伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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雪だるまのダル君・イブの日に

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「えっ、こないの?」
「どうして?」

「おねーちゃん、お熱だしちゃったの」
「ええっ、そうなの?」
「だいじょうぶ?」
「うん、いま寝てるよ」
「そーかー、かわいそうに。」
「で、Chrisちゃん、それを伝えに来てくれたの?」
「うん、おねーちゃんが行って来てって」
「ありがと。たいへんだったね。帰れる?」
「うん」
「じゃあね、おねえちゃんにおだいじにってね」
「うん」
「僕、あしたプレゼント届けるからって言ってね」
「うん」
「でもね、ちょっと心配なんだ」
「んー?」
「あのね、もしあしたお天とうさんがギラギラしたら、
僕ね、たぶんだんだん痩せて、最後はなくなっちゃうかもしれないんだ」
「ふーん、へんなの」
「Merryちゃんのお家まで持てばいいんだけど」
「とけると死んじゃうの?」
「うん、もし、僕が途中で解けちゃたらChrisちゃん、
また雪をゴロゴロころがして僕をつくってくれる?」
「うん、いいよ」
「そしたらまた僕ができるんだ」
「ダルちゃん、また生まれるの?」
「うん、そうさ、また僕戻って来れるんだ」
「ああ、よかったぁ」
「ダルちゃんきっと来てね」
「うん、Chrisちゃんよろしくね」
「あしたはMerryちゃんとChrisちゃんの日だからね」

-Martin・作-


これは、先日行った山中湖のPaperMoonで買った雪ダルマ君です。
幅が65mmばかりの小さなものですが、実にかわいく、さっそく
家のウォールシェルフのクリスマスコーナーに飾りました。
我が家では、ツリーも電飾も何もしないのですが、
このミニコーナーだけは年中クリスマスです。
先客の雪だるまとツリーに仲間入りですが、
このベンチの雪ダルマ君が主役に躍り出ました。
当分主役の座は変わらない模様です。

PaperMoonの雑貨売場には、まだまだ小さなかわいい雑貨が
ところ狭しと並んでいます。
飾る場所があれば、あれこれ欲しくもなりますが、
まあ、我が家では物の量が飽和状態なので、
これ以上の搬入は禁物です。

ちなみに、PaperMoonはメインはケーキカフェです。
おいしそうなケーキやパイがウインドウの中に並んでいます。
ですので、ランチはないですのでご注意を。
もっとも、ランチにケーキ&パイを食べる方は別ですけど。
それに店舗の右側は雑貨売場になっています。
もちろん、雑貨だけでも気軽に入れますよ。

この日はケーキカフェの方はけっこう席が埋まっていて、
のんびりできそうもないのでまたの機会にしました。
最近はこの店、大人気店になったものでいつも人が多いですね。


by Martin


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# by martin310 | 2012-11-09 18:44 | カフェ&レストラン | Comments(4)

山中湖・ブルーハウス

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昨日の投稿記事の続編です。

山中湖に出掛けると、
大抵は湖畔の周遊道を一周したり、
気になるお店のパーキングに、
はたまた無料駐車場に置いて、岸辺に出たり。
そして、ランチをどこかでやっと食べたり。

そんな感じで終わるのがふつうかもしれません。
ですが、
もっと素敵な場所は、
観光客が行かない場所にこそあるのです。

山中湖周辺で、あの湖のほとりの
独特の避暑地的雰囲気を持った地とは、
湖の東半分の南側、つまり旭ヶ丘から平野あたりまでの
樹林帯の中でしょう。
ここはとても瀟洒な西洋風の森のエネルギーを持っています。
なので、自然に別荘地となり、
お洒落なペンションが建つことになります。
(もっとも今ではペンションブームもとうに去ってしまったご時勢なので、
閉鎖したところが多いのですが)

