伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
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そうだ、映画『西の魔女が死んだ』の“おばあちゃんの家”、去年行ってみたこと記しておこう。


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去年撮った写真画像を見直していたところ、記事にしようとしてそうしなかった、映画 『西の魔女が死んだ』の “おばあちゃんの家” のロケ地の画像があったのを思い出した。

これは、清里のキープ協会内の敷地に建てられたオープンセットの家だが、ロケセットとはいえ、まったくのれっきとした建築物として、充分居住に耐え得る造りになっているようだ。
2008年の映画公開と同時に期間限定で一般公開もされて来たようだが、去年の5月をもってすべての公開が終了したことはネットを通じて知っていた。

その翌月の半ばに八ヶ岳方面へ行ったとき、清泉寮にも寄り、この“おばあちゃんの家”の建っている場所が漸く分ったので、清泉寮の北側のコテージ群のある森の中の道を行ってみた。既に辺りは閉鎖されていて、遠くから眺めるしかなったが、天気もいまいちな中、一応、写真だけは何カットか撮っておいた。これらはそのときのものだ。

また今になって、ハンドメイドハウスの視線でこの“おばあちゃんの家”を眺めてみると、実に優れた作り手の技術やセンスが見受けられるのに驚いて、やっと今回記事にしようと思った次第だ。


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※元画像 http://www.apdj.or.jp/sketch/sk-16.html


a0282620_143204.jpgで、関連情報を検索しているうち、当時はまだまだ探せていなかったサイトなども出て来て、いっそうこのセットの家にまつわる製作の過程などに興味を持った。
まず、この映画の中心の舞台になるこの家は、映画の美術監督によるスケッチがもとになっているのを知った。詳しくはこのページにある。
見てのとおり、美術の方のスケッチどおりにかなり正確に再現されて造られているのがわかる。しかも、これを基礎工事から完成、まわりの植栽まで、ほぼ一ヶ月という強行軍で建てしまったスタッフの力量と根性には敬服するばかりだ。

通常の新築のようにきれいに建てるのならまだしも、数十年も暮らしている山荘のような雰囲気を出すために、使われている材料は皆、そこそこの経年劣化した古びれたものにする必要がある。それを一ヶ月の期間で醸し出さねばならないのが条件なのだから、さすが映画の大道具組の人たちの手腕は優れている。
外壁の1階は鎧張りで、2階は縦張りに、屋根は板葺きに。それも窓枠やデッキの手摺りなどと同様に、かなりアンティーク処理を施している。手摺りの塗装の剥げ具合など絶妙だ。外壁の塗装が年数を帯びて劣化して薄くなり、雨による滲みで黒くなっている状態など、いったいどうやって表現するのか、木材保護塗料をただ塗っただけでは到底塗りたてになってしまうところなのに、見事に色落ちして古く見える。
a0282620_144044.jpgもっとも、この画像では既に築6年ほど経過しているので、そう見えるのかとも思ったが、facebookにある「西の魔女・おばあちゃんの家」の最初の頃の画像を見ても、同じようにやはり古めかしく加工してあるのがわかる。

玄関の庇の細工やドアのデザインまで、細部にも手が込んでいる。ドーマーは珍しく横長の窓で、引き違い窓にして換気や通風にも有効にしてある。
室内からの写真を見れば、窓の桟のデザインにもかなりのこだわりがあり、どうやってあのようなアンティークな窓縁を探せるのかも驚きだ。そのほか、室内インテリアについては、もう至るところに目を見張る優れた意匠のものがある。このページなどで、少しはわかるだろうか。日本の古民家の古材もかなり流用しているようだ。


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※元画像 http://www.iihi.biz/blog/archives/2008/0711_1815.html


ちなみに、建築士の方がこの家を訪れたときの目測から、この家の間取りを図にしてくれているので参考にしたい。
実際に映画の映像でも内部はところどころ映っているが、まあセットとはいえ、よくもここまで徹底して完全な家を作れたものだと、はなはだ関心する。

a0282620_1442577.jpgサンルームについては、建築条件上、屋根はガラスのままというわけにはいかなかったようで板葺きにし、側壁のガラスも下部は板張りに変わっている。
煙突の上部の鉄製の屋根まで、やはり手抜きをせず徹底してイラストどおりになっている。しかも煤けて見えるので、実際にも使えていたのだろうか。内部画像を見ると、やはり暖炉のまわりには焦げ跡が見える。実際、火も燃せたのだろう。

まあ兎に角も、これだけの建物が一般公開を終えて放置されているのはしのびない気がする。このときでさえ、既に一ヶ月を経過して、辺りはかなり荒れ果てた光景だった。せっかくのハーブなどの植栽も野生化してしまい、木々ももとのうす暗い森に戻っていくのだろう。

この場所は、もともと林業の作業小屋が建っていて、それを解体してから整地し、基礎工事に入ったようだが、最初にロケハンでこの場に巡り合ったときから、あの映画の世界がここを呼んでいたかのように、想像のなかにあった“おばあちゃんの家”が現実化するのだから、何かそこに不思議な因果を感じるものだ。しかも、その後、こうしてまた元の森に戻っていくというのもまた、この森の力なのかもしれない。

