と捉えて進んで行こうとするものだ。厳しい課題をクリアしてこそ、学びの段階が上がることを知っているし、現実世界の実際は体験以前のビギナーであるだけに未だ遠くにあり、地上へ降りる前はかなり転生による次なる人生に意欲的になる。
そして、母を選び、父を選び、受胎してこの世へのルートを授かる。
だが、スタートラインは持てるものを白紙にするのが規定路線で、それまでの記憶は消去される。これは一部を除き、誰もが平等のスタートを切ることが前提になっているからだろう。

大概の人たちは、何もなければこのまま忘却状態を続けることを余儀なくされる。幼少時に多少の記憶を残している子供もいるが、やがて成長の段階で喪失していく。覚えていてもかなり断片的なものに過ぎない。
忘却したままの魂に、覚醒への機運が起こるのは、おそらく思春期以降の、自分の進路を決める現実問題に直面してからのことだろう。自分が何者で、何を成さんとしてこの世に在るのか?という漠然とした問いに、自己存在の意味や意義を求めようとするとき、手がかりを得ようと世の中の仕組みを知りながらつつ、道を求めようとするのだ。だが、そのような意志を持ち、実行して行くのは全体からしたら、ほんの僅かな割合に過ぎないのだろう。
大衆は直面する現実に生きるのみで、それ以外のことに興味すら示さないのが常だ。もっとも、その直面する現実の、解決の手がかりは記憶喪失から脱却することにあるのに、そこへは意識は向けず、文字通り、現実的解決のみに邁進することで、実際は擾乱をさらに激しくしている訳なのだが、それも世界を閉じて見る視線しか共有しないのだから無理からぬことだろう。

人間関係のほとんどの原因は、個々の魂に刻まれた過去生の強いマイナスの想い(それを概括してカルマとすると理解しやすい)が、無意識の底にあって、それが顕在意識を支配して無意識行動を起こさせることにあると、ひとつには断言できる。これを紐解いていくことで、結果としてのその関係の姿がこうであることが納得出来るであろうし、その認める想いが前提となって、相手を赦すことが起こる可能性が出て来る訳で、何事もそれを引き起こす根拠と仕組みがまず見えることが、解決への糸口となる。それも無しに、様々な方法による、さらなる戦いを重ねる結果を招くことが、さらにカルマを深め、罪障の上書きになりうるのだ。

そういう意味も含めて、自分の魂の世界を開くというのは、忘却の闇から、目の前の現実世界のみに閉ざされた自分の意識の壁を打ち破り、かつて生まれる以前に覚悟した今生の意図を思い出すことで、真の魂の喜び、学びによる進化の至福を求めて行くことにあるのだろう。
そこには、この世での功績も功名も、富も名誉もあまり意味がないことになる。
それは、意のままにならぬ貴重な転生の機会を与えられた機縁を生かし、魂の学びの出来る希少なこの地上世界の現実体験によって、真我の意志のもとに生きていくことなのではないか、その為の様々な現実的な仕組みを張り巡らすバックアップが、神のもとで行われるのを本当のサポート、導き、啓示というのではないか、と思うのだ。
「覚醒」とは本来そういう意識の目覚めを意味するのであって、自分のうちにある真我の呼びかけに応えることであり、魂と顕在意識との乖離を縮めていくことにあるのではないかと思うのである。


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by martin310 | 2014-06-27 15:07 | スピリチュアル

「魂の不思議」・・分け御魂が判明する毎に、魂のゆかりの地は新たに生まれていく。


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前回記した「分け御魂」関連での続編として。

今回自分が、一度期に二人の人物からの分け御魂であることが判明して以来、やはり、ずっとその二人の人物の生涯や生きた土地にまつわるあれこれを知りたい衝動に駆られる日が続いている。云わば、常に希薄なりとも、当人の意識がそばに居て離れない感じもある。
よくよく深く知ってほしいものがあるのかとも思う。自分が逆の立場でも、きっと同様に、よりよく自分の生きた証の想いの真髄を、御魂を分けたその人に知ってほしいと思うに違いない。なにせ、この世にその存在ほど、自分の本質を理解できる可能性の人はいない訳なのだから、分霊というのはある部分で自分の分身でもある訳で、想いは最も伝わりやすいのだ。

なので、ごくわずかではあるが、関連書籍を調べ、希少なそれを取り寄せて読むことに没頭している。それも不思議なことに絶版になっているものでも、古書店ネットでたった一冊だけあって、それを購入出来る事態が起こっている。よく手に出来たものだと思うほどだが、それも手配された仕組みがあるのだろう。

ゆかりの現地も、足を運んだことはもちろんだが、当時の面影はもう随分と失われていて、書物にある古い写真などから当時をイメージするようなのだが、それにつれて、また自分の足で現地のより詳細な土地感覚を今一度巡って掴みたい気がしている。
要素が揃えば揃うほど、臨場感を持って、当人たちの生きた時代を思い起こすことが出来るからだ。そうやっていく過程で、また今までわからなかった彼らの状況を感得出来るものが生まれて来るのだ。