山中湖を地図で見ると、
なぜか鯨の形をしています。
この尾っぽの下の部分にあたるのが別荘地帯です。
紅葉ヶ丘、あざみ丘、月見ヶ丘別荘地です。
その中をゆっくり静かにとろとろ走って、
素敵な被写体を探すのです。
もちろん別荘地ですのでエチケットは守って、
住人の方の迷惑にならないように・・・。

すると、こんな絵のような建物を発見するのです。
なんて素敵な塗装色でしょう。
ガレージがふたつもある家なんて。
ほかにも、暖炉がある証拠の煙突のある家など。

またちょっと、ホックニー的でしょうか。

陽の光が織り成す微妙な陰影の美しい秋の日に、
こんな建物を発見できて、とてもしあわせな気分になりました。


by Martin

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# by martin310 | 2012-11-08 20:30 | 風景探勝 | Comments(0)

秋の日の山中湖

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山中湖周辺で撮った秋の彩りを送ります。

モノクロームの冬がやって来る前の
まるでグランド・フィナーレのように
絢爛たる色彩の饗宴を
見せてくれた秋の日でした。

色彩という愉しみを自然は人に与えてくれた。
それもこれも、みな光あってのこと・・・。
太陽のもたらすふんだんの光の洪水を、
秋の湖水は見事に反射し輝いていた。

光の恵みに感謝する・・・そういう一日でした。


by Martin
(※ラストの写真の中の人物)


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# by martin310 | 2012-11-07 21:36 | 風景探勝 | Comments(8)

映画『萌の朱雀』 ─みちるの家へ行く─

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    ▲映画『萌の朱雀』の舞台/みちるの家に使われた建物(今も現存する)


映画『萌の朱雀』/ロケ地探訪

◆赤い屋根の家
この赤い屋根が印象的な民家は、河瀬直美監督の映画『萌の朱雀』の舞台となった建物です。
この映画を一度でもご覧になった方なら、家族の食事する開け広げた茶の間から、広大な山々を眺められるこの家は、いったいどこに建っているんだ?という思いを抱くことでしょう。
まるで天上の風景のような山の景色の中で暮らす家族の、その舞台となった家は実際どこにあるのだろう?行ってみたい、そして、この眼前にある山に現場で対峙してみたい、そう私も思っていました。
この奈良県の旧西吉野村の、ある家族の物語を編んだ映画の中で、この家の持つ意味と魅力は重要な核となるものです。
この赤い屋根の家が、この高さの標高にあることと、これらの西吉野の山々に包まれた風景の中に存することが、物語の彩の基調をなし、そこにいる人たちの存在を光あるものに仕上げていると思えるからです。

吉野は、いわゆる吉野千本桜の吉野山ということで何度も歴史探索の折に訪れていた経緯もあり、また、西吉野にしても、熊野や十津川への旅の帰路に、この西吉野を通って奈良に出るコースはよく使ってもいたことから、奈良県五條市西吉野町平雄を探し当てることはさほどたいへんなことでもありませんでした。
もっとも、日本中、どこであってもカーナビを装備せずも、わずかな地図たよりに如何なる場所にも辿り着ける自負のある自分は、必ず見つけるという自信が最初からあったものでした。
というのは、思ったより凄い山の中なのです。車のすれ違いはほとんど出来ない農道を、どこまでもどこまでも枝道に迷わされずに登って行かねばなりません。
頼りは自分の長年養った勘しかありません。そんな険しい山道の先に、これだけの展望の開けるところがあるのです。

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◆『萌の朱雀』/概要
この映画は河瀬監督が、それまでの自主制作の8mm作品を離れ、初の35mmで撮った最初の商業作品として制作されたもので、この作品により1997年第50回カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞し、第26回ロッテルダム国際映画祭国際批評家連盟賞 や芸術選奨文部大臣新人賞など、数々の受賞を果たした名作映画です。