森の中に建つ瀟洒な山荘というイメージとして、とても想像を豊かにする要素がこの家にはある気がする。洗練されすぎた既製品的な建物が増えていくなかで、こんな時の重なりとそこでの暮らしと、人の手のぬくもりが宿る、森と花々とともにある家の記憶として、いつまでも脳裡に残しておきたい家である。


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by martin310 | 2015-01-30 13:47 | キャビン

冬の河原で焚き火を愉しむ。火というもののありがたさをかみしめる。


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最近よくYouTubeで、ツーリングキャンプなどの野宿旅のドキュメント映像をよく観ているので、無性に焚き火をしたい思いが盛り上がって来ていた。
そう、キャンプには焚き火が欠かせないものだが、そのキャンプにすら去年の夏以降一度も行っていない。ましてや、日常の生活の中で火を見たり、炎をしげしげと眺めたりすることも実に縁遠いことになっている。
火を起こし、炎をうまく扱うことは、何か人間にとっての本源的な生活欲求のように思えて、実際、焚き火をぼーっと眺めていることは無性に愉しいものであることは、キャンプ経験のある人にはよくわかるところだろう。


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そこでその焚き火をしに、(焚き火にはそれを行う場の雰囲気やシチュエーションがとても大事だ)わざわざ高速を飛ばして、静岡の安倍川の上流、梅ヶ島あたりまで河原の最適地を求めて行ってみた。
だが、実際は安倍川に沿ってずっと道路が伸びてはいるものの、なかなか河原に近い場所で絶好のロケーションというところはなかった。
a0282620_20153358.jpg河原が広く車も降りれそうなところがあっても、道路から丸見えでどうも具合が悪い。この寒い冬に、河原で煙をあげている人間はちょっと怪しいので、支流を見つけてその奥まった人目のつかないところを探した。
そこは登山道の入り口で、やや広いスペースがあった。しかも、焚き付けにありがたい小枝の山が放置してあって、小枝拾いをしなくてもすぐそこにあって便利だった。

本当はキャンプ用の焚き火台を購入しようかとも思っていたが、まだ買って一度も使っていない安くて小さいバーベキューコンロがあったので、まあそれでも一応火は焚けるだろうと、直火はせずにコンロで火は焚いた。
焚き口の高さがあまりないので、大きな薪は使えないが、それでも全面に火がまわるとけっこう暖かくなる。おそらく気温は5~6℃だろうか、ときおり雹がふわふわ落ちて来ていたほど寒かったので、いっそうこの炎の暖かさがありがたかった。
薪といってもD.I.Yで出たSPF材の木っ端がたくさん残っていたので、それをくべて燃やした。火がまわって炭になり、熾きになってじわじわ燃えて、最後には跡形もなくまったくの灰になる。その様態の変化にもおもしろさを感じる。


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野菜と茸と竹輪、油揚げだけのシンプルな具材のうどんをこれで煮て食べた。火力があるのでけっこう早く煮えた。こんな簡単なものでも、こんな場の寒空のもと、体があたたまる食べ物は本当においしいものだ。
冷凍庫に残っていたエビも網焼きして食べた。シシャモもあったが、少食派としては食べきれないのでやめておいた。
食後は当然、いつものように定番の“河原でコーヒー”を沸かして飲んだ。

a0282620_2016184.jpg残っている木っ端をがんがんくべて、大きな炎で暖を取り、焚き火の醍醐味を味わおうと思ったが、後始末のことを考え、すべてを灰にするまでけっこう時間がかかることもあるとツレに諭され、今日はこのへんにと惜しみながら片付けに移った。
まあ、今回はちょっとしたデモンストレーションで、今後は本格的なテント泊の野宿の中で思う存分焚き火に没頭したいと思った次第だ。

というのは、実は今年の抱負として、日帰りコースだけに限られていた小旅を、もう少し範囲を広める為に1、2泊できる車中泊やテント泊にして、本格的な旅のスタイルに変えていこうという計画があるからなのだ。その一環として、冬場のデイキャンプを経験してみたわけなのである。その中でも野山や河原での焚き火に寄せる思いは、旅のメインイベントの如く重要な愉しみであり、その実際の具合を確かめるのにも、今日の焚き火ランチは大事だったのだ。

人のいない山中に分け入って、生の自然にもっともっと触れていたいという衝動は、新たな旅のかたちを生んでいくだろう。未だ見ぬ、人知れぬ自然界の姿を求めて、今年は旅の機会を増やしたいと思っている。(野宿旅こそ、旅にかける経費のミニマムを追求するものだから、自ずからなる帰結なのである)


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by martin310 | 2015-01-28 20:17 | ∟デイキャンプ

夢見るガーデンハウス。こんな魅惑的な小屋が庭先にあったなら・・・。


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住まいとなる母屋が既にあるのなら、次は庭の一画に小さくとも夢のあるガーデンハウスを建てたくなるだろう。
まあ、そんなワクワクするような空想に浸るだけで終わるのがしがない現実というものだが、もしも植物の生茂る広い庭があって、その一番奥まったあたりに、自分ひとりが漸く憩えるような狭さのミニハウスがあったら最高だろうと思う。