今までもそうやって、数々のゆかりの地を巡って来た経緯がある。それは日本国内に限ったことなのだが、日本の古代史から延々と各時代、時代に御魂を分けた存在は登場している。その一人ひとりをキイワードにして、ゆかり深い場を列島各地に探って行った。
文字通り、それは北は北海道から、南は沖縄・与那国島まで、実に壮大な旅を重ねて来たものだが、それも皆、見えない力の導きに従ってのことだった。日本史の歴史探求というより、分け御魂の生涯を探索することを通して、結果、関連する歴史を紐解くということになっていった。
それと同時に、自分の御魂のルーツを霊的な視野で探求する旅でもあった。おそらく日本地図上に、関わりの場をポイントしていったら、きっと驚くほどの分布になっていることだろう。それほど、日本国内でも多くの人格と人生の一部を集合させているのがわかる。これが海外にまで行くとしたら、地球上での転生、分霊の歴史は壮大なものになるはずだ。

そんな風に、人は生まれ変わりだけに留まらず、分け御魂という要素からしたら、数限りない地域と時代に分布した経歴を備えているものなのだろう。およそ、世界をネットワークするくらいのグローバルさを持っているとも云える。
自分に於いては、こと、この日本においてはその程度が最も濃厚のようだ。日本との因縁はもの凄く深い。そのうちのかなり近代のことが、今回のことで、今までの古い時代からしたら珍しい部類に入る。それが今後、どういう意味を持っていくのかは、今は未だわからない。常に、進むうちに新たに分かることが当然で、導きは無理にとは言えず、自由意志で進めばそれに見合った気づきを与えられる仕組みになっている。

こんなことが日常を越えたライフワークとなっているが、それが何になっていくのかも皆目、自分ではわからない。目に見えた形では何ひとつ形になってもいず、ましてや他者に理解されることもない。まさに自分が自分にただ課している事に過ぎないから、自分の「道」以外にないということだろう。


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by martin310 | 2014-06-25 18:27 | スピリチュアル

「魂の不思議」・・分け御魂の人物(故人)との遭遇。自分の魂に導かれて。


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自分が自分と思っている意識、つまりそれを顕在意識とすると、それとは別のもっと本質的な自己とでも言うべきか、自分のさらなる奥にある本体というものを「魂」とすると、この魂というものの不思議さというものを、案外誰でもが知っている訳ではないようだ。

このことは知識で理解している範囲では、実態がわかるはずもない。自分の中に、自分とは思えないような、より潜在的な意識の存在を実体験から発見したことがないと、ここで言っているようなことは解らないのかもしれない。

自分の魂の反応というものを、肉体的な表出として得たことがあるだろうか?
反応の出方は人それぞれ違うので、一概にこういう現象だというのは言い切れないが、自分の顕在意識での醒めた客観的な意識とは別の、まるでもうひとり別の自分が自分の内部にいて、その当人が顕在意識の自分にわかるように伝える為の一環として、ある事態に際して、ある肉体反応を起こす場合があるということだ。
だが、別の自分とはいえ、決して別ではなく、それも自分であることは反応行為中に自覚できるもので、体を奪われて占領される霊的な憑依などとは異なるものだ。

自分の場合は、自分の魂の一部に、対象の人物(過去の人)の魂の分子を分けたものがある場合、そのゆかりの地や墓や碑、そして建物、それに類した当人の波動の濃い場所に行くと、前触れもなく急に魂が反応を起こす場合がある。これは場所に限らず、ゆかりの物の場合も中にはある。
つまり魂自体は、その核は個々人それぞれのものだが、そのまわりには過去の人物の御魂(みたま)の一部をかなりの範囲に寄せ集めて出来ているものだ。それをよく、「分け御魂」という言い方をする。なので、自分という魂の総体の中には、他者の魂から分けた一部が相当数あるというのが、今まで自分自身の様々な分け御魂の過去の人物から受けた体験から、確かに言えることなのだ。

ではどうやって、自分と分けた御魂が同じ人物と遭遇出来るのかというと、ここがまさに魂という不思議なものの仕組みがある。
人には出会うべき時期というものがある、人との出会い、物との出会い、知識・情報との出会い・・・、それらすべてが絶妙なタイミングと、その方法で接点がもたらされる。
それらと同様、分け御魂の過去の人物との出会いも同じだ、だが、かなり特異なものだ。なにせ、既に故人となっている人物であり、遭遇するのは目には見えない意識との共鳴現象となるからだ。
過去の人物とは、それ相応の名が知られていないと、自分自身も気に留めることは出来ない。なので大概は、その人物のバックグラウンドを調べられるくらいの存在のことが多い。つまり時代は様々だが、自動的に歴史を紐解くことになる。人物調査は、体験後にはじまるのだ。そこで自分との共通項を会得するようになるが、もちろん功績に至ってはあまりにかけ離れていすぎているので、自分とは比較にもならない。自分にはもともと何もないからだが。それも分霊の末端にいるという栄誉を持てるのがありがたいだけで、それ以上の意味はこれからの自分の認識にかかる。

