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型にはまって生きていては、真の自分の可能性には気づかない。自分の手でつくる家と暮らし:ソローの生き方
もう少しソロー(Henry David Thoreau)のセルフビルドな小屋づくりについて、知り得たことを記しておきたい。
このことは人間が生きる為の三大要素、「衣・食・住」うちの「住」について、今まで掲載してきた“スモールハウス”な住環境の提案の流れにあるものでもあり、且つ又、“人が住まう”という環境と家という根源的な要素について、現代から忘れ去られた、自然の中に人間として実感ある居住という手ごたえのある暮らしを実現するための、重要なヒントが隠されていると思うからでもある。 ソローが今から160年も前に、2年と2ヶ月、自らの人生の方向をして、まさに生身の自分を実験台にして、ウォールデンの森へ住み、数々の自然探索と人と社会、自然と文明などについての膨大な思索と探求を遺したことは、160年後の、ソローが想像だにしなかった文明の発展の末の、この空虚で手ごたえのない、生気を失った人々の暮らしの本源に、必ずなんらかの叡智を授けてくれるものと思えるからである。 ![]() ![]() ソローがウォールデン池の北の入り江の奥に、小屋を建てようとあたりの森の木立の伐採を始めたのは、1845年の3月の終わり頃だった。彼はそのため、斧を友人から借りて、小屋の柱に使うストローブマツを何本か切り倒すことから始めた。彼が斧を借りた3人の友人のひとりは、『自然論』で著名な「超絶主義」を唱えたラルフ・ウォルドー・エマソン(Ralph Waldo Emerson, 1803-1882 )だった。 何を言おう、もともとこのソローのウォールデンでの自給自足生活の試みが実現出来たのは、この土地の持ち主であるエマソンがいなければありえなかったことであり、当然、その試みが出来なければ、ソローの『ウォールデン―森の生活』もこの世に存在しなかった訳である。エマソンはソローの思想的な師であり、また、同郷人の友人でもあったのだ。(エマソンはその後さらに、ウォールデン池の周囲の森も買い足し、1922年に子孫が州に土地を寄付して、州立公園となった) 調べてみると、コンコード村の駅近くのソローの家族の家と、エマソンの家とは2㎞と離れていない。斧を借りたもうひとりの友人、エイモス・ブロンソン・オルコットの家はそのエマソンの家から1㎞くらいで、共に家は近く、村内の友人でもあり、また、この時代思潮を先導したコンコード・サークルのメンバーでもあった。ちなみに、エイモス・ブロンソン・オルコットの次女のルイザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott, 1832-1888)は、のちにあの有名な自伝的小説『若草物語』を書いた作家である。『若草物語』の中のローレンス氏のモデルは、エマソンだと言われている。ソローは、若い頃、エマソンやオルコットの子供たちを、森や丘でインディアンの遺物とか植物や動物の標本を集める時に連れて行ったり、舟遊びに誘ったりしたようだ。 ソローは20歳のときに、エマソンの『自然論』を愛読し、ハーバード大学でのエマソンの講演も聴いている。その後、エマソンとの親交を深め、エマソンを通じてオルコット一家や、詩人のウィリアム・エレリー・チャニングを知ることになる。このチャニングも斧を借りたひとりである。ソローは、兄と共同で開いたコンコード・アカデミーを、兄の病の為に閉鎖した後、エマソン宅にその後2年間も寄寓している。このような親密な関係から、キャビンを建てる土地を無償で借りられる恩恵を受けることになったのだろう。 「私が作業をしたのは、美しく心地よい穏やかな傾斜地のマツの森でした。木々の間からウォールデン池と、マツとヒッコリーの幼樹が勢いよく伸びる森の中の小さな草地が見えました、池はまだ凍結したままで、全体に春らしい池の底が透けた暗い色をしていました。」(ウォールデン―森の生活) ソローは何日間か、ひたすら斧で木を切り倒して削り、刻んで、柱や間柱(まばしら)や垂木(たるき)を作った。