我が家はもう既に母屋以外に、建物としては小さいながら3棟(ミニログハウス・ログ物置・道具小屋)も建ててしまっている。もう少し前面に奥行きのある広い庭のスペースがあったのなら、その奥まった右端の辺りにここにあるような一人用ガーデンハウスをセルフビルドしたい気もするが、残念ながらもうその余地は物理的にない。
だからせめて、自分の手で設計し、造作できそうな小屋のモデルをネットから探して並べてみて、しばし出来上がった小屋に居る自分を空想して愉しんでみようと思う。


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ここに集めてきたガーデンハウスは、道具小屋を自作した自分のノウハウの中では、それほど造作に手が届かない部類のものではない。ツーバイフォーのパネル構造でどうやったら造れるかは容易に想像できる範囲のものだ。なので、主に設計デザインやカラーリング、窓やドアの形などに興味がわいていく。

それにしてもこういう小屋を見るとワクワクして来る感覚とは、どういうものから来るのだろうとよく考える。
もちろん、創意工夫してイメージにあるものを実際に建物として創り上げる愉しみは当然の動機になるが、その小屋の持つ存在感そのものに、夢の世界の要素が含まれているからだろうと思う。
植物の旺盛な生命力と、美しい色や形や香りの世界に、溶け込むように小さな小屋が建っている様子は、まさにそこに精霊が棲むような不思議な夢見る空間になる。

しかも、その小屋の適度に狭いスペースが、独り居の独立空間として自分だけの世界を確保してくれる。人は居住空間に広さばかりを求めるが、逆にほどよい狭さも充分にそれに勝る魅力を秘めているものだ。
何をするでもなく、黙想に耽ったり、窓の外を眺めたり、またはその限られた空間内で可能な創作行為に没頭したりと、案外、日常のタイムラインからやや離れた世界に自分の身と意識を置くことが出来るだけに、かなり集中した創造的行為に没入できることだろう。そういう、隠れ屋的ミニ書斎を求める気持ちは以前からずっと持ち合わせていたものだ。

住む為の小屋、キャビンもいいが、このような一時佇むような小屋、ガーデンハウスもセルフビルドの対象として充分魅力を発揮している。「小屋」という世界は「住」という必要条件を少し離れて、人の創造性、異空間性をかなり刺激する夢のあるものだ。


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こういうガーデンハウスを見ていると、自分はこんな風にと思い浮かぶデザインで図面を引いてみたい気になって来る。もはや建てる余地のない儚い夢であるだけに余計に想像力がはたらくものだ。(もっと庭が広ければ叶う夢なのだが・・・)
by martin310 | 2015-01-26 13:36 | キャビン

ただ激しい波の姿を見たくなる。海にて、洗われる意識に浮かぶもの。


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人間の世界で起こる事柄のみに注力し過ぎていると、どうも頭の中も、心の中も、薄汚れた煤煙に巻かれたように胸苦しくなる気がする。
たくさんの声があちらにもこちらにも沸き立ち、騒然とした舞台を眺め過ぎているうちに、この実在の世界が人間だけの狭苦しく、猥雑で偏狭な空間にしか思えなくなるものだ。
そんなときは、ひとたびそこから離脱して、自然界の颯爽とした息吹に意識を洗浄したくもなる。

冬の海の青々した波間を見つめていると、その絶えることない波の生成の現場では、自然の生み出す清冽な潮(うしお)と飛沫(しぶき)と白い波頭と海風を全身で受けることで、なにものにも代え難い地球の脈々とした命を感じるものである。
沖を見つめる目の中に、波風に乗る微細な潮の微粒子を見るように、自然の神が臨在したように意識と身体の全体をすり抜けていくようだ。豪壮な砕け散る波音のうちに、吹き溜まった情報の綾のつくり出した煩悶が拭い去られるように貫通していく。

誰もいない海辺を潮風に吹かれて歩んでいけば、今までの狭まっていた自然の領域が、これこそ全体を成していたのを思い出したように遥か拡張していく。主体はこの無限なる世界ではないかと、人間の居座る限られた極小の世界が遠のいて幻のように消失していくようだ。

どのようにしてこの目の前の風景が生み出されて来たのかを考えている。地形が出来上がるその生成の根源には何があるのだろうか?
なぜ生きて動いて変化し続けるのだろうか?
現象には何が働きその像を生み出しているのか?

光や色、匂い、大気、渦、質、群れ、形、組成・・・、やがて意識の目は、あらゆる視覚の対象に向けられていく。
我々人間はそこにどのように存在すればいいのか、おのずとつつましやかな身の在り方を意識しているのに気づくのだ。

畏敬という自然な思いは、崇高な実在を身を持って感受したとき、忘れていた野生を取り戻すように復活を遂げて来るものだ。
まさに原始の遺伝子として眠っているはずのもの・・・。
調和して生きるとは、これを甦らせてこそ在り得ることだ。

人間の世界は、そこからはじめて省みて見えて来るものが本当なのだと、紺碧の海の色が語っているようだ。


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Dan Gibson の曲を聴きながらどうぞ。

Eternal Wave - Dan Gibson

by martin310 | 2015-01-21 23:08 | 風景探勝

まるでガラス窓のパッチワークだ! 前面窓だらけのユニークなキャビン。Nick Olson & Lilah Horwitz の家。


Half Cut Tea . com | Nick Olson & Lilah Horwitz

Half Cut Tea . com | Nick Olson & Lilah Horwitz from Matt Glass on Vimeo.



