伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新の記事
「戸隠・車中泊キャンプ」の動..
at 2017-10-20 21:05
西伊豆の海辺でランチピクニック。
at 2017-10-15 19:53
タウンエースバン[改]で車中..
at 2017-10-11 06:00
タウンエースバン[改]で車中..
at 2017-10-09 21:54
タウンエースバン[改]で車中..
at 2017-10-08 16:25
[タウンエースバン・カスタム..
at 2017-10-02 13:58
[タウンエースバン・カスタム..
at 2017-09-28 08:34
[タウンエースバン・カスタム..
at 2017-09-23 20:58
[タウンエースバン・カスタム..
at 2017-09-20 11:03
[タウンエースバン・カスタム..
at 2017-09-16 16:31
画像一覧
カテゴリ
全体
*D.I.Y
∟タウンエースカスタム
∟18mの土留め柵
∟DIYインテリア
∟ガーデンハウス
∟ガーデンフェンス
∟ウッドデッキ
∟Tool Shed
∟キャンプ系 DIY
ログハウス
キャビン
*キャンプ
∟高ソメC
∟奥大井・八木C(3)
∟かじかの里公園C(3)
∟秋葉神社前C(4)
∟朝霧ジャンボリーC(2)
∟西湖自由C(3)
∟道志の森C(7)
∟田貫湖C(1)
∟駒出池C(6)
∟デイキャンプ(6)
車中泊の旅
ガーデニング
田舎暮らし
サイクリング
八ヶ岳ポタリング
おすすめショップ
カフェ&レストラン
BOOK&CD
風景探勝
とっておきの伊豆
とっておき八ヶ岳
スピリチュアル
日々の思索ノート
アート
文学
音楽
オーディオ
映画
オリジナル動画
YouTube
vimeo
お気楽メモ帳
社会問題
時代の真相
秘史探求
その他
「食」の問題
選挙関連
TPP関連
原発関連
UFO関連
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
ブログジャンル
twitterで更新情報がわかります。
ブログランキング
検索
記事ランキング


時間が止まった場所(伊豆富戸)

a0282620_21144037.jpg

▲時間が静止した場所(遥か水平線に伊豆大島が横たわる)


時間が止まった場所(伊豆富戸)

以前の記事でご紹介しました、東伊豆の川奈にある「川奈ステンドグラス美術館」や私の絵画作品の元になった川奈の鉄橋のあるあたりから、さらに下田方向へ行くと富戸(ふと)という海沿いの地域があります。
ここには超高級隠れ宿の「月のうさぎ」がありますが、その脇を通って海に近づくと瀟洒な別荘地があります。
この別荘地の一角に入ると、目の前に相模灘の大海が広がり、その先に鯨の背のような形の伊豆大島が横たわって見えます。
この場所は、滅多に他所の人間が入る場所ではないほどに、見つけ難いところなのですが、この地へ立てばわかるように、時間が静止しているように感じられます。見えるのは紺碧の海と青い空のみで、まったくの静寂の中にわずかに潮騒の音が耳に入ります。ただ、明らかなのは、まったく今までいた日常の世界とは打って変わる、時が動いていない不思議な世界があります。

a0282620_21182556.jpgしかも、川奈あたりから続く、ある独特の光の波動・・・、至福感が漂う明らかに違う時空・・・、これらがいったいどういう訳でこのあたりにあるのか、ずっと不思議で仕方ありませんでした。
その原因を突き止めようと、何度も足を運んで調査して来ましたが、あるとき、見えないものが見える方を伴ってこの地へ行ったとき、はじめてその理由がわかりました。
それはヴィジョンをもって示されたものから、この陸地にほど近い海域に宇宙から落下した巨大な隕石が存在し、その宇宙からやって来た光の星のかけらである隕石がもたらす陽の氣のエネルギーが元だということがわかったのです。
a0282620_21193365.jpg海底に眠る巨大隕石の波動によって、川奈から城ケ崎あたりの海寄りの領域が、高エネルギー帯域となっていたということなのです。
(伊豆半島の赤丸地点が落下点)

