「Old Hopes & Boots」という
「tumblr.」のページにこんな画像があった。
そう知ってのとおり、アメリカインディアンの
ティーピー(Teepee)だ。
この湖のほとりに建てられたティーピーは、夏のあいだの移動狩猟のための野営用の移動住居らしい。案外ティーピーは、=(イコール)ネイティブの住居という固定観念があるが、平原で主に活動する部族は一年中ティピーで暮らしていたわけではなく、夏以外は
「冬の村」(ウィグワムの集落)で生活していたという。だからティーピーは夏の家ということらしい。
それにしても、画像をしばし眺めながら・・・、
「あれっ、これなら我がワンポールテントと建っているロケーションですら同じではないか」、と思ったのである。さて、下をご覧あれ。↓
以前から、ティーピーの建ち並ぶ壮観な光景にどこか胸躍らせるような感慨を持っていたことがあるが、こう見てみると、狩猟こそしはしないが、自分たちもどこか同じようなことをやっている気がして、今まで考えもしなかったネイティブの暮らしの一コマを知らずしらずに踏襲しているではないかと、妙に親近感が湧いてきたりもする。
ティーピーは、頭頂の開口部が排気口となるため、内部で火をくべて暖房や煮炊きが可能であるところが特徴であるというが、我がワンポールテントも、以前の
冬キャンプの記事にあるように、幕内で薪ストーブが焚けるがためにこのティーピー型を選んだわけである。
それで湖畔にて野営、いや、オートキャンプ・・・。
もちろん、ネイティブの大自然の中での厳しい暮らしの現実感とは比較にすらならない、アウトドアという野遊びの一環なのは言うまでもないが、気分はその片鱗でも味わえたらと、日常から脱して自然の懐の入り口にと身を置こうとするのが、我がキャンプ行為そのものだ。
ワンポールテントの中で、ストーブに薪をくべながら、円錐形の室内をぐるっと見回したとき、たくさんの荷物とともに食べるためのテーブルや眠るためのシュラフの寝床を見て、確かに、ああ、これが「暮らし」というものの原型、最もミニマムな野営用住居なのだと思ったものだ。
だが、そのときはこのワンポールテントとネイティブのティーピーなどというものがつながるはずもなく、ようやく今になって、自分の意識の内に潜在する、あるネイティブだっと頃の遙かな記憶が、どこか見えない糸で結ばれたような気にもなるのだ。
ネイティブの古写真を見ながら、胸の内の深いところで踊るような感覚を抱くのも、それによって、心臓の鼓動が大きくなったりしながら、確かに彼らの世界に触れるだけで尋常ならぬ反応が起こるのも、それらを改めて教えてくれる意識の反応なのであろう。
ワンポールテントによる幕営とは、ある意味、遥かな過去への回帰なのかもしれない、そう思えて来るのだ。