不思議なことに、出会いのタイミングが近づくと、何かしらの導きが起きるのだ。それは、微細なものであり、無視できるような取るに足らないものでもあるが、過去の教訓から、もしかして?という自覚があれば、受け取れる可能性はある。現実に起こる物事の中にヒントがある場合もあるが、誰も知らない自分の意識の内部に、訳もわからず何かに惹きつけられること自体が起こる場合もある。どちらにしても、かなり慎重に意識的に探査していないと見逃してしまうほどのものだ。

今回もそんな、忘れてしまえばいいような感覚で、自分の中であるイメージがあった。これがまた手が込んでいて、そのものずばりとは示しては来ない。まわりくどくして、結果、核心に至るというような道筋となることが多い。つまり、そこに至るまでのプロセスも大事だというのだろう。確かに、そこに自分なりのドラマが生まれることになる。
魂の導きは驚くほど微妙、微細だ。それが導きであるかどうかも、事に至ってみないと判明しない。だた、行動を起こしてみると、遭遇までのお膳立てが見事なのがどこかの時点でわかって来るものだ。対する相手の意識は、既に予定の場所にて、その時を既に知っているかのように待っている。こちらもその場に到着すると、何かそこに意識があるのがわかる。かくして、魂同士の共鳴現象が急激に起こる。
自分の場合は感涙から号泣に変わっていく。感情に因るものではなく、単に身体的反応として胸の奥から込み上げて来るのだ。醒めた意識は、ああまた起こったと客観視している。だが、とめどなく涙は流れる。この瞬間に「想い」が伝わって来る。言葉ででなくテレパシックなものだ。

ただ、今回はまったく予期していなかった。しばらくそんな体験はご無沙汰だったからだ。ただ、行ってみたいという思いは湧き起っていたのは確かで、そこへ行くまでは次がないような気配を感じていた。つまり、自分の歩みとして、もうこのポイントを超える以外にないということだ。止む無く行かねばという、これがもう既に導きの何ものでもないのだ。

今回は場所は違えど、一度に二人の人物だった。こういうことも珍しい。
まったく自分とは異質な存在かと思っていたが、今でもそれは変わらないが、ただ、当時の誰にも言えない本音の気持はなぜだか汲み取ることが出来る気がする。成り行きは史実にあるとおりだが、当人の本当の気持は正直なもので、苦しみや辛さや逃げ出したい思いでいっぱいだったことは、体が反応するくらい理解出来る。
このあたりが分け御魂同士の特権というか、分かり合える同類項なのかもしれない。
きっと、それが当人の魂のひとつの救いになるだろうし、共有出来るありがたさでもあるのだろう。個の真実の思いを分かち合えることで、個が複になり融合、拡散して楽に癒えることになるとも思える。
そういう役目も、自分にはあるのかもしれない。

かくして、過去10年間、同様に日本各地のゆかりの地を巡っては、そういうことをして来た経緯から言うことが出来る。自分は、かえって地上の人々より、既に天に昇った人たちの方が知り合いが多いのかもしれない、おかしな人間である。


※こういう類のことは、どうも文章化するのが難しい。よってあまり概説的ではない文になっている。書き飛ばして、最も雑文的だ。図に書いて口頭で示した方がまだわかり易いかもしれないが、もしかしたら興味を持つ方もあるかもしれないので、一応記しておこうと思った。また、追記する気になるかもしれない。今回はこのへんで。


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by martin310 | 2014-06-24 13:51 | スピリチュアル

「川原でコーヒーブレイク」 天城の清流を前に川岸でいただくひととき。


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a0282620_20214812.jpg2014年6月14日の記事で書いた、「川原でコーヒーブレイク」に早速行ってみた。
場所は、我が家から小一時間ほどの中伊豆・萬城の滝(ばんじょうのたき)の清流、地蔵堂川だ。

天城山から湧き出た清流を集めたこの川は、萬城の滝で高さ20メートル幅6メートルの瀑布となって落ち、そこから森の中を蛇行して地蔵堂集落の中を流れ下る。以前から、伊豆の川の中ではかなり水が清く、水量も豊富で滝下のあたりの川は、手つかずの自然の川の趣があるので注目していた。
水の流れをビデオ撮りしたいと思い、過去にこの滝のすぐ下流にある“親水場”という川辺の広場へ行ったことがあった。きっと、そこはテーブルを置いて折りたたみチェアーに座って川を眺めるには最適なのではと、目星をつけておいたのだ。