ただし、これはまったくもって科学的根拠などとは遠く隔たった、ある4次元知覚による独自の認識であることは言うまでもありません。実証などできるしろものではありませんが、私的には妙に納得できる解答でした。

a0282620_2120772.jpgこのエネルギーの性質は、わかりやすく云えば、俗界から離れたある独特な至福感をもたらす感じのものです。世俗の汚れは問題にならず消え失せ、ただ、満ち足りた充足感から時間感覚が消失するような、自分にまとわりついた一切が夢のようになり、ただここにあるやすらぎ、他に何が要ろうか?という存在することの歓びのようなものにあります。
おそらく、地球より進化した高次元の星は、そのような意識レベルに達した人たちが存在するところなのでしょう。(存在するといっても3次元ではないので、私たちのような意味の存在形態ではありませんが)その星の大地の一部がかけらとなって、この地球へともたらされたのです。
この宇宙の贈り物のエネルギーを持って、次なる進化、これらの星を目指すべく、人類は近づいて行くべきなのでしょうし、また、この隕石の故郷は地球の未来であるのかもしれませんね。

a0282620_2121456.jpg

       ▲この海の底に光の星の隕石が

時間の止まった世界・・・これを「静」として、では続いては対する「動」の世界もご紹介しておきましょう。
伊東港から2キロ位川奈方向へ行ったところに、潮吹き公園という岩場の名所があります。その名のとおり、打ち寄せる波が岩場の穴から潮を大きく吹きあがらせます。大波にのまれるような恐怖感を抱きながら、シャッターのタイミングをはかり撮影しました。これで「動」と「静」が揃いました。

a0282620_21213611.jpg


a0282620_21215138.jpg


a0282620_2122462.jpg


伊豆にはまだまだ3次元的にも、4次元的にも不思議な場所があります。
このシリーズで今後もぼちぼちご紹介していこうと思っています。
お楽しみに。

by Martin
# by martin310 | 2012-10-25 21:29 | とっておきの伊豆 | Comments(0)

森の天使

a0282620_1938040.jpg

「森の天使」 (2000.apr.)


この作品のコメントが、過去のHPの保存ファイルの中にありましたのでご紹介します。
自分ではとっくに描いたときの記憶がなくなってしまっていたので、これによって少し当時のことがわかります。

 湖をバックに、森の樹の下で妖精が笛を吹く様子を描いてみたいと思っていました。ドシンと存在感のある森の主のような大木を左に描きたいと思い、以前撮影した函南原生林の大ブナの姿を入れました。
 当初は、笛を吹く牧神(パン)のつもりでしたが、途中から背中に白い羽が実在感を伴って見えてきて、急遽白い天使の姿に変わりました。白い鳩のような翼があのように開いて見えてきたのには自分でも驚きましたが、構図的にもこの白い天使で正解だったのだなと思っています。
 「森の館」と同様、私の青が出ている作品です。
(描画素材は、アクリル絵の具、色鉛筆、コンテチョーク)


a0282620_19393865.jpgモチーフにした大木は、実在する箱根の函南原生林の大ブナと呼ばれる樹齢700年のブナの木です。
この大ブナは、樹高24m、幹周り6.4mもあり、まわりの木々もかなりの大きさがありますが、この巨木は他を圧倒する大きさで、その威厳と風格は類例がないほどに別格の凄さがあります。
木のまわりは、根本を保護する為、櫓が組んでありデッキのように広々とした足場となっています。
この場に佇むと、不思議と神聖な氣に包まれ、いつしか瞑想状態のように黙して動けなくなる感じを得ます。しばらくこのままこうして亡羊とした意識のまま、ここにいたいという気になるのです。
何か巨大な包容力のうちに脳波がアルファー波状態をつくり出すのでしょうか。

樹齢700年といえば、鎌倉時代後期の北条氏の滅亡の直前の頃、このブナの木はこの地に芽を出し、以来、ずっとこの日本の行く末を見守って来たことになります。
以前、この大ブナさんの近くへ参ったとき、そのすべての人間の営みを知り、感じ取ってき続けた偉大なる意識という感じを持ったことがあります。ただ黙して営々と、人の世のすべて、自然界のすべてを知り尽くして、今もこの地の主としてこの森を守っている、そういう老練な精霊としての大ブナさんを畏敬する気持ちが湧き起こってきます。
そのもとで、白い森の天使が美しい音色の横笛を吹き、音楽がまるで緑の風のように森の中を吹き通ってゆく・・・、大ブナさんを癒し、森の木々を癒し、湖をも癒していく・・・そのようなイメージをこの絵に定着したかったのだと思います。


by Martin
# by martin310 | 2012-10-24 20:00 | アート | Comments(4)