なるほど、こんな発想があったのか!と驚くだけでなく、映像を見るとオーナーであり、製作者でもあるNick Olsonの意図したとおり、まさに光が充満する温室のような、そして目の前に広がる風景と共にある文字通りガラス張りのかなりユニークなキャビンであることがわかる。

太陽の動きとともに光と影が変化し、同時にグラスハウスとして室内温度も変化していく。快晴の日は一日中、陽光を浴びながら光の世界を堪能することができる。
夕は、Olsonが最初にウエストバージニアのこの地に立ったとき、あまりに美しい夕焼けを見てこのグラスハウスを発想したというとおり、部屋にいながら雄大な落日の光景を見ることが出来る。見るというより、その光景の中に“居る”という感覚だろう。


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Olsonはハンドメイドの古風なカメラで撮る鉄板写真の写真家のようだ。パートナーのLilah Horwitzは服飾デザイナーのようで、映像中にも、彼女が衣服を紡ぐ光景を彼は昔懐かしい黒幕を被る大型カメラで撮っている。
ふたりの古きよき時代の雰囲気を大切にする志向が、この建物の持つ意匠や、室内インテリアの中にも生きている。

a0282620_20323960.jpgこのキャビンの材料は見たとおり、ほとんどすべて古材によっている。その多くは彼の生家の古い納屋を解体して調達したものらしい。この味のある古材が随所にうまく使われている。特に内壁の厚い板は、まさに納屋の壁材だったのでその古びれたテクスチャーがシャビーな味わいを醸し出している。古めかしい薪ストーブの遮熱版にも、錆が全面を覆った金属板を張っている。

a0282620_20334715.jpgそして肝心の窓のことだ。これは見たとおりこれだけの数の形やサイズ、大きさの異なる使い古した窓をガレージセールやアンティークショップなどで集め、それを見事なまでの平面の組み合わせで、キャビンの前面をまるでパズルのように覆ったのだ。
そして一部の破目殺しを除き、他はちゃんと開閉できるようにしている。高さや位置、数、それに開閉の向きを変えてあり、それらを自由に開け閉めして、風の流入の調整などもできる。室内にそよぐそよ風に吹かれながら眠る愛犬のシーンが印象的だ。
アーティストであるセンスは、窓と窓枠のレイアウトを室内から見た光景を見れば、まるでモンドリアンの絵画のようにコンポジションにもこだわったことがわかるだろう。


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a0282620_20372052.jpg古材やリサイクル品を活用し、工夫に工夫を重ね、思いどおりの建物をセルフビルドする愉しみと、さらに日中の光はもとより、夜のキャンドルライトの照明や、空に輝く月や星々を眺めるゆとり、朝焼けの中で目覚める自由など、自然に最も近くに暮らしを満喫できる歓びを享受できるキャビンのようだ。
もっとも、これだけの視界に一切の建造物がない理想的な場に、思い通りの建物を造れるという機会と条件を得られた彼らであることが、このキャビンを生み出せた大いなる僥倖だろう。

ただ、人は運命的にあてがわれた場所にて、創意と工夫と情熱的創造性と行動力で、自分の暮らしのサイズに合わせた住み心地のいい、精神と感性を豊かにさせるミニマムな建造物をつくる歓びとその可能性を忘れてはならない。発想の自由度をどこまで既成概念から守りながら実現できるかが、セルフビルダーの葛藤のしどころであり、出来上がった建物はその格闘の結果の産物である。

このグラスハウスの絶妙な窓組みを見れば、何を優先しているかは明白だろう。そこには、防水性や耐風圧や気密性、それにプライバシーの確保などは問題外なのである。彼らにとって、前面ガラス窓のこのユニークなキャビンは、自然の風景の中で光の素晴らしさを見るための「装置」なのだということだ。

そう、Olsonの最初の発想は、「この丘の上で夕焼けを見る家」だった。


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by martin310 | 2015-01-19 20:49 | キャビン

午睡から醒めたうつつの中で、今あることの意味を思う。西陽射す午後の部屋にて。


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西が開けた山麓の傾斜地に建っている我が家では、午後になると陽が妻壁部分のフィックス窓から射すようになり、リビングは次第にことのほか暖かくなる。
それによってまばゆい光の束が、部屋の中のそこここを移動しながら照らし出すのも、午後のまどろみの時間帯に限られた光景だ。

明るい西陽のスポットライトが、奥のログ壁のドライフラワーを照らしたり、普段キャビネットの中であまり目立たない帆船の模型をハイコントラストで際立たせたり、壁に掛かった自作の絵画の青い画面を印象的に浮き立たせたりと、時間の経過とともに午後の室内の光の演出を受け持っているようだ。

うたた寝から瞼を開けると、また光の束が位置を変えている。あたりの照度が落ちて、光の色がオレンジを帯びて来たら、そろそろ夕を意識しなければならなくなる。それは、のんびりとした午睡の終わりを告げるものであり、また、ゆったりと出来た自由から、貴重な休日の時間の口惜しさに心情が変化して来る頃でもある。