柱に使う材は、用材を6インチ角に仕上げ、間柱の大部分は二面を、垂木と板材は一面だけを平らにし、後の面は樹皮をつけたままにしたとある。 つまり、ソローのキャビンは、その地に茂っていたストローブマツの四面を削って柱用の角材にしたり、二面だけを削って垂木にしたり加工したようだ。また、どの用材も端には慎重にほぞを切ったり、ほぞ穴を開けたりしておいたとあり、その為に、幾種類もの大工道具も知人から借りていたようだ。そして、4月の中頃には、各用材の下ごしらえを終え、家の骨組みを地面で組み上げて棟上の準備を整えたと記されている。棟上は友人たち(これもエマソン、オルコット、チャニング他の5人)の応援を頼み、立ち上げた。 予め組んだ枠組みを立ち上げる方法は、どうもツーバイフォー的な建て方だ。このあたりに、我々がやっている小屋作りの原点がありそうで、いっそうソローとの親近感を勝手に感じるところだ。だが、現在のように、ホームセンターに行けば、規格化されたSPFなどのツーバイ材がどこにでもある時代と違い、すべて自分で加工し、調達したのには頭が下がる。もちろん、電動工具などまったく陰も形もない時だ。すべて人力でやらなければならない。 ![]() さらに、彼は立ち木を用材にしただけではない。中古の小屋を買い取り、その古材を再利用している。家の壁面に使った平板はこれを用いたものだ。 彼はその古材を入手する為、当時、ウォールデン池を掠めて走るフィッチバーグ鉄道の建設後のアイルランド人工夫が使っていた小屋を買い取っている。ボストンからコンコードまでが開通したのは、ソローが小屋を建てた前年だった。それ以西の工事はさらに進められ、その度に工夫は新たな場所に移るのだ。 ソローはジェームズ・コリンズの掘っ立小屋をひとりで解体し、手押し車で建設地へと運んだ。線路とソローのキャビンとは、最短で500mほどだった。ソローは「何時の汽車」というように、当時、蒸気機関車がすぐ近くを通過する場所に住んでいたのだ。コンコードの町へ出るには、この線路を歩いて行ったようだ。それが最も便利に行けたコースのようだ。 ソローは次いで、キャビンの床下にあたる場所に、野菜貯蔵庫用の穴を掘った。その穴は、ウッドチャック(地中に直径15cmほどのトンネルの巣穴を掘る。長さは最長で15mで、掘り出した土は入口に塚をつくる)の掘った巣穴を掘り下げ、広さは2.5m四方で深さは3mもある。これで厳冬期でも、ジャガイモを凍らせずに済むようだ。さらに、ソローは家を建てる前に、1ヘクタールほどのふかふかな砂地に作物を植えつけた。インゲンを中心に、ジャガイモ、トウモロコシ、エンドウ、それにカブをつくった。収穫期にはこれが売れて、キャビンの建設費の一部を補うほどになったようだ。翌年にはいっそう腕があがったが、自分で食べる以上の作物はつくらないようにしたようだ。 「私はこの八か月に続く二年近くの森の暮らしを、イーストを使わないライ麦とトウモロコシの粉、ジャガイモ、米、ごく少量の塩漬けの豚肉、糖蜜、塩で生きました。飲み物は水だけでした。インドの哲学をこよなく愛する私には、主食のひとつとして米を食べて暮らせるとわかったことも、素晴しい経験でした。」(ウォールデン―森の生活) ソローは、ライ麦とトウモロコシの粉で家の外の焚き火でパンを焼いていたようで、かなりの粗食に徹し、「食」に関してもミニマムな暮らしを実践していたようだ。だが、ときには村の友人宅の食卓へ招待されて、ごちそうをいただいたりすることも愉しみのひとつにしていたようだ。 水はもちろん、湧水池であるウォールデン池の水を飲んでいた。しかも、早朝の水浴びはそのウォールデン池で行った。それがソローの毎朝の心身の浄化の儀式だったようだ。 ![]() ![]() ソローは3月の終わりから始めて、3ヶ月間、小屋の建築を続けて来て漸く、7月4日に森に移り住んだ。だが、壁面の漆喰はまだ塗っておらず、暖炉の煙突もまだ組んではいなかった。だが屋根はこけら板葺きで、この作業の出来は完璧だったと、自画自賛している。外壁は、水を漏らさないしっかりしたこけら板張りを施し、室内の家具の一部も自作したようだ。 暖炉や漆喰壁が完成したのは、冬が来る直前だった。暖炉やチムニーの製作には、古煉瓦を1000個も使い、足りない分は池畔にある石を拾って来て代用したという。