いよいよ黙っていても夏本番になって、毎日、ここ伊豆でも30℃を超えるのはあたりまえの時節となった。
我が家はそれでも、平地よりは標高が少しあるため、若干、涼しげではあるのだが、それも午前中だけで、午後からは全開放された西日の照射にあい、室内温度はぐんぐん上がる。
暑さに弱い着ぐるみを着たワンコは、ハーハーしながら辟易している。去年生まれたワンコは、これで二度目の夏を迎えたのだが、どうも真夏でも毛皮の身でいなければならない身には堪えるようで、ときに食欲不振になったり、また復活したりと、いろいろとたいへんなご様子のようだ。
夏の空はまた、映像的にはいつになく変化に飛んだものが出現することが多く、快晴の日の雲や夕日には興味が尽きない。雲と光が生み出す天然芸術を見逃さぬよう、家に居るときは空の具合を気にかける。

それに夏といえば、夏野菜。
よく猫の額ほどの・・・と言うが、これはいくらかの謙遜も含まれているようだが、我が家の畑に関してはまったく文字通り、猫ならぬワンコの額ほどの広さしかない、ささやかな名ばかりのキッチンガーデンだ。
その木枠で囲んだ小さな畑の中には、大して手入れもしないながら、食べ頃の夏野菜が実りはじめている。
毎日、なんとなく庭先を眺めては、実が大きくなったのを見計らって収穫に出る。といっても、二人の食卓にほんのわずかの彩が増えるだけのものに過ぎないが、それでも完全無農薬、完全放置しっぱなしのミニトマトやキュウリや、モロッコいんげんなどなどが初々しい姿と味を魅せてくれる。

買ったものとの差は、言われないとわからないが、家で採れたと聞けば、自然と贔屓になり、やっぱり「うちのは旨い!」などと言っている。でも、採れたてのものはやはり粋が違うので、色艶や食感が違うのはわかるものだ。
いわゆる「氣」がエネルギッシュにあるなと感じる。こういう旬のものを、旬のままにいただいていれば、健康でいられない訳がないと思えるものだ。
今年は連作の影響もあり、はたまた土に、大して手をかけてもいなかったので、去年よりはなりは少なく、大きさも小振りだ。
ちょっと反省して、冬の時期にもう少し土を元気にしておかねばならないと思った。
それに、さらに畑地をもう一枠作って、もっと野菜の種類も増やしたいとも思った。自分が食するものを、もっと自分の手で作り、お金をもっと使わない食生活を営みたいと思うからだ。
これからは花の苗を植えるより、野菜を種から育てよう、そういう取り組みで行きたいなと思う夏の日である。
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