未だまどろんだ浅い夢から醒めたばかりの頭の中で、陽光の傾きというものが、太陽が空を渡っていくからのように見えるが、実際はこちら地球に乗っている方が動いているんだと、亡羊とした脳裡で言い聞かせてみたりしている。
さらに思考が動き出すと、いや、その惑星を従えた太陽は、銀河の中をまたさらにスパイラルに巡っているのだとも思い返しはじめる。太陽系が秒速何千マイルの速さで銀河の内部を高速で移動しているという、ナシーム・ハラメインの言説を思い起こしているのだ。
今こうやって静寂の中で午後のひとときを西陽の翳りの中に見ている自分が、そのような宇宙の一角に置かれていることを想像したりもするのだ。

壮大な宇宙での天体の運行と、太陽が先導する惑星群、その中の地球、その地上で行われている人間の良しも悪しきも様々な営み。時代状況。今という現実・・・。
いったい我々の乗る地球の航海はどこへ向かうというのだろう。太陽に吹く大風に委ねざるを得ない一艘の帆船のように、それは寄る辺なく心もとなくもあり、また、大いなる意志による風の向きを与えられているのでもある、そういう未開の地への旅でもあるのだろうと、ログ壁に映ずるオレンジに輝度を放つ光を見つめるのである。

巡礼する天体とともに、時代も事象も思惟も意識でさえも、巡りめぐって旅をしていく・・・。



※【参考】
   当ブログ 『★わたしたちは太陽系とともに宇宙を巡礼している★ [ナシーム・ハラメイン]』


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by martin310 | 2015-01-16 14:36 | 日々の思索ノート

試みにブログタイトルをTwitter「bot.」風に並べてみた。案外違ったイメージに映るものだ。


これは手前味噌的な試みになるが、ここ最近の当ブログのタイトルをTwitter の「bot.」風に並べてみた。
ご存知のように、当ブログのタイトルはふつうあまりお目にかからないような、常に異常に長いもので占められている。
これは、ブログ投稿と同時にTwitter へのツイートも発信される設定にしていることから、ツイート向きのメッセージ的体裁にしようと意図しているからだ。つまり、ブログとTwitter を兼用できるように、長々としたものにしているという訳だ。それも、もともとこういう文字数の多いタイトルも嫌いではないので、案外気に入ってやっているところもある。

自前のツイートを一覧していたら、「これ案外タイトルだけ並べてみたら、あの著名人の名言集もどきのいわゆる[bot.]のようなものになるかもしれない」と思い、実験的に試みてみた。
自分的にも一連の時間の流れと、記事テーマの変遷が見えて意外に今までと違った視点で自分が書いたものを見られる気がした。
これだけ見ていると、逆に記事の内容を読んでみたいと思えたりもする。もし、そんなふうに感じた方は、どうぞ記事を遡って再読してみて下さい。(テキストでなく、画像にしてしまっているので、リンクは張っていません、あしからず)

よく新刊本の目次だけから、内容に興味を覚えるということがあるので、こんな試みもいつもと一味違った感じに見えていいかもしれないと思った次第だ。
ちなみに、記事を書いているときはいつも文章が先で、タイトルは後から頭をひねって導き出している。出て来た文面から、まるで新たにコピーライトするようにむりやり付けるのだ。それがこんな風に形になると、また新鮮な驚きがある。文字と言葉が生み出すイメージが、また別の姿を顕すのだろう。視覚というもののヴァリエーションは多様だ。



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by martin310 | 2015-01-15 14:13 | その他

キャビンには、古来からの人が住まうための原初のクラフトマンシップが宿っている。


「Six Day Cabin」の記事を書いたとおり、やはりこの、人間が住まうための最小限の家屋―「キャビン」の魅力は自分の、「家」というものについての興味の基底をなしているようだ。

webを見渡していても、ついTiny House関係では「Cabin Porn」などで自分の理想に叶うようなCabinを探している。やはり、それは単に建物だけの設計デザインを見ているのでなく、キャビンとまわりの自然環境とが問題であり、どんな地形や森や草地に、どんなふうな形で建っているのかの総体を見ていて、どれほどその住環境に心惹かれるかで眺めているところがある。
特にそれをこれから実現しようというのではなくも、実際、どんな世界を理想としているかを自分に問うているのかもしれないが、その漠然としたイメージを多くの世界のキャビンの写真画像を見ることによって、判別しながら思うところのものを探っているような気もする。選りすぐっていくことで、徐々に周縁から中心にあるイメージに近づいていっているのかもしれない。

キャビンがあるとするなら、もちろん大自然の中にぽつんと・・・というのが条件だ。なにも現実の住環境のように、人家が寄り集まっている場を選ぶはずもない。現実があまりにせせこましく猥雑であるからだけに、せめて想像の世界では大自然を前に全面対峙したいところだ。

選りすぐった中ではこんなところだろうか?