煉瓦をつなぐモルタルは、岸辺の白い砂を焼いて作ったというのだから驚きだ。そして、内壁は漆喰の下地にする木摺(きずり)を組み、それへボートで対岸から運んだ白い混じり気のない白い砂を原料にした漆喰を、捏ねて鏝(こて)で塗り上げたという。 ソローは思想家で超絶主義者、文筆家で詩人、博物学者でもあるが、その旺盛な探究心と技術的なノウハウの取得術についても、並大抵の技術者肌ではなかったようだ。ソローには、机上の思索者は似合わず、すべてが実践、現場主義者であり、創成期のスモールハウスビルダーであり、いわゆる今日でいうD.I.Yの元祖でもあるといえる。 ![]() ソローの書いた『ウォールデン―森の生活』には、このようなハウスビルドに関する記述はわずかで、実際はそれ以外の広範な領域にわたる学術的な、或いは思想的な、また若者たちへの助言としてなど、様々な要素を持った記述に占められている。そこから今尚、各分野の研究者がソローの示した探求の沃野をもとに独自の研鑽を積んでいるものと思えるが、さらにまた様々な興味で読もうとする我々読者にも、160年の時を越えた普遍的で、斬新な、目を見張るヒントの数々が示されているものと思う。今一度、ソローが遺した珠玉の言葉の数々を味わおうでないか。 、 ![]() ![]() 【ソローについての当ブログの関連記事はこちら】
by martin310
| 2014-03-13 23:14
| 田舎暮らし
|





ソローがウォールデン池の北の入り江の奥に、小屋を建てようとあたりの森の木立の伐採を始めたのは、1845年の3月の終わり頃だった。
調べてみると、コンコード村の駅近くのソローの家族の家と、エマソンの家とは2㎞と離れていない。斧を借りたもうひとりの友人、エイモス・ブロンソン・オルコットの家はそのエマソンの家から1㎞くらいで、共に家は近く、村内の友人でもあり、また、この時代思潮を先導したコンコード・サークルのメンバーでもあった。ちなみに、エイモス・ブロンソン・オルコットの次女の
ソローは20歳のときに、エマソンの『自然論』を愛読し、ハーバード大学でのエマソンの講演も聴いている。その後、エマソンとの親交を深め、エマソンを通じてオルコット一家や、詩人のウィリアム・エレリー・チャニングを知ることになる。このチャニングも斧を借りたひとりである。
つまり、ソローのキャビンは、その地に茂っていたストローブマツの四面を削って柱用の角材にしたり、二面だけを削って垂木にしたり加工したようだ。また、どの用材も端には慎重にほぞを切ったり、ほぞ穴を開けたりしておいたとあり、その為に、幾種類もの大工道具も知人から借りていたようだ。
ソローはジェームズ・コリンズの掘っ立小屋をひとりで解体し、手押し車で建設地へと運んだ。線路とソローのキャビンとは、最短で500mほどだった。ソローは「何時の汽車」というように、当時、蒸気機関車がすぐ近くを通過する場所に住んでいたのだ。コンコードの町へ出るには、この線路を歩いて行ったようだ。それが最も便利に行けたコースのようだ。
ソローは次いで、キャビンの床下にあたる場所に、野菜貯蔵庫用の穴を掘った。その穴は、ウッドチャック(地中に直径15cmほどのトンネルの巣穴を掘る。長さは最長で15mで、掘り出した土は入口に塚をつくる)の掘った巣穴を掘り下げ、広さは2.5m四方で深さは3mもある。これで厳冬期でも、ジャガイモを凍らせずに済むようだ。

暖炉や漆喰壁が完成したのは、冬が来る直前だった。暖炉やチムニーの製作には、古煉瓦を1000個も使い、足りない分は池畔にある石を拾って来て代用したという。煉瓦をつなぐモルタルは、岸辺の白い砂を焼いて作ったというのだから驚きだ。
ソローの書いた『ウォールデン―森の生活』には、このようなハウスビルドに関する記述はわずかで、実際はそれ以外の広範な領域にわたる学術的な、或いは思想的な、また若者たちへの助言としてなど、様々な要素を持った記述に占められている。そこから今尚、各分野の研究者がソローの示した探求の沃野をもとに独自の研鑽を積んでいるものと思えるが、さらにまた様々な興味で読もうとする我々読者にも、160年の時を越えた普遍的で、斬新な、目を見張るヒントの数々が示されているものと思う。