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折から太陽は南中して、川の真上から木々の葉を透かして光を降り注ぎ、風も穏やかに吹きそよぎ、気温も申し分なく心地よく、川原でコーヒーブレイクにはこれ以上の条件はないくらいのベストタイミングだった。
ここは瀬の音の大きさもちょうどいいところで、流れもやや早瀬で水量は満々としている。体中が瀬音に包まれると、おのずと動きが止まって、静かに染み入る音に身を預ける心地になる。ツレは早くもコールマンの水玉チェアーに深く腰を預けて、まったく動きが止まっている。
で、致し方なくコーヒーを淹れる準備をはじめる。まあ、ここはもともとこの日のメインイベントなのでコーヒー奉行の出番となり、決してさわらせないのが常套なのだが・・・。

a0282620_2022887.jpg購入してはじめてフィーノ コーヒードリップポット(1.2L)を使ってみたが、なるほどお湯を細くゆっくり注ぎやすく、ステンレスのルックスもいいので、いっそう川原のコーヒーブレイクに引き立った。
お湯を沸かすのには、かれこれ20年来の愛用となる PRIMUS2243バーナーを使用。山行やキャンプにずっと使い続けて来ているが、まったく故障なしでいつでも一発着火するスグレモノだ。定番的ギアとしてPRIMUSでは未だに製品として販売されている不朽の名品だ。収納ポーチには、Backpacking stove Trekker 2243と記されいる。うううん、なるほどかつてのバックパッカーの時代テイストを感じる代物だ。

やはりこのロケーションの中で飲むコーヒーの味は格別だった。
テーブル、チェアー、コーヒーアイテム、そして河岸の大木がつくる木陰が揃えば、即席の、しかも絶妙なオープンリビングが完成する。案外リゾートなんてものは、このくらいのシンプルな装備で十全に味わえるものなのだ。
(ちなみに、携帯用蚊取り線香は必須だ。忘れずに!)


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by martin310 | 2014-06-20 20:34 | ∟デイキャンプ

Martin Island 「伊豆の古写真舘」(※注:但し、自作のイミテーション古写真風)


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川端康成が逗留していた定宿「湯本館」。この玄関で踊子が舞を踊っているのを、主人公の“私”は階段に座って眺めていたのだ。それは若き日の川端その人だった。



ネットの“青空文庫”で、島崎藤村「伊豆の旅」という、旅行記の小品を読んでみたところ、「伊豆の踊子」の巡ったコースとほぼ同じ路を、藤村は3人の友と極寒の季節に下田まで旅していた。
「伊豆の踊子」は川端康成が19歳の学生時代に伊豆を旅した実体験をもとに書かれた小説で、年譜から見ると大正7年(1918)のことであるから、藤村が伊豆を訪れたのは、それより10年近い以前(おそらく明治40年あたりの東京時代)ではなかろうかと推測できる。
10年ほどの時の隔たりはあるものの、二人の後の文豪が自分の住む伊豆の、同じ道を旅したことは感慨深いものがある。

長岡(踊子)→大仁(藤村)→修善寺湯ヶ島湯ヶ野下田・・・、藤村たちは、さらに伊豆半島の最南端、石廊崎まで足を伸ばしている。(藤村らは行程のほとんどを馬車を多様している)
その時代の「伊豆の踊子」で描かれる伊豆の風景・風物・人物は、もう何度も読み、また映画で映像をも目にしているが、ことそれよりも古い伊豆の姿を、まるで淡彩で描くようではあるがさらっとスケッチしているのが、この「伊豆の旅」である。
いにしえの伊豆はいったいどのようなところだったのだろうかと、やはり古い時代の風景などを見てみたい思いがある。映画では美空ひばり主演の「伊豆の踊子」(昭和38年)の撮られた年代から、川端康成の見ていた伊豆の姿に最も近い映像が残されている。(田中絹代主演[昭和8年]が最も古いが、サイレントなので残念ながら見る機会がない)

そこで、試しにネットで“伊豆の古写真”を検索してみたが、やはりそうは掲載されているページはない。代わりに、「幕末古写真・ジェネレーター」という古写真風の加工が出来るサイトを発見した。画像ファイルからモノクロ、セピア風の古写真を作成出来るのだ。
試しに、撮り貯めてある画像ファイルの中から、伊豆のそれらしき雰囲気に合うようなものをテストしてみた。すると、まるで本物にように古めかしい写真画像が完成するのだ。

ということで、全7点、藤村の「伊豆の旅」にあやかって、自作:イミテーション古写真舘を開館してみた。
ご覧のとおり、古びれた蔵の奥から発見されたような、いにしえの銀鉛写真のような味わいを醸し出している(?)ようだ。


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▲北伊豆の大瀬崎から富士を望む。



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             ▲中伊豆の吉奈温泉の「御宿さか屋」の吉奈川に架かる楼橋。



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▲下田・ペリーロードの「逢坂橋」とその向こうの「草画房」



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            ▲同じく下田・ペリーロード



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         ▲中伊豆・吉奈温泉の「東府屋」内の「大正館芳泉」



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下田・東急ホテルに晩年の毎夏、家族連れで長期滞在していた三島由紀夫の、大のお気に入りの小さな波辺:亜相浜(あじょうはま)。


以上の元画像はこちら。(くれぐれも本物の古写真ではないことをご承知おき下さい。笑)
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こんな曲を聴きながらご覧いただくと、いっそう古い時代の伊豆の雰囲気が味わえるかも。
吉永小百合 伊豆の踊り子
https://www.youtube.com/watch?v=54WwMkde0-0
by martin310 | 2014-06-19 00:12 | とっておきの伊豆