『萌の朱雀』-予告編-



a0282620_2048827.jpg 1997年 WOWWOW/バンダイビジュアル 95分
[監督/脚本]河瀬直美
[プロデューサー]仙頭武則/小林広司
[撮影]田村正毅
[音楽]茂野雅道
[出演]田原孝三:國村隼
    みちる:尾野真千子
    幸子:和泉幸子
    栄介:柴田浩太郎
    泰代:神村泰代
    栄介(幼少期):向平和文
    みちる(幼少期):山口沙弥加

※出演者で俳優は國村隼と尾野真千子だけで他はすべて素人の方たちです。
 また、尾野真千子はこの映画が初出演で、演技経験もはじめて、ですがこの作品で女優として第10回シンガポール国際映画祭主演女優賞などを受賞しています。
*萌の朱雀 [DVD] Amazon

<ストーリー>
奈良県西吉野村。林業低迷で過疎化が進むこの村で、田原孝三(國村隼)一家も代々林業で生計を立てていた。そこに、鉄道を通すためのトンネル工事計画が持ち上がる。鉄道に対する人々の想いは切実で、孝三自身も自らの夢をかけてトンネル開通作業に携わる。

孝三の母・幸子(和泉幸子)、妻の泰代(神村泰代)、姉の残していった子供・栄介(向平和文)、そして愛娘みちる(山口沙弥加)に囲まれた、つつましやかながら幸せな生活は静かに過ぎていった。しかし、工事は中断され、トンネルは無惨な姿で取り残される。

15年後、孝三は働く気力を失い、一家の生計は、栄介(柴田浩太郎)の収入に頼らざるを得ない。みちる(尾野真千子)は"えいちゃん"と兄のように慕ってきた栄介にほのかな恋心を抱き、栄介は泰代に"母"を重ねて想いをよせる。ある日、孝三は愛用の8ミリカメラを持って出かけたまま帰らぬ人となった。そして一家はそれぞれの哀しみと想いを秘めたままこの地を離れ、それぞれの"生"に向き合いはじめる・・・。


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◆映画のプロローグ
映画のプロローグは、大風に揺れる樹々の映像からはじまります。
風の音にピアノのシンプルな和声が重なります。

この導入部だけで、この映画の「世界」に早くもグッと引き入れられます。
私としてはこの部分だけで、この作品世界の半分は胸に届いていた気がするほど、強力な創造世界が宿っていると思えます。
もともと、樹木の枝葉が風に揺れる情景に最も心惹かれるものを持っている私としては、この最初のワンシーンでドンと宇宙の律動のような森の風を受け、その音と音楽で感性的ショックを与えられた気がしたものです。
それを知ってか知らずか、最初に使った河瀬監督の映画人的センスの卓越さを思ったのでした。しかも、この音楽をつくった茂野雅道という作曲家に、天を通じた何かを感じたのが真実のことです。

映画のタイトルの『萌の朱雀』について、ちょっと記しておきます。
不思議な音のするタイトルですが、実に意味がわからないものでもあります。
そういうネーミングがひとつの特徴の監督作ですが、「萌」とはいわゆる「若葉萌えいずる」という深緑の季節・・・西吉野の初夏、という意味でしょうか。
次に「朱雀」ですが、京に都があった頃は京都を中心として、東西南北の都の守りを施してあったようで、吉野は古くから”京の南”の要衝であったわけです。
東西南北の四神は、青龍・白虎・朱雀・玄武、その朱雀は京の南方。つまり吉野を指します。よって「深緑の萌える季節の西吉野の物語」といった意味でしょうか。

