しかしここまで毎週の休みを、フルに庭仕事に費やして作業を休みなく続けているというのは、かつてあっただろうか?
そうだ、それは家が建った当初、まだその家のまわりがまったくの手付かずのまま、荒地のように土が露出していたときは、庭らしくするために毎週、精を出していたことを思い出すが、それ以降、ある程度の庭の体裁が揃った頃からは、必要に応じて時折、手を掛けるだけのことだったが、今のようなロングランはなかなかなかったようだ。

もっともそのあいだに、DIY熱が高じて、ガーデンシェッドとガーデンハウスの2棟をセルフビルドした期間は、同じようにロングランワークだったが、これは庭づくりとはちょっと別のことなので除外すると、今回のような補修、改修作業というのは、ちょうど新築時の自分の手で設えた柵や土留めなど、地面に設置したものの老朽化によるやり直し期間にあたっているからだろう。
老朽化といっても、丸5年などという短い年月がそれほど劣化をつくるのかと思いきや、現実はそのとうりで木材をもとに防腐塗料を塗っただけの細工では、5年持てばいい方で、腐蝕して壊れそうなものは、総取替えしなければならないことになる。
作った時期が同じ頃なら、同じ頃にまた劣化の限界も訪れる。それが今の時期で、あれもこれもと、まったなしで壊れかかって来るのだから致し方ない。
そうすると、この補修サイクルはまた次の5年後には確実にやって来るのだ。
ただ、今までの経験から、もう少し補修期間を延ばせるように耐久性をアップさせることも多少は知恵がついたが、それでもその延長期間は知れたものだろう。

であるなら、今後、このサイクルの繰り返しは体力とのせめぎ合いになって来る。ただ、今のように週に二日、三日だけの作業日ではなく、フルタイムになれば効率はかなり上がるにしても、なかなか庭づくりとその管理維持は労力と資材がかかるものなのである。
いったいあと何度のサイクルを自分の手で出来るであろうか。
そんなこの先のことも考えながらのフェンスの設置工事を進めているところだ。
それならそれでハンドメイドの範囲を縮小化すればいいとも思うが、それはそれで面白みに欠け、生甲斐を失うことにもなるようで、せっかく手にした今の環境をさらに継続させて愉しんでいきたいという思いは、決して失いたくはないものだ。
元々、自分の手で、自分が出来る範囲のことを、自分の思うままに作り上げたいという志向性のある性分は、それを失くしては自分の存在価値を見出せなくなることでもあり、これは生涯手放せない甲斐性なのだろうと思っている。
それこそ、出来上がった生活環境は、自分たちのためのものだけであり、他者の鑑賞にも、後に残せる遺物でもなく、暮らしの中で味わって歓びを感じるものだけに、自分の生きることと共に生きている営みに過ぎない。
庭づくりは暮らしづくりでもあり、それが日々の輝きでもある。・・・・そういう感慨に耽る今である。
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