夕空の神秘な造形・・・黄昏は変性意識をもたらす精神性の濃い時間。


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※クリックの2ステップで、1200×800 pixel の画像に拡大できます。デスクトップの壁紙にして夕日を眺めることも可能です。


夕飯時に窓の外にふと目をやると、木々の梢の隙間から異様なる空の光景が僅かに見えた。いつものように、すかさずカメラを取って二階のデッキからいくつかシャッターを切った。
大空の巨大スクリーンには、天のはからう天衣無縫な雲の造形によって、夕照の光が複雑に偏光して見事に劇的な天空のドラマを見せていた。

朝焼けや夕焼けという空を紅く染める光景を目にすると、それが恒常の平時の空とあまりにかけ離れているためか、どこか異界に分け入ったような妙に思惟的、瞑想的な意識を喚起する。黄昏とは、一日のうちで最も精神性の濃い時間帯を生むものなのかもしれない。

眼はどこを見ているともなく、視覚を超えて既に脳内には別の次元のシナプス回路が起動しはじめるのか、静かに変性意識がたちあらわれはじめるのだろう。それが見た目、茫然自失したように空のイベントに心奪われ、ただ蕭然と見とれるのだ。

おそらくこれには見る者の中に、視覚上の色調と陰影の度合いによる感受性のコードが感応する仕組みを持っているからかもしれない。つまり古代から遠大な時を、このような光景を人は無数の転生を繰り返しながら見ていた――その記憶を魂は持っている。
それ故に理屈抜きで、見ているだけでオートマチックに形而上的な迷宮に入って行くのではなかろうか。

いずれにしても、このような大空で繰り広げられる壮大な光景を目にしていると、自然、ごく日常の顕在意識よりやや深い領域へと沈潜していく感じを持つものだ。それがつまり、回想とか追想につながり、やがて追憶へと移行していく。

右脳は忘却の陰に隠れているような、人生における過去の断片的シーンを蘇らせ、それに意識は反応しながらやがて懐旧の思いに耽っていったりもする。ひとつのシーンから連鎖で次が引き付けられ、さらに懐古の記憶がたちあらわれて来るのだ。
そうやって、結果、人は普段雑事に紛らわして決まって避けているような自分の人生を、否応なく省みていくことになる。――黄昏にはそういう心理的、精神的効果があるとも云える



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※ほぼ同じアングルからの午前の富士と夕景の富士。

今の自分から過去の自分を見てみる。――

当時の自分の未熟さと無知さ、経験の乏しさ、思慮の浅さを反芻するようなら、もしかしたら今の自分の方が寸分成長したと思ってもいいかもしれない。

いくつもの失敗や過ちが人を体験から押し上げるのであれば、過去の恥も成長の糧と思うことができるかもしれない。

だがいつまでも過去の自分を赦せない自分がいるのなら、なぜ赦せないかをとことん問う必要もあるだろう。

自己肯定、自己正当化を自分自身に主張するようなら、きっと自分への真摯な誠実さを持てない自分を認めざるを得ないかもしれない。

過去は水に流せと人は云うが、自分の中で解決出来てはじめて流せるのであって、ただ遺棄するように記憶に蓋をするだけなら、また何度でも冥闇な断片は蘇って来るものだ。

自分の意識のありようを、客観的な自分の意識で見つめることで、自分の内部世界の隠せぬ実情を知ることとなり、やがてそのことは真の本性の自分を認めることにつながっていく。
つまり何者も入れない自分自身の内部とは、自分だけが探索を許された未開の洞穴であり、意識化出来ない暗闇に隠された無意識領域に、どこまで足を踏み込むことが出来るかが、自己探求の難境を開く道を示すものになる。

自分と外界、自分と他者、自分と世界・・・、思索する対立項は常に様々にあるが、自分を見つめる自分、同時に見つめられる自分、その相互の関係性こそ、最も自己存在の確立を保つ重要事であることは普遍の真理である。




“Chris Botti”の音楽は、きっとこれらの想いをさらに深める力を持っているだろう。彼の卓越したトランペットの一吹きは、広壮で神秘的な情景と情感をもたらす不思議な魔力がある。

CHRIS BOTTI IN BOSTON | "Emmanuel" w/ Lucia Micarelli | PBS
http://www.youtube.com/watch?v=m8NN4fpdm40
by martin310 | 2014-06-16 14:49 | 風景探勝