賢治さんのイギリス海岸

a0282620_15592540.jpg

賢治さんのイギリス海岸

 夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。
 それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。・・・・・
(宮澤賢治 随筆「イギリス海岸」より抜粋)


a0282620_164421.jpg賢治さんの故郷・花巻には、岩手県北部にその源を発し、県の中央を堂々と北から南へ縦断し、一関を通過し、宮城県へとその流れを進める東北最大の大河があります。
この花巻市内を流れる北上川と、遠野方面から流れる猿ヶ石川の合流点の西岸に、イギリスのドーバー海峡にある、白亜紀の凝灰岩質泥岩が露出する白い地層を連想させる川岸があります。
このあたりのことを「イギリス海岸」と名付け、賢治さんは花巻農学校の教員時代、よく生徒を連れて地質学の実習をし、散策・思索の場としても親しんでいたようです。
a0282620_162032.jpg


北上川の水位が特に下がった時期だけに泥岩層が露出するのだそうです。


a0282620_1644399.jpg


a0282620_1664417.jpg


この地をはじめて訪れたとき、その名のとおり、ここは日本ではない・・・そう思い、あまりの美しさと、圧倒的な光の量に驚き、歓喜してカメラにおさめたのがこれらの写真です。
ここで言うところの「光」とは、明るい陽光はもとより、いわゆる天界からの光、氣、プラーナ、エネルギーというようなものです。苦難の生涯といえども、こんな光溢れる場に多くの時を過ごせた賢治さんの幸福を思いました。
賢治さんの居住した宮澤家の別宅(羅須地人協会)は、ここよりわずか2キロ下流の地ですから、如何に恵まれた波動の高い地に生活の場を持っていたかがわかります。

賢治さんの生み出した創造の世界が、日本の岩手そのものの土着性や民族性と、無国籍でいてどこか西欧風の感覚の入り混じった、独特の超越的イメージを持っているのは、このような土地の持つエキセントリックなエネルギーの性質も影響していたことがわかるのではないでしょうか。
また、その意味においては、遠く魂の記憶としての西欧というものが、少なからずあったはずだと思うのです。つまり、過去生での中世のヨーロッパで養った感性の輝きが、エスペラント風の新造語を多様した名称や地名など、時代や国や文化を超越したクリエイティブな世界観などに顕れていると思えるのです。

人は、魂の記憶のある世界を憧憬し、追い求め、それを表現し、その独自の世界を具現化しようと欲することがあります。なので、その人の創造の領域や、生き様の姿をつぶさに省察していくと、どういった過去生の世界で生きていたかはおぼろげなりにも判明して来るものです。
それがひとつの核心になることで、よりその人の深奥を知ることになり、はたまた翻って自分自身への探求の手がかりにもなるということかもしれません。

by Martin
# by martin310 | 2012-10-23 18:58 | Comments(2)

( 2 ) 山の精・仙人さんのはなし

a0282620_14485917.jpg


( 2 ) 山の精・仙人さんのはなし

え~、みなさんこんにちは、Martinです。

a0282620_14495458.jpg第1回の”お気楽メモ帳”読まれましたか?
あれって、ほとんど落語の文言のようなリズムでしたね。
変ですよ、あれは、まるで古今亭志ん生の「駒長」の手紙を読むシーンとよく似てました。
ワタスであってワタスでないような意識が書いてますよ、あれは。

まあ、こんな調子でワタスが書いているんだけど、ワタス以外の意識が混入して書かせているようなところもありの文章になる、そんな面白みも含めておつきあいください。

え~、今日はですね、
本編で妖精の話なぞしているもので、そっち関係のお話でもしてみようと、かように思っているわけであります。

え~・・・、こればっかりやなぁ、この調子が落語風に持ち込むんやな。
まあええか、
妖精とか精霊とかいう話ですけどね、まず山の精霊、仙人さんのことからいきまひょか。
よくものの例えで、まるで仙人みたいやなーなんて云いますけど、あれってほんとにいるんですよね。実在するんですけど、3次元でないので、実在って云えるかどうか、肉眼では見えないんですから4次元の存在ですね。

a0282620_14501991.jpgこれね、実際、ワタスは見えないんですが、そういうの見える人と以前よく日本各地を探索していたことがあって、そのときに遭遇したのですが、いられるんですね。
例えば、富士山の五合目を歩いて少し登っているとき、前に杖を持った衣姿のあのいわゆる”仙人”イメージそのものの仙人さんが一緒に同行してくだすって、霊峰富士っていうくらいだから日本一の霊山ですからね、仙人さんがちゃんと山を守ってらっしゃるのですよ。
それを伝えに出て来られたようで、それ以上は申されませんでしたが、まあ、歓迎してくだすったことは確かでした。

