地球はどうやら、遠い過去からの見えない支配力の呪縛に隷属する文明から、新たなそれらと決別した独自の本来あるべき世界へと変わる大いなる転換期に具体的にさしかかって来ているようだ。
その新旧が入り混じって混沌とする情勢が、先進的な情報源からは伺い知ることができるようになって来ている。それも地球内外からの「彼ら」やその実働部隊の力が殺がれ、目に見える形にまでその凋落ぶりが露見できるようになったことにも顕れているように、実際、地上で策謀をはかる代理人たちのエネルギー的バックアップ体制が崩壊しかけていることにもよるもののようだ。
だが、まだまだ旧態依然たる動きの末葉は、慣性運動の如く未だ遅れたタイムラグのように、しばらくは時代錯誤の猛進ぶりを発揮しながら、しゃにむに独裁的な力を振るおうとするだろうが、所詮、それも権力にしがみつく幻想に過ぎないことが露になって来るはずで、今にその哀れな姿を見ることになるだろう。
そんなデジタリーな情報と同時に、自分独自に感じ取る天からの光の中にも、新たな兆しの波動状態が垣間見える気がする。
風景のなかに光を見ようとするのは、他でもない、太陽という光子による大情報源からのエネルギーの微細な変化を感じ取る作業から、例え、地球到達以前のハッキングによる情報改悪はあったとしても、そこから僅かにでも漏れ出る真性の波動を細心の感性で感知すると、そこには明らかに今までと違うものを見るのである。
それは、昨年やそれ以前の降りて来ていたものとは、また一段と堅牢度が増したような強さと正確さを持った波動構造をしているのがわかる。
このエネルギーの中では、嘘やごまかしや偽善や、隠蔽の芝居や、強欲による強権性や、およそ宇宙の法にそぐわない冷酷な他者支配などという想念自体がまったく波動的に合わないものとなるだろう。もし、それを強引に続けるならば、それを見知る方からは露骨に実態がおかしなものと察知され、あまりに時空との異質さに誰もが気づいてしまうようなしろものとなることが予想される。
それだけ宇宙から降り注がれているエネルギーは、真性度の高いいわば「まこと」の強力なコードを伴ったものに変化してきているようだ。
このことは、各人においても自分自身の本質を見据えて、自らの魂の目的に沿った生き方をしていないならば、益々苦しい現状を迎えることにもなるだろう。この波に乗れているか乗れていないかは、存在のよろこびを享受出来ているかいないかで容易に自己判断できるだろうし、そうでなければ「なぜ」「どうして」という自分に対する問いから、新たな気づきが生まれ、成長への欲求が育まれることになるのかもしれない。
つまりは、天からの大いなる意志のなかに、どの人も招き入れられて、そこから各自の次なる道の進化が促される状況にあるというのだろう。
そんな波動域にすでに地球は包まれているようだ。
時代は表立っては未だ見えないが、確実に波動的にはそれに先んじて大きく変化しているようだ。進化のスピードはこれから嫌が応にも喚起されて来るだろう。
※写真は、西湖にて撮影。
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