「川原でコーヒーブレイク」 これぞ瑞々しき自然の中のサンクチュアリ。


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たまたま“タキビ”さんの「山遊記」というblog を見ていて、「雨垂れコーヒー~rain drop coffee~」という記事を開いて、雷ではないがピカッと閃いた。
まず、「雨垂れコーヒー」というのがいい。梅雨で増水した川原で野外コーヒーを楽しむという・・・。
そうだ「川」が好きだったことを思い出した。
誰もいない川瀬の音だけが響く小石の川原で、流れ行く水の姿を追いながら、あたりの濡れた森の緑に目が冴える・・・。


a0282620_20252648.jpg若かりし頃は、よくこの時期になると山あいの渓谷へソロキャンプへ出かけたものだ。釣りをするわけでも、潜りをするわけでも、ましてやバードウォッチングをするわけでも、森林浴が目的でもなく、ただ、川原の砂原にテントを張って、風にはためくタープの下で、ただ、ぼーっと森の木々の葉の揺れを眺めているのだ。
ほんとうにただ、ぼーっと・・・。
これが実に心地よく、脳波が平たく微細になっていく。
思考は何事かわずかなコトバが行き交ってはいるものの、およそ脳内にも風が吹き渡るように思考も揺らいで止まっているかのようだ。
そこでは日常の「時間」という、普段は意識せずにもひどく拘束されているものの箍(たが)がはずれ、山稜の大気の中へ溶解していくような開放感を得る。なすがままに縛りが身体や意識から解き放たれ、時刻を気にしながら営む生活のリズムから脱することに成功する。だから、そこでは時計といった類のものはオミットなのだ。

砂地に脚が少しめり込んだ折りたたみチェアーに座って、ただ、亡羊と緑の山と青い空と白い雲を眺める。川瀬の音が、人の生活圏からの残響を消し去り、f/1 のゆらぎの中におのずとリラクゼーションのひろがりを体感していくのだ。

時間というものがどこか遠い記憶のような感じになり、昼を知るのは自分の腹具合が目安となる。おもむろに支度をするが、もうそんな頃合になったのかと、あまりに時の経つ早さを感じ、あらためて何もしない愉しさを痛快に思う。

a0282620_20254443.jpg思えば、この頃にはじめて、意識を開放し何ものにも捉われない自由な状態を得る至福感を知ったのだと思う。この発見は自分にとってのある種のエポックメーキングだった。それまで、そんな意識状態を体験したことはなかったからだ。そこからある意味、自分なりのスピリチュアルな旅がはじまったともいえる。つまり、“意識”というものの存在を、自分の中に見つけた瞬間だったかもしれない。

風が起こると木々が揺れ、葉がそよぐ。
風の姿がその揺れに顕れる。枝がしなり、葉が微細にひるがえる。それが形なき風の存在を見せてくれるとも云える。生きている動き、律動。時のうつろい・・・。
そのあまりにありきたりの、ありふれた光景を直視するとき、眼だけではない意識なしにはそれを感じることはできない。
これは意識の開放と、大げさに云えば宇宙の律動との同調作用を得るためのメソッドのようだ。


a0282620_2026411.jpgまあ、前置きが大分長くなってしまったが、そんなことを思い出させる「川でのコーヒータイム」なのだ。
そう、これを今また復活させようと思ったのだ。久しく川を目的地に出かけるなどということはなかったが、この愉しみを山河に求めるのなら、川行きは立派に出かける目的になりうる。
そこで、今まで足を踏み入れなかった山深い谷川のほとりを目指して、コーヒーブレイク用のアイテム一式を持って、お気に入りの風景を探しながら出かける口実が出来ることになる。常にそうなのだが、目的なくぶらっとというのが出来ない性質なので、どこかを目指すというテーマは自分にとっては必須な条件なのである。

そこで、早速、「川でコーヒータイム」用のグッズに凝るわけで、いくつかをネットで購入して揃えた。

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まずは、コーヒー用アイテムのKalita 陶器製コーヒードリッパー 101- ロトホワイト、そして、Kalita 300サーバーN と、フィーノ コーヒードリップポット 1.2L
それにゆったり野天でくつろぐための折りたたみテーブルとチェアー、ノースイーグル アルミロールテーブル700 North Eagle [NANNE1364]と、Coleman(コールマン) リゾートチェア ネイビードット 2000016997 2脚セット CM14-03。(自前のキャンプ用品の中にあるテーブルとチェアーは、いかにもキャンプ用の使用用途優先の飾り気のない道具そのものなので、今回は雰囲気も大事にして新たに買い足した、但し格安)

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これがあれば自然に囲まれた即席のティーラウンジが現出する。
ランチ用の食べ物も自前で用意して行けば、無料のランチタイムが満喫できる。

これなら身近な伊豆半島も、まだまだ候補地を探すだけの要素が出来たわけで、わざわざ遠出しなくとも隠されたサンクチュアリが見出せる可能性がある。
さて、半島の地図を広げて未踏の川すじを見つけよう。
今まさに「川でコーヒーブレイク」の絶好の時だ。
by martin310 | 2014-06-14 20:47 | ∟デイキャンプ