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◆みちるの乗った屋根
この家へ辿り着いたとき、近くの斜面の畑で農作業するおじさんがいました。その日の作業を終えて軽トラに戻って来たときに話を伺うと、この家の持ち主の方でした。
おじさんはこの家で生まれ育ち、この風景は昔から変わらず毎日見ていたものだと、この地があまりに交通が不便な場所にあるので、今は下の車道の通る集落の方へ家を建て住んでいるそうで、畑をやりに毎日登って来るのだと云ってられました。
この家は愛着があるので壊さずにおいたところに、河瀬監督からロケに使用したい申し入れがあって、映画に使われることになったそうです。
1997年の公開映画でありながら、いまだに見学者がちょくちょく訪れるそうで、なかにはこの家を売ってほしいという熱烈な映画ファンもいたそうです。

家の裏には小道が続いていて、映画の中でみちるが屋根に登って座っている光景を髣髴とさせる撮影位置があります。そこから撮ったものが上の写真です。


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尾野真千子は、今や説明する必要のないほど有名女優になりましたが、この映画に出演する前はこの西吉野のふつうの中学生でした。
河瀬監督がこの映画のみちる役を探しているとき、地元の中学校の下駄箱の掃除をしている尾野真千子に声をかけたことがきっかけで、主演女優賞を取る女優の道が開けたのです。
「初めて会った時のまっすぐな目を見て、この子なら出来ると思った」との監督の述懐にあるように、まさに運命的な機縁がそこに生まれたのです。
この女優の偉大な才能を直感する監督の才覚も凄いですが、この出会いを生んだ天のはからいに、何か見えない仕組みのようなものを感じざるを得ません。


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◆『萌の朱雀』の音楽
a0282620_20515838.jpg前述したように、映画のプロローグの時間にしてわずか数秒のフレーズが鮮烈にこの映画世界の全体像を予見させていると思います。
この作品における音楽の、映像との相乗効果で生み出す力はまったく無視出来ないものになっており、それに相まって心地よく耳に響く、風の音や虫の音、雷鳴や風鈴の音、子供たちの喧噪など、「眼」と「耳」を通じてかつて五感がため込んだ感性的記憶をいいように刺激して来ます。
ことに、孝三が死を決意して最後に自室でかける、古いLPレコードから鳴る曲は、まさに天上界の音楽に聴こえて来るのです。
作曲家の茂野雅道の紡ぎ出した天上の音楽は、古いレコードの溝が針をこする懐かしいノイズとともに、最上の癒しの調べを生み出していきます。
この音楽と懐かしさを含んだ映像が、ずっと胸の奥で生き続ける、ひとつの幻惑の病にかかるように、この魅力は永く糸を引きます。

*萌の朱雀 オリジナルサウンドトラック (茂野雅道)
※CDは既に廃盤になっている。iTunesから有料ダウンロードが可能。

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◆みちるの通った賀名生(あのう)バス停
五新線計画が廃止になった後、この線路を引く予定だった専用路線は、バス専用道として使われることになり、国道168号線とは別にそれと平行に走るように今もバス路線が運航されています。
賀名生バス停は、みちるが栄介のバイクに送られ、ここからバスに乗り込む場所です。また帰りにも、栄介のバイト帰りの迎えをここでひとり待っていたところです。
この短いトンネルのある不思議なバス停風景が、映画上心に残る地となります。

みちるの家のある平雄からこの賀名生までは、かなりの距離があります。
賀名生バス停は、「堀家住宅・賀名生皇居跡」をポイントにして探索し、発見しました。案外、まわりの風景から、映画で見た場所の予感はして来るもので、地図を頼りにするより、見た目で察知する勘の方が確かな場合もあります。


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映画のラストシーンは、みちるの家の柿の木に昇る子供たちの追憶のシーンから、クレーンのカメラはぐんぐん高さを上げ、遥か向こうに連なる山々を残して終わります。
この7月の萌える緑の山と空が、余韻を残し脳裡を掠め、やがてこの物語はいつしか胸の奥に棲みつくようになるのです。
そういうノスタルジアと感性の記憶を伴って、からだの中に詩情の城を築いていくような映画なのでした。