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大河ではなくて湖だろうか?
どちらにしても、視界の遮るもののない大パノラマを我がものに、デッキでも室内でもいつでも眺められるここは最高だろう。他者や近隣をまったく意識せずにいられる幸福ははかり知れない。ここで視野を広げ対するのは、大自然であり、人のつくる社会や文明である。自分と即多の世界が対峙できる場だ。



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きっとここに至るまでの、山を越え、深い森を通って来るプロセスも重要だろう。
辺鄙であることの自由が、街から貫けて来る路程の長さに比例している。
そこにはまったくの動植物と森林が取り囲んでいるだけで、人の気配はない。自然の只中に、ひと区画の場をもらって滞在させてもらう住人の方が異邦人なのだ。
キャビンは、あたりが暗くなるほど、いっそう明かりのぬくもりが暮らしのありがたさを際立たせるものだ。



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夜の森と満点の星空。
そして、明るくあたたかなキャビンの中。
人として生きている実感は、こういう夜の森の中でいっそう味わい深いものになる。




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キャビンの窓から明かりが漏れる頃、焚き火を囲む人の顔もそれと共に炎に照らされ明るくなる。
焚き火を眺め、心静まっていくと、やがて古代の意識が蘇っていく。
いにしえの時、共に火を囲んだ友が今もここで同じ火を見ているのかもしれない。
神秘な時間が動きを止める夜だ。




キャビンには、古来、人が住まうために自分の手で森から木を伐り出し、石を集め、砂を採り、加工し組立て、四方を囲み天を覆って造った家というものの、素朴で純粋な原点がある。それだけに、息が伝わるほど自然と密接に関わった形跡が刻まれているものでもある。
人は古来、自分の手(クラフトマンシップ)をもとに、暮らしというものを築いていた。その手のぬくもりそのものが形となり、家という実在を形成しているのだ。
それゆえキャビンというものに、原初の住まうという人に欠かせぬ技が、まるで遺伝子となって充填されている気がするのだ。だからハンドメイドな朽ち行くキャビンの魅力を見逃す訳にはいかないのだろう。
by martin310 | 2015-01-13 14:34 | キャビン

過去と未来を結ぶその交点で、彼女は確かな愛に生きている・・・。『A Letter』


  A Letter

Free People Presents: A Letter from FreePeople on Vimeo.




このVimeoにある映像作品は、わずか3分29秒という短いショートムービーながら、その中に映し出されている内容の深さを知るにつけ、なにものか心の奥に深いセンシティブな印象を残すたいへん優れたものであるので紹介しておこう。
確かに何も説明なしに原語のまま観たら、何を意味しているのかちょっとわからない感もないでもないが、内容のヒントになるキャプションを頭をひねりながら意味を汲んでみると、実はこういう深いことを語っていたようだ。

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a0282620_1413286.jpg※(Martin流の解説)
彼女は、愛する彼とともに、ワイオミングの急峻な山々が聳えるジャクソンホールへ旅立った。それは今は亡き母の、古い日記を紐解くことで促されてやって来た場所だった。
母の日記の中の走り書きには、このジャクソンホールの一角にある、小さなキャビンと3本の立ち木が茂った場所のスケッチが残されていた。その木の下に母が埋めておいた四角い缶を彼女は発見する。
蓋を開けると、そこには母が今の彼女である年代に、同じように愛する彼、それは後の彼女の父になる男性と、この場所へ来て、やがて次に待ち受けているであろう娘となる彼女の為に、二人の思い出深い写真とネックレスなどを入れておいたのだ。
彼女はそれと代わりに、自分の下げていたネックレスをまた次の未来の彼女の娘の為にその缶へ入れ、同じように土に埋めておくのだった・・・。


a0282620_14131236.jpgそこには時を超え、世代を超えて、愛し合うふたりと母と娘の愛のかたちがある。彼女がそうであるように、母のそのときも今のふたりと同じように愛を育みつつあるときを生きていたのだ。
かつて母が紡いだ愛の物語と、今そこにいる彼女のそれがつながり合い、重なり合いながら、また次なる物語を織っていく。
折り重なる時間の証のように、木の下に埋めた缶はそこに在るのだ。
過去と未来を結ぶその交点で、彼女は確かな愛に生きている・・・。
by martin310 | 2015-01-11 14:19 | vimeo

「Six Day Cabin」― たった6日間で建てた山小屋。セルフビルド派には断然勇気が湧いて来るイベントだ。


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「スモールハウス」「Tiny House」「山小屋」「キャビン」などのキーワードにはなぜかすぐに反応してしまう自分は、やはりそれら関連サイトをよく見に行く。
Tiny House関連には、豊富な写真画像でかなりユニークな建物群が紹介されていて刺激的だ。
http://tinyhouseswoon.com/
http://tinyhouseblog.com/
かといって、まだこれからセルフビルドをやろうという計画はもうないのだが、自分の未だ見ぬ理想的なコンパクトハウスのイメージを、どこかで模索しているのかもしれない。ローコストでありながら、空間の利用の仕方に工夫あふれ、光の採り入れ方や外の景色の活用、居心地のよい魅力的な居住性など、未だこれだ!というスタイルに出会っていない。