田舎暮らし志向とは、もしかして眠っている野生の原点回帰なのかもしれない。~あるキッチンガーデン論~


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毎回、更新の度に思うが、同じようなガーデン写真で様変わりせず、ワンパターン化しているようで恐縮するが、この花のある時期だけに、画面にも賑わしておきたい気がするのでご勘弁願いたい。
野菜と同じで、なるたけ撮り置きしたようなものでなく、撮ってすぐの旬のものをアップしたいと思うものだから、今このときのものを並べるようなことにあいなる。

a0282620_18341287.jpgガーデンの花々もそうだが、今年もう一画、小さなキッチンガーデンのスペースを増やして、そこに植えておいた夏野菜が続々生長し、収穫を待っているところで、この野菜の生長ぶりも、花々と同時に毎日見るのが楽しみになっている。
この梅雨の長雨が続くなかでも、トマトやキュウリの見違えるほどの大きくなり方は目を見張るものがある。小さな苗を植えて、今年はどうかな?と思っているのも束の間、みるみるツルを伸ばし、茎はずんずん太くなり、花が咲き、すでに小さな実がついている。
スナップエンドウは、毎日食べ頃の大きさで収穫が出来、夕飯の食卓のサラダの一角を低位置にしている。
去年は土にうまく合わなかったナスも、今年はすこぶる元気に生き生き生長を続けている。
ニンジンは種から試しにやってみたが、それなりに地下で育っているような気もする。
ピーマンやエンドウ、大葉など、まあ、スーパーではありきたりの野菜たちだが、こと自宅の庭で完全無農薬、有機肥料で自分の手で育て収穫出来るのだから、これほど安心で、しかもありがたく、実に美味なものはない。

庭の雑草も含めてすべての植物たちの、日に日に勢いを増す野性的な生命力の充溢感は、背丈まで伸びる鬱蒼とする緑の中にいると、実感として圧倒されるくらいの凄みを感じる。
大地から生え出し、空間に自らの生命力の証を残そうとするのか、溢れ出るほどの拡張力を目にしていると、それら植物たちのリアルな現実感から、「命」という底知れぬエネルギーの実体を肌で感じ取ることになる。
決して広くない、我が敷地内の緑の地帯にいるだけで、どこかDNA の内部に密かにしまわれていたような、野生のリアルな力のようなものを甦らす何かが、こんな体験のなかで呼び覚まされる感覚がある。

えてして現代では、野菜などというものでさえ、小奇麗にパッケージングされ、ラベルで商品としてブランド化され、バーコードをつけられ、およそこんな野生の本性を揺らがせるような力さえ希薄な、まさにフードアイテムのひとつとして完全に記号化された物品になっている現実は、本来の生命力に満ちたプラーナの充溢した食べ物からはほど遠いものになりさがっている。
そういうものを毎日ただ無自覚に口に入れているのとは格段な違いを、極小規模でありながらもキッチンガーデンでは回復させる力を持っている。
案外、田舎暮らし、山暮らしというのは、こういった人間が古来から永続的に培って来た野生の食文化、食感覚を、もう一度回復、再興したいという無意識の欲求もどこかにある人が志向するのではないかと思うところがある。
実際、食生活の中の、野菜の一部を自給出来るという幸福感は、決して自足まではいかずとも、この大地と、水と、太陽とが与えてくれる恵みというものの恩恵を、身を持って得ることが出来る重要な機会なのだ。
ほんの小さな種から、かわいらしい苗から、みるみる命が拡大し、やがて実を成し、自分たちの命の糧になってくれるありがたさ。それは収穫したときのあまりの瑞々しさ、手にしたときの重さ、実のしまり、口にしたときのあまりのおいしさに、理屈なく感動出来る幸福が、天から与えられた神秘として、命から命の連関として、そして、それによって自らも生かされているという実感から、生きてあることの自然な感謝が湧き出て来ることになる。
このことは元来、人間が自然と持ちえた感覚であり、対自然との融合と共存を果たし得る重要なファクターであったはずだが、その失われたものの回復をある意味、この時代のシンプルライフ、ミニマムライフは導いているのではないかと、そんなふうにまで思えるものが我がキッチンガーデンにはあるのだ。

田舎暮らし体験・・・、それは経験こそは宝なり・・なのだ。

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by martin310 | 2014-06-12 18:37 | 田舎暮らし

どうやら「田舎暮らし」志向は静かなムーブメントになりつつある?!


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どうやら最近は、田舎暮らし志向の人が増えてきているらしい。
もっとも、これは今にはじまったものではないだろう。以前からその手の雑誌も出ていて、そういったニーズを事業化している不動産や建築畑の広告も、よく見かけたものだが、どうも昨今は情勢が少しずつ変化して、若い人の注目度も高まってきているようだ。
日刊ゲンダイweb でもこんな記事で取り上げられている。

『行政に危機感、補助金まで…「田舎暮らし」の国策化が進む』2014年6月6日)
まあ、これは行政の側サイドの過疎化の危機感からの対応が変化したことと、都会人の意識の変化ということから新たなニーズが生まれているようだが、もちろん現代の時代性が反映した別の様々な理由があるだろうと思われる。

