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伊豆に住み、八ヶ岳を巡り「空と森と水」の美しい風景を求めて・・・。 自然に包まれて暮らそう!---Martinのフォトエッセイ
by martin310
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私の“分け御魂論”・・・「私という存在は、いくつもの魂の複合体である」


私の“分け御魂論”・・・「私という存在は、いくつもの魂の複合体である」_a0282620_13525860.jpg


■「魂の不思議」・・分け御魂の人物(故人)との遭遇。自分の魂に導かれて。 (2014/06/24)
■「魂の不思議」・・分け御魂が判明する毎に、魂のゆかりの地は新たに生まれていく。 (2014/06/25)
の続編として。


過去に生きた人物の魂の一部を分けた「分け御魂」が自分の中にあるのが判明すると、その当の人物の生涯や人となりや、残したものなどを調べたくなる。というか、自分の内なる欲求が、知らずにはおけない感じを持つものだ。それに自ずと惹かれて、その人物の詳細を紐解こうとすることになる。

といっても、書き残されたものなどが残っている人物の場合はアプローチの仕方があるが、僅かな伝説のようなものだけしかない場合は、当然、それ以上の進捗は閉ざされる。なので、案外、資料の手に入るような人物があてがわれているものだ。でなければ、あまり自分の意識の学びにはならないからだろう。
つまりは、「分け御魂」の設定というものの中にも、この世で魂の学びをする為のスキルが盛り込まれてあるということだ。それが導きとも云え、生きて自分の本質を解析することは、大いなる神のテキストでもある。

年譜や伝記にまとめられている場合はありがたい。論評や研究書まで出ている場合は、さらに資料が豊富となる。
さらに、ゆかりの地に当時の遺物が現存、保存されている場合はさらに足跡を辿るに最も有効となる。その土地に資料館や歴史館が設立されている場合は最高に有益なことだ。
もっとも、書かれたもの、描かれたもの、作られたものなど、作品が残された人物の場合は、その中にこそ、創作の原点である、当人の精神傾向、意識構造、世界認識、事物への視線、思考法、イマジネーション、直観性、論理構造などなど、興味深い内容探索になりうる。作品と生涯を兼ね合わせて見てゆくこともまた、創造性にからむ作品化のプロセスを見て取っていくことが可能になる。

私の“分け御魂論”・・・「私という存在は、いくつもの魂の複合体である」_a0282620_13544962.jpgまた、それ以外に、実人生における行動から、当人の意識内部にあるカルマの性向を感じ取ることで、そこに自分との共通点が存在する場合が多い。似たような事態が現実に起こることで、それを引き寄せる宿業のありかが見えて来るものだ。なにより、当の自分自身に既に起こって来たことだけに、何よりも増して直截的な現実体験がある故に、すぐさま相似形の人生での出来事を嗅ぎつけることが可能な訳だ。
このあたりが一番、分け御魂であるが故に、同じ分子を継承していることで、理解しやすいところだ。だが、共通する部分とそうでない部分の比率は、当然、前者を見つける方がごく稀なところで、人格的にも、業績的にも、知名度は言うに及ばず、一部はあくまで一部であり、千分の一でもそれ以上でも、一部は一部なのである。
だが、まったく自分とは異質と思える人物の場合でも、どこかに自己同一性を持てる感覚を得ることがある。何より、生涯を辿ったとき、誰よりも心情的には自分事に感じ取れることがあるもので、そこからメンタルコードが起動して、魂波動の同調化現象が起こり、やがて感涙へとつながるのだ。

この現象が起こると、どうも魂という、意識と波動の集合体のうち、どこか間口が開くように波動キャッチが鋭敏になる。自分の魂側が意志を示すのか、或いは御魂を分けた人物の魂が求めるのか、何らかの意識の底にある微細な吸引力が、新たな行動を欲していくことになる。

そういうことの積み重ねが、意識の拡大と成長を促すことになっていくのかもしれない。対象の人物はひとりではない。進む過程で何人も顕れて来るもので、その度に、人物探求とゆかりの地巡りが繰り広げられていくものだ。
だが、このことは、自分にとってはなにものにも換えがたい貴重な体験であるものの、他者には決して理解出来るものではなく、ましては対象があまりに著名な人物であった場合は、とても口に出来るものではないことになる。だから、人知れず密かに探求する自分の道でしかないものだ。

これらの“分け御魂論”からひとつ云えるのは、私という個人は、私という固有の魂がその核となって存在している者だが、その核のまわりには、かなりの数の過去の時代に生きた人物の御魂を分けた分子が集合されて、ひとつの個として存在しているということだ。つまりは、「私という存在は、いくつもの魂の複合体である」ということになる。
どこかで聞いたような言説だが?
そう、かの宮澤賢治が詩集『春と修羅』序で語っている冒頭の句と同じことだ。


     わたくしといふ現象は
     假定された有機交流電燈の
     ひとつの青い照明です
     (あらゆる透明な幽霊の複合体)
     風景やみんなといっしょに
     せはしくせはしく明滅しながら
     いかにもたしかにともりつづける
     因果交流電燈の
     ひとつの青い照明です
     (ひかりはたもち、その電燈は失はれ)


     ~宮澤賢治 心象スケッチ「春と修羅・序」より~


私の“分け御魂論”・・・「私という存在は、いくつもの魂の複合体である」_a0282620_1354213.jpg

by martin310 | 2014-07-07 14:00 | スピリチュアル
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