出来れば自分たち以後の世代の方々にも、この建物ならセルフビルド可能で手が出せるような、しかもコンパクトでありながら快適な住み心地が実現できそうな、そんな自分で作れる家のスタンダードプランのようなものを提供したい、そんな気もしているからでもあるだろう。
それは自分がそうであるように、長い就労期間のほんとんどを、世間並の住宅を持つ為に延々とローン払いに追われるような、ハイリスクでしがらみそのもののライフスタイルを送らなくて済むように、若い頃からセルフビルドで自分のミニマムハウスを持つことを推奨したい気持ちがあるからでもある。

現在の大掛かりでハイコストな「家」、生涯を懸けて持とうとするマイホームという既成概念から抜け出て、人里離れた自然の中で、粗末ながらも自分のプランによる完全自由設計、自前建築による創意工夫あふれたミニマムな家暮らしをしてゆく方が、断然有意義であることを実感してもらいたいのだ。

そんな気持ちを持ちながらweb上を巡っていて行き当たったのは、この「Six-Day Cabin」だ。
https://medium.com/@_aaronflack/six-day-cabin-what-we-learned-in-the-woods-1b79b0e8b53f

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今やTiny House関連の建物はかなりレベルアップしていて、プロフェッショナルな造りのハウスが増えて来てはいるが、余り出来過ぎたものは自分の求める範囲のものではないので、むしろ素朴で簡易な仕組みのキャビンなどに自分の興味は向いているようだ。
やはりDIYにそれほどまだ自信がない人でも、それなりにトライ出来そうな予感を感じさせるようなシンプルな構造を持ったものの方がいい。いくら見栄えはよくても、とても作れる実感が湧かない代物では意味がない。
自分でもガーデンハウスを手掛けて得たノウハウから、これならもう少しスキルアップすれば可能な域だというものとして、今回紹介する「Six-Day Cabin」に至った訳になる。


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◆“4人で6日間”

「Six-Day Cabin」は、英文サイトなので自動翻訳による不自然な記事で読まぜるを得ないのだが、どうやら4人で6日間で作り上げたキャビンということが売りで話題性を持ったようだ。
リーダーだけが実業として建築に携わっているだけで、他3人はズブの素人、しかも小屋づくりなどまったくの初心者のようだ。
場所はオレゴンのポートランド郊外、農場のあるダグラスファーの林の中に建てたということで、4人は6日間の休暇を取り、その日程の計40時間で、基礎、土台のデッキ、外壁、屋根、窓、ドアまでの木工事をやり切ったということのようだ。

この“4人で6日間”というのは、実際、キャッチフレーズとしてもかなり魅力的だ。その程度でここまでのキャビンの外装までが出来てしまうなんて・・・、と思うにはもってこいの手軽さを醸し出している。
もちろん、彼らは住居として使う訳ではなく、あくまでこの自然環境のいいエリアでのアウトドアの為のベース基地として、友人どうしで共有しようということのようだ。
なので、造りも至ってシンプルで、寝泊まり出来る小屋、つまりキャビンの仕様になっている。キッチンもトイレもシャワールームせなく、あるのは床とロフトのみ。
後はぼちぼちDIYすればいいということで、最低限の容れ物としての小屋までを作ったという訳だ。

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◆記録画像からキャビンの仕様を推定する

記事中には、DIYのマニアックな内容データは明かされていない。図面はおろか、使用材の種類やサイズ、それに基礎工事についての記述もない。
なので彼らが残した製作工程の各写真画像から類推してみた。

a0282620_16282354.jpg基礎については、どうも地中に大型の束石を埋めたのだけはわかるが、掘った穴の大きさから捨てコンも打ってないような気配だ。普通は穴を掘って砕石をまいて突き固め、モルタルでとめた上に束石を置き固定するのだが、まさかただ埋めただけではないだろう。そのあたりは不明だ。
それにこのデッキの広さで束柱が9本で、しかも細いのが気になるが、それもリーダーの経験知から可なのだろう。上ものからいってかなりアンバランスだが、屋内にそれほど造作をしないつもりで荷重を見積っているのだろうか?

我々のように束石の位置決めに「遣り方」や「水盛り」はどうやったのだろうか?
傾斜地なので、水糸を張って下げ振りで位置を決めるかなり難しい作業になるはずだが、どうもこれは事前にリーダーがやっておいたのだろう。
なにせここからはじめて一日で床デッキまで完成させるのは無理だろうからだ。
(でもひょっとして4人いれば出来てしまうのだろうか。自分としてははいちばん苦労した工程だが)

a0282620_16285492.jpg束柱は4×4(フォーバイフォー)で、土台は2×10を使っているようだ。その上の根太は2×8。床面の合板はかなり厚めで18ミリくらいあるのではないだろうか。
束柱以外はかなり頑丈なつくりだ。
それに土台の上に根太がこんなふうに並ぶのは見たことがない。根太自体をどうやって固定しているのだろう?何か我々とはまったく違う発想だ。
全体の造作でコーススレッドでなく釘を使っているところも違う。

a0282620_16295311.jpgキャビンの大きさは200平方フィートといっているから、約11畳くらいの広さがあるようだ。人の大きさから、おそらく横3.5メートル×奥行5.2メートルくらいだろうか?
床だけで約5.5坪の小屋のようだ。
ロフトがある側は片流れ屋根のこう配の高い方側なので、けっこう高さもある空間だろう。(ロフト天井までは4メーターはあるのでは?)
ツーバイフォー工法だから、壁パネルの大きさもかなりなものになるはずだ。
これは写真のように男3人がかりでようやっと立てられる重量だろう。(このあたりの位置の微調整がかなり辛いものだ。風が吹くと恐怖でもある)
しかも、この壁パネルの上にさらにトラス用フレームを上げて固定するのだから、梯子と脚立だけで足場がない中での作業は、高所が苦手な人にはかなりの忍耐を要する。