それから場所は飛んで、北海道の大雪山の南側に”然別湖”(しかりべつこ)っていう湖がありますが、その対岸に”くちびる山”っていういわゆる上唇の形の山があるんですよ。上唇ですよ、それが湖面に反映して逆像になると、これが下唇になるわけで、両方で”くちびる山”になるのです。
そこへ行ったとき、これがやさしい老翁のような仙人さんがお出になられて、いろいろとメッセージを語ってくだすったことがありました。

a0282620_14503717.jpgこの然別湖のあたりは山深く、この湖も神秘的なところなんですが、その昔はアイヌの土地だったそうです。で、和人の侵略によって結果アイヌ人は滅ぼされていくわけですが・・・。
そのことよりも、この”くちびる山”のいわれについて語ってくれました。
(同行者のチャネリングによると)
この山がなぜ唇の形をしているかというのは、「口は災いのもと」と云われるように、人のちょっとしたことのいさかいは、この個人が発する「言葉」からはじまり、それが仲たがいや憎悪心を生み、果ては戦いにまで発展してしまうことがあるという。
そのおおもとは、無神経な「言葉」にあることがあります。
愛のない言葉は、誤解を生み、感情を逆撫でし、人と人のいさかいを生み出します。
だから、この山をその象徴として、愛を持って言葉を発すれば、自然、その思いは愛として届く、そういう戒めを忘れないようにと、この巨きな自然の唇をあらせた。
というような意味合いのことをおっしゃられたと記憶しています。
ああ、なかなかいいお話だなぁって我ながら思いました。
さすが仙人さんだ、多くの艱難辛苦を乗り越えた末に辿り着いた境地から人々に教えを伝える、そういう尊いお言葉だったと思います。

こういう方々が、見えない次元でこの美しい領域を必死に守っておられる、ということをちょっと知っておいていただきたいとワタスは思うのであります。
見えないからいない、のではなく、気配を感じる感性、霊性さえあれば、その思いの端は少しでも感じ取れるものだということをお伝えしたいわけです。


by Martin
# by martin310 | 2012-10-22 14:59 | お気楽メモ帳

花の妖精


a0282620_22394119.jpg

花の妖精

この作品のコメントが過去のHPの中にありましたのでご紹介します。
自分ではとっくに描いたときの記憶がなくなってしまっていたので、これによって少し当時のことがわかります。
最初は花だけがボンとイメージされていたようです。そこに花の妖精が顔を出すという感じだったのでしょう。でも、顔に目鼻を入れた瞬間、うまく生きて来たので成功しましたが、そうでないともう直りませんから、顔はこの絵の命ですね。


★作品「花の妖精」 (2000.apr.)
 私が生まれてはじめて描いた妖精の絵です。花を描くと、自然と妖精の顔を出す場所が決まって、透明な羽の感じや、花の輪から出た触覚などのイメージが次々に生まれてきて、左手がちょっと見えているところなど、何か先に決まったものがあって、描かされているような気もどこかでしていたように思います。
 顔については、最後まで手が入れられずにいましたが、ある瞬間、目鼻を入れ出したら急にぴたりとおさまって、そこに女の子が生き出してきた感があります。自分で描いていて驚いていました。妖精のちょっと不安気な表情が、意味あるメッセージなのかもしれないと思っています。
(描画素材は、アクリル絵の具、色鉛筆、コンテチョーク)



花が美しく咲き誇っていると、明るい光の中にこのような花の妖精が飛び交っているのかもしれません。
春の庭で、白昼輝くばかりに花々が風に静かに揺れている光景を目にするとき、なにか妖艶な空気が漂っている気がするときがあります。特に深紅のバラが華麗さを誇って咲いているのは、まるでビロードの豪華なドレスに身を包んだ王妃が踊っているような感じがします。
花によって妖精のコスチュームも変化して、年代も違うのでしょうか。



a0282620_22421020.jpgこの写真は、何気なく桜の木の下の草叢を眺めていたとき、春の陽光が日向と日陰をつくり、そこにまるで白雪姫の小人のような妖精たちが、にぎやかに和になって踊っているような気がしたので、すかさず持っていたデジカメで撮ったものです。確かに、見えるわけではありませんが、ふとそんな気がするときがありますね。


by Martin
# by martin310 | 2012-10-20 22:45 | アート | Comments(4)