最後に、現場の山を前にして思ったのは、予想通り、この山の持つエネルギーがこの映画の背景を支え、日本のチベットと云われるような西吉野の山岳地帯から、世界へ向けての窓が開いた・・・、そう確信できる平尾の地の力を感じました。
歴史の数々の舞台であった東の吉野、そして西の吉野、そしてこの世界的名作を生んだ西吉野、これは単なる偶然などではない、この広域な地が持つ地の力、地場のパワーが生み出した快挙であると、そう私は信じるのでした。


a0282620_926752.jpgby Martin


[参考リンク]
*萌の朱雀 (Wikipedia)
*河瀬直美オフィシャルサイト 組画
*シネマ紀行・萌の朱雀
*尾野真千子 (Wikipedia)
*五新線 (Wikipedia)
*茂野雅道 and music ltd.
# by martin310 | 2012-11-05 21:03 | 映画 | Comments(4)

蓼科山はデビルスタワーではないのか?

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これは、去年の今頃、蓼科へ行ったときの女神湖の湖畔で撮ったものです。
このときは、ずっと気になっていた蓼科山へどうしても近づいてみようと思い、八ヶ岳を巡り、ビーナスラインを通り蓼科まで車を走らせました。

八ヶ岳を西側の原村や茅野あたりから見ると、八ヶ岳連山がつながった左端に、尚、突出したこんもりした山があります。この八ヶ岳連峰のつながりのように、鋭角な屏風の端にある山が蓼科山です。

下の写真は、1999年の正月休みにビーナスラインのスズラン峠の先で撮ったものですが、このとき以来、この美しい形の山が気になって仕方なくなりました。なぜかと云えば、もうすでにこのときに、ただならぬ山容のエネルギーを感じ取っていたのかもしれませんが、他の山々とは明らかに違う、いわば、宇宙的な何かを感じていたのだと思います。

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a0282620_15575870.jpgそれからある日、かの有名なスピルバーグの初期の名作、「未知との遭遇」をビデオで観て、あの宇宙船が降りる「デビルスタワー」に衝撃を受け、以来、そのシーンを思い出すと頭の皮がピリピリするような反応が出だしました。今もそうですが、このことを思ったり、書いたりするだけで首から上が熱を帯びてしびれたようになります。
デビルスタワーそのものに至っては、脳裡からあの不思議な形が消えず、画像を見たりすると、あの主人公のように無性に落ち着かず、脈もドクドクし出す始末です。
彼がやむにやまれず、部屋の中に巨大なタワーのオブジェをがむしゃらに作ってしまった気持ちがよくわかります。
すると、このデビルスタワーと蓼科山のふたつが結び着く気がしてならなくなりました。
形は違えど、地上から突出する形体の相似的何かが、宇宙からのアンテナ、宇宙への窓、そんな気がして来ていたのです。

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        スティーブン・スピルバーグ監督の映画「未知との遭遇」より

デビルスタワー(Devils Tower)は、アメリカ合衆国ワイオミング州北東部にあり、1906年に米国初のナショナル・モニュメントに指定された。マグマが活動した後に冷えて固まった火成岩で岩頸と呼ばれる。高さ386m(海抜1558m)。頂上は91m×55mの広さ。1977年のスティーブン・スピルバーグ監督の映画「未知との遭遇」で宇宙船の降りる場所として使われ、一躍有名になった。年間40万人の観光客が訪れ4千人が登頂を試みるという。アメリカ先住民族の口承によると、デビルスタワーの縦筋はグリズリーベアによって付けられたものという。
-Wikipediaより-


このときも、女神湖をはじめ、この蓼科山を望める様々な場所へ移動しながら探りを入れて行きました。すると、女神湖の先に蓼科第二牧場という広々とした草地があり、そこに雨境峠というまさに、蓼科山を遠望するまきばがありました。
ここへ立つと、この山の持つ、峻厳な聖なる波動にしばし立ちすくみました。
恐いほどの厳しさを持つ山の精、山の神がおわしますのではないかと、そう思えて仕方ありませんでした。