で、このパネルに張る合板だが、見るとこのまま外壁になるようで、通常、改めて外壁用に杉板などで鎧張りにするものだが、このまま外壁になるような縦の溝が掘ってある加工品のようだ。さすがツーバイフォーの本家本元、こういう材料もあるとは。これに最終工程では、木材保護塗料を塗ったようだ。

a0282620_16302512.jpg屋根の垂木にしても2×8を相当長く使うようで、1本1本上げるだけでもかなりの労力だ。
内壁も床もそうだが、屋根にも断熱材らしきものは入れていない。垂木の上にそのまま野地板を張っている。寝泊まり出来るキャビンとして、基本的な質素なものを目指しているのだろう。
屋根工事は、野地板のOSB合板の上にルーフィングを張り、その上に何を張るのかと見たら、いびつで不揃いな板片を張っている。どうもレッドシダーの板葺きにするようだ。出来上がりは味わい深いが、耐久性と張る手間からけっこうこのあたりはこだわりがあるようだ。
でも、これで間から浸水しないのだろうか?
ケラバの水切りなどちゃんと金属を取り付けている。きっとリーダーはわかってやっているのだろう。
最終日一日でこれだけの屋根葺きを終わらせるとは、けっこう仕事が早い。

ドアと窓は中古品を使っているようだ。ロフトの横長の窓はフィックス窓のよう。
内部の明るさを見ると、天窓をつけた方がいいようにも思う。(自分なら絶対天窓は欠かせない)

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◆6,000ドルの建築費のことも。

a0282620_16351894.jpgこれだけの土地を除いた全材料費を6,000ドルとうたっている。
室内の設備はまだまったくないのだからほとんどが木材の購入費だ。
これで70万円なりとは、はたして安いだろうか?
安いだろう、なにせ工賃0なのだから。

この建物を容れものとして、内外装で自由に、使い勝手よく、空間効率がよく、おしゃれで機能的な構造に仕立てたら、かなりいい住居にもなりうると思う。
従来のトレーラーベースの上にツーバイフォーで建てるTiny Houseでは実現出来なかった、ワンランク上の空間の広さを活用できるのが魅力だ。

キッチンとリビング兼ダイニング、ロフトは寝室兼書斎、それに洗面とシャワールームとトイレ。11畳+ロフトがあれば、かなり広さを保てるが、できればバス&トイレ、ランドリー、それに収納などで別棟があればベストだろう。

ベースになる本棟を最初に作り、後に必要な施設を増設していくという、また、ライフスタイルの変化に合わせ、増設や建て替えをしながら増殖させていく居住空間というのもおもしろいのではないだろうか。
そういう意味でも、このキャビンはシンプルな構造だが多様性を持たせられる魅力ある建物だと思うのだ。もちろん、箱形で片流れ屋根というツーバイフォー工法としては造り易いスタイルであるのも、また工夫次第で柔軟に構造変更も容易なところも持ち合わせるこのスタイルは、セルフビルドを進める上でも可能性の高い建物だと思うのだ。


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◆自分で切り拓く人生―それもセルフビルド。

もちろんここで言っているのは建物だけに限ってのことになるが、日本の現状を推し量ると、ではどこに、どのようにして建てられるかは、様々な入り組んだ法や税制の規制をもろに受けることになる。
厄介極まりない面倒なものが希望の前に立ちはだかるが、それらを十分研究の上、これという土地取得が叶った先のことであるのは言うまでもない。
(このあたりの件はまたいつか改めて記したいと思っている)

それに、このキャビンの現状は、ライフラインについてはまったくもってひとつもつながれているものはない。いわばテント代わりの宿泊拠点にしか過ぎないのだが、このキャビンの形式をもとに独自の家を造ろうとするなら、このライフラインの確保がさらに大きな問題になる。その他諸々の解決すべき問題が家づくりにまつわるものとしてたくさんある。

だが、現状の「家」なるものにまとわりつく既成概念を超えて、本来あるべき人間としての「住」の原点、暮らしの場としての自然と融合した住まいを求めるのなら、やはりセルフビルドの醍醐味に賭けるのもいいだろう。
住まうべき土地との出会いは、共に暮らす伴侶との出会いに匹敵するほど、人生を左右する重大な出会いとなる。ライフスタイルとはそのまま、当人の生き方そのものの顕現であるだけに、どんなところでそんな風に住まうか、というのは一大事のことであるはずだ。
自分で切り拓く人生・・・・、それはこんなキャビンの空想からはじまるのだ。


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by martin310 | 2015-01-10 16:41 | キャビン