a0282620_15261167.jpgひとつには以前は、「田舎暮らし」となると大抵は中高年世代のリタイア後の第2の人生的なイメージが強かったのが、どうもこのところは年代が下がりつつあり、若年層から田舎へ向かう志向が増えているようだ。それにも様々ないきさつがあるのだろうが、私見では、やはり都会生活やその近郊での生活形態にそれほどの夢を見出せなくなっている現状もきっとあるだろうと思える。かえって田舎の方が、自分らしい生き方で暮らしていける希望を持ちやすくなっているところがあるのだろう。
そこには、暮らしを最小限のミニマムなものにしても耐えられる、もともとフリーター的な低生活費の暮らしぶりにさほど違和感を持たずにいられる世代が、どうやら登場しつつあることもあるのではないか。
ましては家庭を持つ以前の独り身で、勝手きままに超ローコスト生活をして、出来ればセルフビルドで家らしきものを建て、敷地の傍らに畑を耕して半自給自足的なスローライフを実践したい、という思いを抱いている。生活費は以前貯めておいたなけなしのもので取りあえず賄い、後は近隣でバイトの口を探しその後につなげる。まあ、そのくらいの能天気さを持てる人が、このライフスタイルを実現出来るのだろうが・・・。

a0282620_15251638.jpgまた他には、今まで我々世代では考え及ばなかった志向、なんと、定年まで待たずに早期に退職して、それまで貯蓄していた財源をもとに、その後の長い無職のフリーライフを謳歌するというスタイルもあるようだ。早期リタイアで財テクなどの計画的経済を駆使して、予定年齢まで余裕を持って自由に生きる生き方・・・。そういう理想的な人生設計が若いうちから出来るのは羨ましい限りだが、これもシングルライフだから可能なところもある。もちろん家庭を持ってふたりで実践する人もいるだろうが、なかなか実際は貯めるより出て行くものの方が圧倒的に多いものだ。しかも、勤続年数の少ないうちに、その後の人生分もの蓄財が可能というのは、相当恵まれた高収入であるのは当然だろう。


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a0282620_1519447.jpg日刊ゲンダイの記事にある宝島社の『いなか暮らしの本』というのはこの分野の老舗だが、現在随分と売れているらしい。Amazon のカテゴリー別ランキングでも上位に常時ランクされている。他にも、『TURNS』『ソトコト』という日本の“地域"をテーマにした田舎志向系雑誌もあるようだ。
ちなみに、『いなか暮らしの本』の最新刊7月号は「千葉・伊豆・岡山で暮らす」で、伊豆での暮らしも紹介されているようだ。~伊豆では、温泉付き分譲地で海が見える景色を楽しむご夫妻、菜園と宅配温泉を楽しむご夫妻+従妹の3人暮らし。~とあるから、まんざら我が生活圏ともそう離れてはいないところが載っているようだ。
『いなか暮らしの本』 Facebookページ

a0282620_1527181.jpgほう、伊豆で田舎暮らしか・・・。考えてみれば我が暮らしもそうなのだが、どうも「田舎暮らし」のイメージには、広がる田圃や畑を前にして古民家に住む、などというのがあまりに脳裏に浮かぶものだから、案外、「田舎暮らし」とはちょっと異質な感じを持ってしまうものだ。高原の森の裾の小さなガーデンを前にして・・・が我が家のイメージだからだ。
もっとも別荘地の一画に常住している口だから、「田舎」というのが適当かどうかもある。常住者もそこそこいるので、山間地ながら住宅地でもある。そんな半田舎暮らし的な世界で庭の写真を撮っている(blog用に)のだから、生粋の田舎志向派とはちょっと違うのかもしれない。
もともとここへ至ったのには、これら田舎暮らし雑誌を読んでいたわけではないし、今のように関連ブログも知らず、情報はほとんどなかった。ましてや、DIYで小屋がセルフビルド出来るなどという経験もしてなく、自分の家を自分でなどとは考えも及ばなかったものだ。
ガーデニングも庭の土木工事も、ガーデンハウス建築や野菜づくりも、すべてこの地へ越して来てからはじめたもので、もし、今のキャリアが身について遡って土地探しをしていたら、きっと住む家も何もかも違うものなっていたろうと思う。
それも時代の流れと自分の歳の重ね方もあるだろうし、若いうちから今得ている経験と情報が獲得出来ていたら、またそれはそれで、人生は違うものになっていたと思うが、それが人それぞれの境遇や出会いの綾であって、これが自分なのであろう。


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ミニマムライフスモールハウスBライフなどという“寝太郎”さん世界が市民権を得たのは、まさに時代の要請なのだろう。それに、早期リタイアセミリタイアシンプルライフスローライフなど、過去の時代にはかなりマイナーな志向が今ではある領域では脚光を浴びるほどになりつつある。
ブログの登録カテゴリーにしてみても、こういった部門が人気を博しているようだ。そういう自分もRSSリンクで紹介しているとおり、“寝太郎”さん“からあげ”君“かつや”君などのブログ更新を楽しみに読んでいる部類だ。

若い人たちには、これだけの情報や機材や商品やノウハウが既存に手に入るのだから、どんどん田舎へ、山へ、未開地へ出て行ってほしいと思う。ありきたりな生活圏で、ありきたりな生き方を、先の見えるような人生を選ぶのに苦を感じる感性があるのなら、自分の手で開いていくマイライフを求めていってほしいものだと思う。


※当ブログ参考関連記事は、カテゴリーの
●「田舎暮らし」
●「D.I.Y」
●「ガーデニング」
などをご覧ください。


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by martin310 | 2014-06-10 15:45 | 田舎暮らし