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すると、近くの案内板に、この地のいわれが記されていました。

雨境峠は、蓼科山北麓に位置する標高1,580mの峠である。
古代、大和政権は東国支配のため官道の東山道を開いた。この道は、大和より美濃を通り、神坂(みさか)峠を越え信濃に入り、諏訪から雨境峠を経て、毛野(けの)・武蔵(むさし)・陸奥に通じ、大和政権の東国統治の兵や、東(あずま)の壮丁(そうてい)たちが西国の守りにと往来し、東西を結ぶ交通路として歴史的にも重要な道であった。
この峠には、5~6世紀頃の祭祀遺跡、鳴石(なるいし)・鍵引石(かぎひきいし)・勾玉原(まがたまはら)などがあり付近から多数の滑石模造品類(勾玉・管玉(くだたま)・臼玉(うすだま)・有孔円板・剣形)が発見された。この模造品は、この峠を通行する旅人が、峠の神に旅の安全を祈り幣(ぬさ)を捧げたものであろうと想像される。
-立科町HPより-


また、近くにある与惣塚も説明には、
惣塚は、旅人や地方の者がここにさしかかるとき蓼科山の偉大な自然の姿に神秘さを感じ敬虔(けいけん)の念から祈りを捧げ、この地に社を建て古代から近世初頭まで祈願が行われた祭祀遺跡である。
-立科町HPより-


とありました。
つまり、古代の人々も、この街道から蓼科山を仰ぎ見たとき、この神秘な山の力を感じ、祈りを捧げ、祭祀を行う場としたのです。
やはり、あたっていた。
古代の人々も、このエネルギーを感じ取っていたのだ。
このただならぬ、威厳と厳粛に溢れた恐れ多い力に、自然と頭を垂れ、跪き、ひれ伏して崇めていたのだろうと思います。
なぜなら、今の自分でさえ、実際その思いになって来るからです。

そして、もっとこの山に近づくことは出来ないのだろうかと、地図を調べると、蓼科牧場の三叉路から、蓼科山の中腹の大河原峠まで車道がつながっていることがわかりました。
険しい山岳道を標高を上げながら登って行きました。
途中からさらに紅葉は色濃くなっていきましたが、どうも恐さを感じることは否めないようになって来ました。
恐れというか、畏れでしょうか。
こんなに聖域に侵入してしまっていいのだろうか、という問いと同時に、確かに風景が異様な感じに変わって来ていたのです。

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大河原峠は、紅葉の本番の季節柄、登山者の車でいっぱいでした。
冷たい風が吹いているなか、車を降りて登山道の方へ足を踏み入れました。
しかし、目の前にある高山の樹木を見るうち、この山の神の偉大なる厳しさを肌身で感じ、もうとてもこの地を侵していていい気持にはとてもなれずに、この場を離れました。
山頂から降りて来た若い登山者たちを見ましたが、自分としてはこれより上は、神域として禁足地にするべきと思うほど、侵しがたい神妙なる気配に包まれていました。

おそらく、この山の神は、他で感じたことのないくらい偉大な存在であることは確かで、何も語ることはなくとも、いわば大刀を振り下ろすほどの厳しさで、自己を見詰めよ、一分の見落としもないよう己の穢れを清めよ、と、そう厳粛なまなざしで語っているように思えてなりません。
蓼科山の神であるに及ばず、この領域すべての大神であり、宇宙の神でもあるようなそういう崇高な存在であるように感じます。
デビルスタワーのエネルギーは、ここ蓼科山に通じ、ここからまた別の次元の宇宙へと間口が開いているのではないかと、そんなことが確認できた旅でもありました。

by Martin

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        女神湖からの蓼科山

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        御泉水自然園あたりからの蓼科山
# by martin310 | 2012-11-02 16:30 | スピリチュアル | Comments(0)