
壁の向こうの日常から
一歩違う異世界へ出る空間、
それが新部屋の中にはある。
あまり予想も期待もしていなかったのですが、この自分の手ですべてを造った新部屋の中には、一種独特の独自な時空間が存在する感じを持つようになりました。
椅子に腰掛けて、しばらくじっと佇んでいると、次第にそんな不思議な静寂の世界に浸って来るのがわかります。
ログハウスの母屋の外壁を、この部屋も同時に壁にして共有しているのですが、その壁の向こうとこちらとでは空間の持っている性質の違いがあることに気がつきます。
ログ壁ひとつを隔てて、異なる空間が隣り合っている感じです。

母屋のペアガラスの窓からは、何か覗くものがあるとき以外にはなかなか外を見ることはしないものですが、ここ、新部屋の中に居ると、つい目をやる先は硝子の代わりのアクリル板の窓の外になります。
母屋の窓からのごく見慣れた風景とはちょっと違うからかもしれませんが、いや、それ以上に外の景色にも何か見え方の違うものを感じている気がします。

光や風や雨や大気や湿度や…、様々な要因で刻々と変化し動いている風景をずっと眺めやることに自然となるのです。
これは観察しているというより、眼と精神が脳の反応の感触を確かめているような感じというべきでしょうか。
漠然と右脳が風景に感応しているような感覚です。
なので、自然と瞑想的な脳波になっていくように思います。

この部屋にて、そういうある種独特な脳内の静謐さを持ったまま、今日は近くの森の道で木々や空を撮ってみたいと思いました。
朝の冷え々した大気の中で、いつもは見過ごして何とも感じることのない風景を切り取って来たもののいくつかがこれらの画像です。

こうして自然の中から、感じるままに切り取って見てみると、そこには誰も気づかなかった自然の持つ形象が少しづつたちあらわれている気がします。
今までカメラを決して向けなかったその風景の一部に、まだ見えていなかった世界が歴然と在りそうだという感覚を持てた気がします。

つまりこれらの画像は、我が新部屋の空間がもたらしてくれた新たな視点の産物です。
こうなるとこの先、まだまだそこここにある自然界から、これ以上の傑出した世界が出現して来る可能性があるということかもしれません。

どうやら、そういう新たな目線を持って自分のまわりを観よ・・・ということなのかも。
そんなことを思う正月二日です。

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